Side:Jin 12

「え?……なんとかって」

突然訪問した俺を家にあげてくれた円は、俺の話を聞いて「なんとかする」と言った。――いや、何を、どうやって。

「仁さんはまだ混乱してるから気づいてないと思うんですが、おれは気づいたので言います。結論から言うと、鞄はセミナー会場じゃなくておそらく駅にあります」

「…………なんで?」

わからん。今の話でなんで断言できる?めちゃくちゃアホな声を漏らした俺に、円はちょっと待ってくださいと言いながらベッドの下の通学鞄からタブレットを取り出した。電源が切れていたようで、起動しながら俺に問いかけてくる。

「セミナー、どこでした?」

「え、浜松町駅から……5分くらい歩いたところのビル……」

「仁さんはそこから逃げてきて、まっすぐ浜松町駅まで走った」

「……そうだけど……」

「そのまま電車に乗るまで全力で?」

「うん……」

「思い出してください。……どうやって浜松町駅の改札を通ったんですか?紙の切符をわざわざ買いました?」

「え、切符なんて買ってねーよ……どうやってって、もちろん……」

…………あれ?

「セミナー会場から逃げた後で電車に乗った話をしたんで、おかしいなって思ったんです。その時点で荷物全部なかったなら、まず電車に乗れなくないですか」

…………確かに。

「たぶん無意識にいつも使ってるSuikaで乗ったんですよ。そのあと敬介さんと湊先輩になぜか電車の中で会った」

「うん……」

「そのとき電車は混んでましたか?」

「いや……座る余裕があった。湊の隣に座って……」

「その後降りるまでに席を移動しましたか?」

「してない……」

「鞄がないのに気づいたのは新宿駅ではなく、電車の中でですよね?」

「……そうだ。新宿で降りようと思って鞄がないことに気づいて、探してるうちに高田馬場までついたから降りるしかなくて……」

「鞄ってどんな鞄でしたか?誕生会のときに持ってたあの黒い鞄ですか?」

頷く。なるほど、と言って円は起動したタブレットに何かを入力している。覗き見防止フィルムでも貼っているのか、俺からは内容が全く見えない。

「あの大きさのトートバッグを見落とすなんてことはありえないと思うんですよね。だから……」

「…………」

「仁さん、スマホってiPhooneでしたよね」

「え、うん」

「iPhooneって事前設定してあればGPSで現在地を探せるようになってるんですよ。ログインできますか?」

タブレットが差し出される。『iPhooneを探す』と表示された画面になっていた。IDとパスワードを入れてログインすると……。

……浜松町駅に、現在位置を示すマークがあった。

「ここからはおれの推測ですけど、たぶん改札に入ってから電車に乗るまでの間に鞄を落としたんだと思います。心当たりはないですか?」

「……えっと……。……あ、そういえば急いでたせいで、横から来た人と肩ぶつけた……ような……」

言われて思い出す程度には一瞬のことだった。とにかく必死で、少しでも早くここを離れないといけないと思っていたから……。

「たぶんそのときですね。それでそのまま落とし物として届けられたんじゃないですか?」

「…………ほんとに……?」

「問い合わせセンターの受付時間終わってるみたいなんで明日の朝電話してみないと確実なことは言えないですけど。少なくともマルチの奴らが持ってるってことはないはずです。家凸とか身バレとかはひとまず大丈夫だと思いますよ」

…………はー……と、自分でもびっくりするくらい大きな溜息が出た。

「そっか……よかった…………」

……確かに言われたことを1つずつ紐解いてみれば自分でもわかる。鞄もスマホもないのに電車に乗れるわけがない。なくしたのに気づいたのが電車内なら、電車の中でパクられたか電車に乗る前に落としたかの二択しかない。そもそもスマホをGPSで探せることも忘れていた。

「あー……俺こんなこともわからなくなるほど動揺してたんだな……?」

「そうですよ。だいたい、鞄なくしたってのを駅員とか、警察に届けてない時点で冷静じゃないですよ」

「……あ。……いやその……置きっぱにしたって思いこんでたから、警察とかに言っても『なくした場所がわかってるのなら取りに行けば?』みたいな感じで、相手されないんじゃないかって……」

「仁さん、警察のこと信用してなさすぎでは?」

「信用してないっていうか、パクられたみたいな事件性がないと動かないって思っただけ!」

「まあそれはそうですけど。でもたぶん、駅に電話くらいしてくれたと思いますよ」

円が苦笑する。……ちくしょう。……ああ、でもよかった。

「あー……一番ヤバいと思ってたことが解決したらなんか、すげー安心した、ありがとう円……」

「どういたしまして。それで、朝までどうします?」

「…………泊まっていいか?今からもう行ける場所もねぇし……」

「もちろんいいですよ。もう0時過ぎてますし、今から出ていこうとしたらむしろ止めますよ」

言われてタブレット右上の時計表示に目を落とす。『00:05』と書かれていた。

「……もうこんな時間か……」

12時間の間に水を二口しか飲んでなかったらそりゃ腹も減るし、暑さでぼんやりもする。……熱中症とかならなくてよかった……。

「お風呂入りますか?」

「あ、……うん。入りたい……」

「タオル持ってきますね。あと寝巻きにできそうなシャツと……他に何か必要なものありますか?」

「……大丈夫、だと思う」

「わかりました。あ、そのタブレット使っていいですよ。見られて困るものは入ってないんで」

円が空になったカレー皿を持って部屋を出ていく。1人になったけれど、少し前まで感じていた恐ろしさや心細さはなくなっていた。

「…………」

使っていいと言われたのでタブレットに触れる。初期設定のまま使ってるのか?というくらい味気ないホーム画面だった。見慣れないアイコンに触れると、手書きのメモが出てくる。

(ああ、これ講義のノート取るために使ってる端末なんだな……)

逆に言えばそれしかない。ゲームの1つも入ってなさそうだった。

興味本位でブラウザの履歴を覗いてみても、今見ていたサイトと授業に関係ありそうな単語の検索履歴しかない。驚くほど健全に使われていて、驚くほど「円博士」という人間の情報が入っていない。

(…………プライベートのことは全部スマホでって感じなのかな。でも、それにしたって……)

「……使っていいとは言いましたけど、いきなり履歴見るのは趣味悪くないですか?」

振り返ると折りたたまれたシャツとタオルを持った円がいた。

「……ご、ごめん。つい……。…………その、……お前が普段何考えてるのかとか、知りたくなって……」

「また嘘か本当かわかりづらいスレスレのラインを攻めてきましたね……。……そういうのが知りたいなら、おれと直接会話してくださいよ」

「う……。……いや、いい!風呂入ってくる!」

「はい。どうぞごゆっくり」


シャワーを浴びながら、また混乱しかけてきた頭を落ち着かせる。


出会ってすぐにわけのわからない理由で俺を抱いてきた円。

弱った俺に親身にしてくれたうえに一度も触れてこない円。

この2つが、繋がるようで繋がらない。


(……何を考えてんだ、あいつ……いや、俺もか……)


信じていいのか悪いのか。

俺自身も、どうしたらいいのか決めあぐねていた。




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