Side:Minato 8

ピンポーン。

「仁ー!遊びに来たぞー!入れてくれー!外炎天下で死ぬー!」

『うるせー!鍵開いてるからちゃっちゃと入ってこい!』

「お邪魔します」

「……お邪魔します」

8月9日、日曜日。「土産を渡す」を口実に、仁の家に俺と敬介と円の3人で遊びに来ていた。仁に円もついでに呼んでいい?って聞くときが一番緊張したけれど、あっさり「いいぜ」って返ってきたのでほっとした。

(ということは、少なくとも嫌われてはないんだな円のヤツ。飲み会のあと2人で何話したんだろ?)

そこは円も仁も教えてくれなかったので想像するしかないんだけど。あれかな、寝ゲロとかして大変なことになったとか?それなら確かに言いたくないのもわかるし。

まあそんなこんなで、俺が立てた作戦はズバリ。「みんなで普通に遊ぶ」だ。

円はぶっちゃけ遠慮とかしないほうだ。サシで会って話して……ができているならとっくにやっている。それができないってことは、そもそも誘う取っ掛かりすらないってことなんだろう――と思ったので、こうして先輩の俺が一肌脱いだというわけだ。


「おばさんたちいつまで留守にしてるんだ?」

「通夜と葬式と後始末終わってからって言ってたから、明日の昼まではいねーよ」

「じゃ、それまでこの広い家で仁一人なのかー……」

……仁の家は結構広い。23区外とはいえ東京でこの大きさの一軒家に住めるのはぶっちゃけかなりの「勝ち組」だ。敬介の実家のマンションも結構広いけど、敬介も「仁の家ほどじゃない」って何度か言っていた。

「掃除大変になるからあんま散らかすんじゃねーぞ」

「わかってるよ。……な、円。見ての通り仁って結構いい家で育てられてるんだよ。お坊ちゃんってわけじゃないけどさ」

円に小声で囁く。……ど田舎の俺の実家よりも広い家だ。円は前に自分のこと苦学生って言ってたからさぞ圧倒されてるだろうな……と思ったら。

「……?」

円はちょっとピンときていない様子だった。あれ?

「ああ、……えーと、すみません。人の家ってあまりまじまじと見たことがなくて。どれくらいが『広い』のかちょっとわからなくて……」

「……お前この家見て『広いな』って感想出てこないの?」

「あー……、おれの住んでるマンションよりは広いですけど……」

「当たり前だろ!学生マンションと一軒家比べてどうするんだよ!」

「……おれの実家もっと広かったんで、なんとも……」

「嘘だろお前……。これよりもっと広いって言ったら地主クラスじゃん……お前の家そんな金持ちなの?」

「……まあ、近いものでは……ありますね。地主……」

……マジかよ……。ていうか普通に苦学生って嘘じゃん。

「お前もっと自分の情報開示していけよ。まず隗より始めよって言うだろ」

「……できる範囲で頑張ります」

意欲低っ。大丈夫か……?

「何2人でコソコソしてんだよ。ほら、飲み物」

「サンキュー!」

「ありがとうございます」

円と仁の間の空気は……ごく普通だ。俺や敬介に対するような気安さはないけど、普通に友達みたいな感じ。円もそんなに緊張はしてないっぽい。

「それで土産って何買ってきたんだよ?ちんすこうか?」

仁がそう言った途端、なぜか円がむせた。仁がそちらをちらりと睨む。……大丈夫か……?ハラハラしてきた。

「す、すみません。……気管に入っ……げほっごほっ」

「ったく何やってんだよ……。ほらティッシュ」

「ありがとうございます……」

「あー、まあ、気を取り直して。まず仁への土産だ」

「お、なになに?結構でかいじゃん」

敬介が紙袋を仁に渡す。紙袋の中身は――真っ赤な箱に入ったお酒の瓶だ。箱には星座が描かれ、『星の果実』という名前がつけられている。

「りんごのシードルだ。試飲もしたが結構美味かった」

「星だけじゃなくてりんごも有名な地域でさ。それでこんなの売ってたらもう絶対買うしかないじゃん?って」

「……そっか、ありがとな。大事に飲むわ」

「ああ、そうしてくれ」

「んで、次、円にはこれ!」

円の好物はよくわからなかったので(だってあいつ全然自分の情報出してこないし)入浴剤にした。

「そういえば温泉宿だったんですっけ」

「そうそう!肌めっちゃつるつるになったからおすそ分け!」

「ありがとうございます。近いうちに使います」

「で、こっちの箱が仁の家族への土産だ。星型のクッキーが入ってる」

「親にまで悪いなわざわざ……」

「冬に俺の家にも土産を持ってきてくれただろう?貰った分は返さないとな」

仁が笑う。……敬介は、最近の仁は表面だけ笑ってるように見えると言っていたけど俺からは違いがわからない。少なくとも3年前、俺が初めて会ったときからずっと、仁は変わってないように見える。

