Side:Jin 15

「――よし、俺たちの勝ち!」

「あーっ、負けた!!」

2時間くらいマリパで白熱バトルして、僅差で俺と円のチームが勝った。

「円も初めてだったのにやるじゃん」

「仁さんの教え方がうまいからですよ。なんとかなりました」

「……、仕方ない。約束は約束だ。ピザを頼むか」

「何枚頼む?Mサイズ3枚以上だっけ」

「3枚でいいんじゃねーの。ピザばっかでも飽きるしポテトとからあげ追加して……」

ピザ屋のチラシをテーブルの上に広げる。ちょっとぼんやりしている円の手を掴んで引っ張った。

「円は何がいいんだよ」

「えーっと、……なんでも食べられるんですけど……」

「一応聞くけどピザって食ったことある?」

「ありますよ……宅配ピザは初めてですけど。あ、これは家がどうこうじゃなくて純粋に住んでた町にピザ屋さんがなかっただけで」

「マジ?ピザ屋ないとかすげー田舎じゃん、俺の地元にもあるのに!」

湊がなぜか勝ち誇ったような顔をしている。ピザ屋の有無で測られる田舎度なんなんだ……。

湊の謎マウントを円は軽くスルーして(というか今のがマウントってわかってない気がする)「照り焼きチキンがいいです」と希望を出してきた。

「んじゃそれとー、ベーコンとポテトのやつとー、マルゲリータとー」

ハーフで頼むから実質6種類。ちゃっちゃと決めて電話する。

「20分くらいでできるって」

「はいはーい」

「ついでに何か買ってくるものあるか?」

「あーじゃあコンビニで飲み物買ってきて。何買うかは任せる」

敬介と湊が出かける準備をして出ていって、家の中に俺と円が残される。

「…………」

「…………」

……おい黙るな、なんかちょっと気まずいじゃねーか……という俺の圧を察したのか円が口を開く。

「仁さん、今日は平気そうですね。あの2人一緒なのに」

「あーうん、さすがに慣れたっていうか、酒入ってないからかな。お前もいるし」

「役に立ててるようならよかったです」

「それで?わざわざ湊に頼んでまで今日はいったい何の用なんだよ?連絡先だって教えてるのにさ」

「…………お見通しでしたか」

「たりめーだろ、勝っても負けてもちゃんとお前と2人になれるようにした俺の手腕を褒めろ」

円がほんの僅かに困ったような顔をする。それから唐突にこんなことを言った。

「おれ、仁さんに出会うまで人を愛したことがなかったんですよ」

……お前、真顔で何を言うんだお前。あっぶな、飲み物口に入れてなくてよかった。……なんだその……殺し文句みたいな……。

「だから仁さんのことは好きなんですけど、正直どうしたらいいのかわからなくて。セックスしたあとどうすれば付き合えるのかとか……。だから湊先輩に相談したら、まずは普通に仲良くなれって言われて……この場をセッティングしてもらった感じです」

「……なるほど」

「率直に、おれのことどう思ってますか仁さん」

「どう……って」

眼鏡の奥からダウナーではあるけど真面目な目が俺を見ている。あー……これ誤魔化すと面倒になるやつ……。

「…………」

「…………」

「……俺にもよくわかんねぇ」

えっ、って顔をされた。なんとか言葉を探す。

「……どういうことですか」

「わかんねーんだよ、だから。……第一印象は率直に言えば最悪だし、ほぼ初対面みたいな状態でヤってくるとかありえねぇし、マジでもう今後一切関わるべきじゃないって思ってた」

「……」

「でもお前の言ってることはムカついたけどなんだかんだで正しかったし、俺がマジでキツかったときそばにいてくれたのはお前だし、……なんか絆されてるみたいな感覚はあるんだよ。でもそれが好きとか恋愛感情なのか?って言ったら、全然わかんなくて」

「…………」

「……逆にさ、お前の感情って恋愛感情なの?人を愛したことなかったつってたけど、俺に対する感情が『愛』だって思ったのはなんで?」

「……そうですね。いつかは言わないといけないことですし、今言える範囲で言いますね」

「今言える範囲ってなんだよ」

「全部教えるのは、おれの恋人になってくれる人にだけって決めてるので。まだだめです」

円は意味深なことを言って、眼鏡を外した。テーブルの上に置いて息を吐く。

「おれ、ちょっと変わった家で育ったんですよ。詳しいところは伏せるんですけど先祖代々伝わる……みたいな感じで、平たく言えばおれは次期当主みたいな立場でした。友達……というか取り巻きみたいな同年代の子供は周りにたくさんいたし、おれ自身も周りに期待されるがままに生きるのが当たり前だと思ってました」

「…………」

「でも、思春期に入った頃に気づいたんです。おれは女の子を好きになれない体質なんだって。……そのとき具体的な相手が決まっていたわけではないですけど、おれは当然家を継いで、結婚して、子供をつくって……って予定になっていたので、そこでこう……うまくいかなくなって。それで高校の頃すごい荒れたというか……性的にいろんな人と遊んで、それが親にバレて勘当されたんです」

「お、お前……結構すごい人生歩んでんだな……ってかそれ家大丈夫なのかよ」

「あ、弟がいるのでそれは大丈夫です。それで伯父に引き取られて東京に出てきて……M大学を選んだのもM大生って肩書きがあればマッチングアプリでもウケがよさそうって思っただけで、何かやりたいことがあったわけじゃないんですよ。その日その日でやりたいことやって遊んで……ぐらいにしか考えてなくて。他人のことなんてほとんどどうでもよくて」

