Side:Jin 7
――友達をつくろう。
姉貴と姪の面倒を見て疲労感限界で眠った翌朝、俺はそう決心した。
研究室もバイト先も家の中もなんだかうっすらイラつく俺が心から楽しいと思えるのは敬介といるときだった。でも、その敬介は湊に取られてしまったから。
(何も考えずに寝たら、次は楽しいことしたくなってきた)
研究室ともバイト先とも、……敬介とも湊とも。誰とも関わらない、別の居場所がほしい。そしたらちょっとは失恋のキツさも忘れられるはず……。
『――仁さん』
…………あんなクソみたいなやり方で失恋を忘れるなんて、冗談じゃねぇ。
(とはいえ、どうするか)
正直大学4年になってから急に「今まで無縁だったところから友達をつくる」というのはちょっとハードルが高い。サークルは今から入るには遅すぎるし、会社の同期になる奴と会える内定式は10月だからまだだいぶ先だ。
(ベタなのは街コン?でも彼女作りたいわけじゃねーし……)
1人でふらっと行けるイベントとかねーかなと思いながら学内の掲示板を眺める。他校と合同で行う吹奏楽コンサート、献血バス来訪スケジュール、学生主催のボードゲーム大会のお知らせ……。
(どれもパッとしねーな……)
「あっ……あのっ!」
後ろから声をかけられて振り返る。湊よりもさらに小柄な……150センチくらいか?前髪をヘアバンドで上げてデコ全開にした、そばかすが目立つ女が立っていた。
「……何?邪魔だった?」
「い、いえっ、その……イベントに興味があるんでしたら、もしよろしければこちら、どうですか!」
チラシを渡される。ざっくり読むとクラブミュージックを流しながら踊るというものだった。……正直、目の前の女の印象とはまるで釣り合わない。
「……君が主催者なの?」
「あっ、いえっ、私ではなく!実は私の先輩がこのイベントでDJやる予定で、それで人集めてほしいって言われて……」
「あー、集客か。おつかれさん……」
「いえ、好きでやってるので!先輩のこと尊敬してますし!……それで、あの。どうでしょうか」
詳細を見る。新宿のバーで6月26日金曜の22時から朝5時まで。ワンドリンク代込み入場料3000円。
(とりあえず騒ぐのには悪くねーか。運がよければ気が合うやつも見つかるかもしれねーし)
これも何かの縁ってやつだろう。バイト先からも近いし。
「いーよ、バイト終わりに覗いてみる」
「ありがとうございます!あ、このフライヤー持って入ると500円割引されるのでぜひ持っていってください!」
「りょーかい。んじゃなー」
「はい!」
その女はその後も通りすがりの学生に熱心にチラシを配っていた。今更だけど学内でビラ配りってやっていいんだっけ?……ま、いいか。
***
6月26日金曜日。バイトが終わった後、チラシを見ながらバーに向かう。地下にあるバーで入口は割と地味な感じだったが、中は派手にライトと音楽が飛び交っていた。……これ、バーっていうかクラブじゃね?
(いやでも、普段はバーやってるって感じなのかな)
正直そこまでハッキリ違いがわからねぇ。入口でチラシを見せて、入場料払って、カシオレ頼んで奥に進む。バーカウンターの隣にDJブースがあって、その周りは既に盛り上がっていた。とりあえず酒を飲みながら様子を見る。
「お、見ない顔。きみ初めて?」
曲と曲の継ぎ目くらいのタイミングで二人組の男に声をかけられた。どっちも色黒でダボダボのTシャツ着てて、いかにも場慣れしてそうだ。
「……あ、そーっす。チラシもらったんで来てみたって感じで」
「へー!ま、とりまカンパイしよーぜ」
「カンパーイ!」
「カ……カンパイ」
め、めちゃくちゃ馴れ馴れしいな……。と思いながらもグラスをぶつける。いやでも酒入ってるし、イベントだし、これが普通か?思えば大学4年間、たいして遊んでこなかったからなー……。
2人はカズサとナツジと名乗った。俺も「ジン」とだけ名乗って適当に話を合わせる。2人とも俺と同い年で、勉強しながら夜の街でバイトしているらしい。学校は違うけどどっちも学生ってことでちょっと気が緩む。立って飲みながらノリのいい音楽を聞いて、しょうもない話しながらゲラゲラ笑って。あー、やっぱり酒は楽しく飲まなきゃダメだなって思った頃。ナツジがこう切り出してきた。