「よし、……じゃあ土産ももらったことだし……」

「…………」

「ゲームすっか!」

想像していた通りの流れになって、ちょっとほっとする。敬介ともアイコンタクトで「ここまで順調」って感じで頷いた。


……改めて、俺の計画はこうだ。

まず土産を口実に仁の家に行く。

それで4人いればきっと仁はゲームしようと提案してくる。……他にやることがないからだ。あとはなんか……流れで、ゲームやりながら雑談とかして距離縮めてもらって。頃合い見て俺らは腹減ったとか言って買い出しで抜け出して……。

(途中から計画って呼ぶにはだいぶふわふわだけど……)

とは、円にも言われた。うるせーじゃあもっといい案出せんのかって逆ギレしたら黙ったけど。

「何やる?4人いるしスマブラにする?」

「いいよー」

「あ、……ええと、やったことないんですけど大丈夫ですか……?」

「まじ?スマブラやったことない?そんな難しくねーから大丈夫……」

「……いや、実は。ゲーム自体をやったことがなくて」

…………まじ?

「あー……スイッチ持ってないとかそういう?PS派?」

「いえ、その。…………ゲームの……なんていうんでしたっけ、これ……機械?自体、持つの初めてです。LANEのパズルゲームくらいならやったことありますけど……」

い、いまどきの男子大学生で一度もゲームのコントローラーを持ったことがない……???

ちょっとカルチャーショックだ。円はまあ確かに読んでる本の趣味は俺とミリも掠らないけど、それでもどっちかっていうとインドアオタク、こっち側の人間だと思ってたのに!!

「円はもしかして、それなりにいいところの育ちだったりするのか……?ご両親が厳しかったとか……」

な、ナイスアシスト敬介!!そう、なんかそんな感じで自分のことちょっとは語れ!!円!!

「いいところ……なのかはわからないです。厳しいは厳しかったですけど、おれ自身がゲームを欲しがったことがないので、買ってもらえなかったとかそういうわけではなく……」

「ちなみに友達の家で触ったこともないって感じ?」

「友達も誰も持ってませんでした、ゲーム」

そんなことある?逆にすごいなそれ……。

「……ガキの頃何して遊んでたのお前」

「あー……」

仁からの質問に円が視線を逸らして、明らかに回答を避ける。いやだめだろそこで黙ったら!ゲームしてなかったんならアニメ見てたとか、追いかけっことか、ヒーローごっことか、そもそも習い事してて遊んでなかったとか、なんか答えろ!

「…………本を、読んでました」

ちょっとの沈黙のあと、円は絞り出すようにそう答えた。

「どんな本?」

「今おれの家にあるような本です」

「……マジかよ」

仁が「うへぇ」って感じで話題を切り上げた。本当に大丈夫か?ってハラハラしてからふと気づく。

……仁、円が普段読んでる本もちゃんと把握してるんだ……。あれ、実は結構仁も円に興味あったりする……?

俺がそれを確認する前に仁が言った。

「んじゃマリパにすっか。これならジョイコン振るだけとか簡単なのあるし」

「……どういうゲームですか?」

「超ざっくり言っちゃうとミニゲーム付きのすごろく」

「それならさすがにルールわかります。安心しました」

「よし。あとさ、円が慣れてないなら2on2でやろうぜ」

「……?」

「そこのバカップルを俺たち2人でぶちのめすってこと」

「なるほどわかりました」

「ちょっと!?」

……あ、でもこれいい流れかも。まさか仁から円と組むって言ってもらえるとは……。隣に座っている敬介を見る。敬介も頷いてくれた。

「そういうことなら俺たちも手加減なしで行くか、湊」

「……うん!」

「負けたほうがピザ買ってくるってことで」

「えー!?この炎天下を!?宅配にしようぜ!」

「夏休みフェアで持ち帰り限定Mサイズ3枚以上注文で1枚500円」

「安っ!」


というわけで(?)、2対2でピザをかけたバトルが始まった!

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