Side:Hiroto 5

その後はまあ、推して知るべしというか。

とりあえずピザは食べて、食べながら湊先輩がちょいちょい質問してきたけどお互いにスルー決め込んで(というか仁さんが「喋ったら殺す」って目をしていた)、マリカーちょっとやって解散になった。

「まど……博士」

「なんですか?」

「……これ返す」

帰り際、ぶっきらぼうに突き出された紙袋を受け取る。中身は見なくてもわかった。

「ありがとうございます」

その様子も敬介さんと湊先輩にばっちり見られていて。


「――で、結局お前らどこまで進んでるわけ?」

帰り道。おれが仁さんの代わりに徹底的に質問攻めに遭うことになった。

「仁さんが怒るのでノーコメントです」

「つまり仁が怒るようなところまで進んだってことだろ……!?おま、お前なあ!俺は好きな人をデートの1つにも誘えないようなウブな後輩のために一肌脱いでやったつもりだったんだぞ!?なんだよあの距離感!!」

「いや、おれから2人でどこかに行こうなんて誘える間柄じゃなかったのは確かなんで……」

「ていうかその紙袋の中身何?」

「着替えです。仁さんが鞄落とした日に貸してて」

「着替えまで貸す仲……!?」

湊先輩のオーバーリアクションが今日はちょっと鬱陶しい。すみませんね、友達すっ飛ばしてヤってる仲になってて。

「…………」

おれと湊先輩の数歩後ろを歩いている敬介さんは終始無言だった。……視なくてもわかる。静かに、怒っている……。

「……では、俺は向こうなのでここで」

「あ、……敬介!またLANEするから!」

「……ああ」

去り際、湊先輩とだけ少し会話して、敬介さんはそのまま1人で歩いていった。湊先輩が溜息を吐く。

「怒ってましたね、敬介さん」

「そりゃ大事な親友がこんな男に食われてたんなら文句の1つも言いたくなるだろ。敬介は大人だから言わないだけでさ」

「……おれが食われたって可能性は考慮してくれないんですか」

「仁に限ってそれはない。ていうか仁はお前のこと好きじゃないんだから動機がないだろ」

あ、今ちょっとぐさっときた。……わかってはいたけど、やっぱりはっきり言葉にされると痛いな……。

(…………仁さんはおれのことを好きじゃない)

でも嫌いでもない。まだ友達と呼べるほどはっきりと近くもない。


美味しそうな苹果は、とても酸っぱい。


(………………普通の恋愛って難しいな)



***


『今まで心配してくれてありがとうな、もう大丈夫だから』

――1日開けて火曜日。8月11日。

なんの前置きもなく、仁さんからそんなLANEが届いた。バイト直前だったけどメッセージを……文字を打ってる時間がもどかしくて、通話にする。仁さんはすぐに出てくれた。

『うわびっくりした』

「どういう意味ですか」

『どういうも何も言葉通りだよ。敬介のこと、ちゃんと吹っ切れたから、報告』

「吹っ切れた、って……」

『おとといお前らが帰ったあとさ、敬介が戻ってきて。それで話したんだ』

戻った?敬介さんが?

おれと湊先輩と別れたあと、自分の家に帰らずに?仁さんの家に?

『全部洗いざらい言うまで帰らないみたいな感じだったからさ、正直に伝えた。もちろんお前の家の事情がどうこうみたいなところは話してないけど』

「…………」

全部伝えたってことは、仁さんは敬介さんに気持ちを伝えたってことで。

敬介さんはそれを聞いてどう思った……?そんな、いや、まさか、湊先輩がいるんだから受け容れたってことはないはずだけど。

『……なんとかなったよ。俺、ビビリすぎてたのかもな。敬介にだけは知られたくないって。でも敬介は俺が信じた男だからさ、今更そんなことでは動じなかったっていうか……』

「……敬介さんとしたんですか?」

『……は?』

「吹っ切れたってそういうことじゃないんですか。最後に1回、思い出に……って」

電話の向こうが沈黙する。電話越しじゃ何を考えているのかわからない。

……どうして何も言ってくれないんですか。

「おーい、もう仕事の時間だぞ、何してんだ!」

「……っ、すみません。……バイトなんで切ります。それじゃ」

スマホを電源ごと切ってポケットにしまう。駆け足でホールに出て、遅刻を詫びて、すぐに大量のビールを運ぶ。

(……そんなはずない。疑いすぎだ。だって敬介さんは誠実を絵に描いたような人で、湊先輩を裏切るようなことは絶対にしないはずで)

でも酒が入っていたら?仁さんが「そういう空気」になったら断れないのはよく知ってる。……ああ、だめだ、考えたってわかるわけがない。バイトが終わったらちゃんと聞かないと。


(……そもそもおれに、仁さんが誰とヤったとかヤってないとか知る権利あるのかな)


おれだって仁さんに経験人数とか話してないし。


「店員さーん!生3つおねがーい!」

「……はい!」

……考えるのは後にしよう。考え事ができるほど真夏のビアガーデンは暇じゃない。

そう思うのに、ずっと不安な気持ちが引っかかっていて。


「ねーねー店員さんちょっといいです?」

「……はい……?」

いまいち仕事に身が入らない。早く終わらないかなと思っていた頃、あるテーブルに呼ばれた。髪を巻いたり派手なネイルをした女性3人組だ。1人はスマホを横向きで持っていて、残りの2人がおれに話しかけている。

「私たち『トレンド探究隊』って名前でワイチューバーやってるんですけど、よかったらちょっと話していきません?」

「は、話って何を……?」

「なんでもいいですよー。よく見たら店員さん……『エン』さん?すっごいイケメンですしー。ね、眼鏡取ってくれません?」

「え、いや、あの……」

サーブ直後で空いていた腕を掴まれる。厄介な酔客だ。乱暴にもできないし、だからって言って本当にお喋りして仕事をサボるのもよくない。

「仕事中なんでそういうのは」

「えいっ」

「……あ!」

もう一人に眼鏡を取られた。黄色い声が上がる。

「か、返してください!」

「やっぱりー!視聴者投稿、新宿の某ビアガーデンに隠れイケメン店員がいる!はマジでしたー!」

「わ、すごい、コメントめちゃいっぱい来てる。『こんなイケメン居るなら絶対行きます』ってスパチャもある~スパチャありがとうございます~」

ずっと黙っていたスマホ女がそんなことを言う。コメント……?スパチャ……?

「もしかしてカメラ……」

「回ってまーす!生放送中ライブでーす!」

――まずい。

「きゃっ!」

腕を強引に振り払って逃げる。そのまますぐ店長のところに報告した。店内の無断撮影、加えて店員の顔を無断で撮影したことでライブはその場で中止、動画も削除になった。眼鏡も返してもらい、そのまま彼女たちは出禁になる。

「……災難だったな。まあライブ映像は消させたし大事には……どうした?」

「…………」

……まずい。撮られた。映った。

「……円?」

「……すみません、おれバイト辞めます。ご迷惑をかけるので……」

「おいおい、そんなに気にするなって!あの女たちが無理やり映したんだろ?宣伝になることはあっても迷惑なんて……」

「…………いえ、おれは……」

情けない。手が震える。……あの、5分にも満たないライブ映像を一体何人が見ていたというのだろう。大丈夫、大丈夫だ。……大丈夫だと思いたいのに。



『――どこにいても、いつか罰が下りますよ』



……魂に染み付いた恐怖は、消えない。


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