「でもさ、今日来れたのラッキーだよ。次出てくる奴スゴいから」
「すごいって?」
「マジ人気のDJなんだぜ、普段は別のもっとでかいハコでやってんだけど、今日はなんか特別ゲストで来てるらしくて」
「へー……」
「お、来たぜ!」
「きゃあー!」と「うおーっ!」が店中で同時に響いた。出てきたのはグラサンをかけた長髪の男で、指にはギラギラといろいろな指輪をはめていた。ライトが反射してくっそ眩しい。
「せんぱーい!」
すぐ近くでちょっと異質な歓声が上がる。そちらを見ると、数日前にチラシを配っていた女がメイクも髪も服もバッチリ決めて、DJブースに向けて手を振っていた。
「………………マジ?」
好みかと言われると……そもそも女にあんまり興味ないからアレなんだけど、まるで別人レベルで化けていた。我ながらよく気づいたと感心するレベルだ。思わず口を開けて見ていると向こうも俺の視線に気づいたらしい。「あっ」と声を上げて近寄ってきた。
「火曜日M大学でお会いしましたよね?本当に来てくれてたんですね、嬉しいです!」
「あれ、菜々ちゃん知り合い?」
カズサが女を「菜々」と呼んだ。菜々は「えへへ~」と照れながら笑う。
「知り合いっていうか、私がお誘いした方なんです~!」
「へー、菜々ちゃんセンパイのこと大好きだよね」
「そりゃもう、めっちゃ尊敬してます!!」
「……あれが先輩?」
「そうです!ぜひ聞いていってください!!」
ドン!と腹の底に響くようなデカい音がフロア中に響き渡った。それに合わせて客が今日イチで盛り上がる。正直DJの良し悪しなんて全然わかんねーけど、菜々が「一緒に!」と嬉しそうに言ったので、周りの客に合わせて笑いながら腕を振った。そうすると良し悪しなんてわからなくてもなんとなくノリと気分で楽しくなってくるもので、「先輩」の出番が終わった頃にはすっかり喉も枯れてくたくたになっていた。何杯目か忘れたカシオレを口に運ぶ。
「重ね重ね……。本当に来てくれてありがとうございます!」
「オレからも礼言わせてよ。来てくれてサンキューな。初めてでこんなノレるやつなかなか居ないよ」
「そうか?なんか周りに合わせて手振ってただけじゃね、俺?」
「それを恥ずかしがっちゃう人が結構多いんですよー。一緒に盛り上がればいいのに壁の花になってて微動だにしないみたいな人もいますしー」
「あー……」
……敬介とか絶対そういうタイプだろうな。……いや、敬介のこと思い出すな俺。新しいダチとか、出会いとか、そういうの探してる最中だろうが!
「あの、よかったら来週もまた来てくれませんか?次はもうちょっと落ち着いた感じのイベントなんですけど、この店お酒も美味しいんで!飲みながらジャズってのも乙じゃないですか?」
「ここさ、平日はただのバーなんだけど週末はいろんなイベントやってんだよ。音楽と酒が好きなら通って損ないと思うよ。オレが保証するし」
「てかさ、LANE交換しない?オレ、ジンのこと気に入ったわ」
「あ、よければ私もお願いします!」
「いーよ、ちょっと待って」
早速友達ができそうで、ツイてるなと思いながらスマホを取り出す。時間はもう深夜1時を過ぎていて、LANEには敬介と湊がグループトークした形跡が残っていた。……2人で会話したいならグループ使うなっての。未読無視してQRコードを出す。
「登録できた!……仁くんだね、改めてよろしく!」
「ていうか菜々は終電とか大丈夫なのか?」
「ちゃんとそういうこと気にする辺り仁って紳士だな~。なんか女の子の扱い手慣れてそうだし」
「んなことねーよ、もう1時だし、どうすんだろって思っただけ」
「私は大丈夫、朝までここにいるつもりだから!」
「つえー」
「そういう仁は?」
「俺ももう終電ねーからここにいるよ。予定より長居しちまった」
「アハハ、じゃあ今日は徹底的に飲もうぜー!カンパーイ!」
「何度目だよ!カンパーイ!」
住む世界が違う奴らだからか、ちょこちょこ違和感は抱きつつ。
でも知らない場所で新しい友達を作るならそんな些細なこと気にしてないで前向きにやっていかないとなと思い直して、その日は朝まで飲み明かした。
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