「…………」

「そんなナメた態度で人生やってたときに、子供をあやしてる本屋の店員さんを見かけたんです」

「……」

「子供のほうがお母さんとはぐれたみたいで、ずっと泣いてるんですよ。うるさいなって思って、店員さんもいるしさっさとその場を離れようと思ったんです。でもその店員さん、なんとかその子を宥めようと笑顔であれこれ話しかけてたんですよね」

…………いつの話だろう。忘れてるわけじゃない。思い当たることが多すぎるのだ。本屋やショッピングモールを公園だと思っているバカ親が子供を放牧するから、月に一度はそういう迷子案件があった。

「それだけなら子供好きな店員さんなんだな……ってなると思うじゃないですか。でもおれ、視えるんですよ。幽霊じゃなくて、その人の持ってるオーラみたいなのが。……その人、子供嫌いだったんですよね。でもそんなこと一切顔に出さずにどうにか子供を泣きやませて総合案内所まで連れて行くところまでやってて」

「……仕事なんだから当たり前だろ」

「当たり前に義務を果たせる人ってすごいなっておれは思ったんです。……おれは自分の義務を果たせなかった側だから」

「…………」

「それに、これは前にも言ったと思うんですけど……おれの家では、滅私奉公……って言うんですかね、とにかく自分よりも相手を優先して尽くすことができる人を『天使さま』って呼ぶんです。そのときまでそれは当主……おれの母親みたいな人だけだと思っていたんですけど、こんなところにいたんだって驚いて。それで、初めて名前も知らない赤の他人に性的なものじゃない興味を持ったんです」

「……」

「だから愛なのかって言われると厳密には違うかもしれません。だけどおれにとっては初めてまた会いたいとか、もっと知りたいとか、おれのことも知ってほしいとか、いろんなことを考えた人だったんです。あなたは」

「……お前さ、それだけエピソード抱えてたんだったら最初からちゃんと言えよ……!今の話を要約したら『顔に惚れた』になるのおかしくね?……最初からそういうことがあったって聞いてたら……もうちょっと俺も態度考えたっつーか……」

「すみません、あの状況で長々と説明できる余裕がなくて」

……まあベッド押し倒して挿入直前みたいなタイミングで聞いた俺も悪いけど。

あー……でもなんだろうな、このむず痒い感じ。

一目惚れで告白されることなんてこれまで何度もあったし、そのたびに全然そんなの薄っぺらいじゃん、俺のこと何も知らないくせにって蔑んですらいたけど。

……なんだろう。円が俺のこと、見た目や態度より「ちゃんと好き」だってわかったのが、嬉しい……気がする。

「……あー……」

「仁さん?」

「お前もっとツラよく見せろ」

「――は?」

逃げないようにソファの端に追い詰めて、俺を見上げてくる黒い瞳をじっと見下ろす。

「…………やっぱ顔はいいんだよなお前」

「……え、仁さん……?」

……この顔とキスできるかできないかって考えたら、まあ、できる、気はする。

キスはできそう、セックスはもうした。ヤバいやつ要素といいやつ要素を天秤にかけたらギリギリ「まあ悪いやつじゃねーんじゃねーの」みたいな傾きをする。俺が一言、「俺も好きだ」と言ってやれば全部が丸く収まるはずだ。

踏ん切りがつかないのはなぜだろう。俺がまだ敬介を諦めきれてないから?俺が円を好きになるきっかけがないから?わかんねぇ、きっとどっちもだ。

(俺は、いつになったら敬介を諦められるのかな)

心の中に敬介がいた時間が長すぎて今更簡単に追い出せない。今日だってゲーム中に浮かべた笑みや些細な発言を覚えてる。どうしたらこの未練を断ち切れるのか……。

「……仁さん。また自分を追い詰めるようなことを考えてませんか?」

「考えてねぇよ」

「おれは待ちますよ。仁さんの気持ちの整理がつくまで待ってます。だから無理はしないでください」

「……円」

「博士でいいですって。……さっきも言った通りおれ勘当されてるんで、円って苗字、実はまだ2年程度しか使ってないんですよね。慣れはしましたけど、未だに他人のものって感覚もちょっとあって」

「あ、……ごめん。……ちなみに前の苗字聞いてもいい?」

「それは、……ちょっと。苗字で家が特定されるレベルなんで……今はまだ……」

どんだけだよ。TOYOWA自動車社長の御曹司かなんかかお前は。

「……じゃあ、博士」

円の……博士の表情が微かに緩む。じわじわ満たされるみたいな感じで、……あー、クソ、俺の一言でいちいちこんな反応されたら照れるっていうか、……案外可愛いじゃんこいつも……。

「……仁さん、いいですね、すごくいいです。今度おれの上で腰振りながらその顔してもらえませんか」

博士が含み笑いを浮かべながら囁いて、俺の首の後ろをさわ……とやらしい手付きで撫でていく。――あー!!!前言撤回!!!やっぱこいつ、腹立つ!!!!

「バカ!!お前、だから、……だからダメなんだよ!!」

「え、だめでしたか?本心なんですけど」

「さっきまでのシリアスな空気どこ行ったんだよ!!この下半身直結野郎!!変態!!」

「いやー人間そう簡単には変わらないっていうか……」

あっはっはと笑って誤魔化そうとする博士を、マジで一発しばいたほうがいいか???と思いながら見下ろす。そうしたら「いい目ですね……ゾクゾクします」って言われた。忘れてた。こいつマゾの気があるんだった。

「だいたいお前な……!」

――コンコン。

リビングの扉がノックされる音がした。扉がいつの間にか、ほんの少しだけ開いている。



「……仁、……ピザが冷めるから入っていいだろうか」





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