Side:Hiroto 1
『あのあと2人で飲んだんだって?どうなったのか教えろよ』
6月22日。仁さんの誕生日の翌日。風呂上がりにスマホを見るとLANEに湊先輩からのメッセージが届いていた。指を滑らせて返信する。
『誰から聞いたんですか』
『仁。正確には仁から話を聞いた敬介』
(……喋ったのか)
少し意外だった。仁さんの性格なら誰にも言わないだろうと思っていたからだ。
(……よりによって敬介さんに)
それも意外だった。敬介さんにだけは知られたくないだろうなと思っていた。
『おれから言うことは特にないです』
『なんだよそれ』
『知りたいなら仁さんに聞いてください』
『……え、もしかして酒飲む以上のことがあったとか?』
『ノーコメントで』
『よくわかんないけど、円には世話になったし、できることなら協力するから!』
『誕生会に混ぜてもらえただけで十分です。あとは自力でどうにかします』
……自力でどうにかというのは嘘だ。今のおれにできることはない。スマホを置いて、ベッドに腰を下ろした。
昨日の夜。おれは悪魔の誘惑を断ち切れなかった。
『お水持ってきました。……って、寝てる……』
『…………ん……』
『……寝顔可愛いですね……』
『…………けーすけ……』
『……………………』
酔ってベッドに横たわり、うわごとで敬介さんのことを呼ぶ仁さんを見て、どうしても我慢ができなくなった。……ただ眠っていただけなら、髪に触れて、その寝顔を見つめるだけでこの欲望も抑え込めたのに。
おれが抱いても抱かれても、正直どちらでもよかった。酔っ払った仁さんは挿入ができるほどちゃんと勃起しなかったから、じゃあおれが挿れようと思っただけ。自分とほぼ同じ体格の相手を風呂場まで運んでシャワ浣するのは大変だったけど、仁さん相手だから楽しくやれた。身体を洗っている最中に仁さんが目を覚ましたから愛撫して、ベッドに連れて行って。そのまま。
(…………まさかあそこまでされて抵抗しないとは思わなかった)
正直に言えば抵抗してほしかった。あの異常な状況を異常なままに受け容れないでほしかった。酒に流されたと言い訳するにはお互い意識もはっきりしていたし、仁さんは男慣れもしていなかった。仁さんは初めてだったし、初めてはおれなんかに捧げるべきではなかった。
(……自己犠牲のひと。天使さま)
きれいな羽根を差し出す優しいひと。
他人の幸いのために貢献できるひと。
世間から『よい』とされるひと。
『神様』に迎え入れられるひと。
(あなたは違う。あなたはただの人間だ。あなたは――)
(あなたは、他人のために己の身を燃やす覚悟なんてできていないのに)
***
2週間後。7月。
「円最近忙しいの?」
学食で遭遇した湊先輩から唐突にそんなことを聞かれた。
「なんですか急に」
「仁が円のこと本屋でも全く見かけなくなったけど今どうしてるんだって聞いてきたから」
「……」
……気にされていたとは意外だった。
仁さんにとってはあの夜のことも、おれのことも、忘れたいことだと思っていたから。
「いつもと変わりないですよ」
「そうなの?」
「お店に行ってないのは通い詰めすぎて万引きなんじゃないかって店員にマークされてるぽかったからです。ほら、先輩と一緒に行った日も仁さんすぐ来たじゃないですか」
「……あー、あれそういうことだったんだ?俺そんなに声でかかったかなってずっと思ってた」
「あんな広い本屋の入口でちょっと喋った程度でレジまで聞こえませんよ」
「それもそっか」
「お店以外で知り合えたんで、お店に迷惑かけてまで通うのはよくないなって思っただけです」
「……その割にはなんも連絡取ってないんだ?」
「そもそも連絡先交換してません」
「は!?なにやってんだよ、人にあれだけダメ出ししておいて」
「…………」
自分が両思いになった途端にこれか。
溜息を吐いたら湊先輩は違う意味に取ったのか、デザートの牛乳プリンを食べながらちょっとえらそうに言った。
「相談があるなら聞くぞ!役に立てるかは内容によるけど」
「……いや、やめておきます。先輩に言ったら仁さんに筒抜けになるんで」
「ひ……秘密はちゃんと守るぞ!」
「無理ですよ。顔にでるタイプじゃないですか」
「ぐぬ……」
わかりやすく顔に出して湊先輩が黙った。……この人本当に先輩なんだろうか。中学生の間違いでは?
「くっそ生意気だよなお前。仁にも言われてたぞ。……『なんなんだよあの男』って」
「いいですね、敵意剥きだしで」
「いいのかよ!」
「それでなんて返したんですか」
「変な本ばっかり読んでる変な奴だしって」
「失礼ですね」
「宗教系の本が多すぎるんだよ。国文学科より哲学科とか宗教学科のほうがよかったんじゃないのお前」
「…………」
……まあ、勘は悪くないのだけど。
「というか仁に説明してて気づいたんだけど俺お前のことほとんど何にも知らなかったなって」
「何も言ってませんからね」
「よく考えたら出身地すら聞いた覚えないんだけど」
「言ったじゃないですか。西のほうです」
「雑!東京から見て西とか範囲広すぎだろ!」
「出身地とか学校とかどうでもいいじゃないですか。大事なのは今ですよ。今」
「でも親友に紹介しておいて何も知らないってのはさー……」
「たまたま仁さんと先輩が知り合いだっただけで、別に先輩がおれを紹介したわけじゃないんですからいいんじゃないんですか」
あの本屋に湊先輩を連れて行ったのだって、写真を見せられないから直接顔を見てもらおうと思っただけだ。その翌日にあんなことになったのはおれにとっても誤算だった。
「うーん……」
「役に立ちたいのはわかりますけど空回ってますよ」
「……あー、言ってくれんなマジで……」
「というかそういう先輩こそおれに相談があるんじゃないですか。聞きますよ」
「……聞いてくれる?」
わかりやすい。黙って頷いた。
「……夏休みにさ、敬介と二人で旅行に行きたいんだけど…………。……旅行先で、そういう、あれに踏み切るには、どういう準備したらいいのかなって」
「…………」
「な、なんか知らない?」
……ああ、これ。
仁さん大丈夫だろうか。荒れそうだ……。
「……あとで参考になりそうなサイトのURL送っときます」
***
湊先輩と別れたあと電話が鳴った。『円純一』という文字を確認してから出る。
「…………」
『博士くんか。……大丈夫だ。今は私ひとりだ』
「何の用ですか?」
『……創一の件だが、やはりもう長くないそうだ。あと3ヶ月と医者に言われたらしい』
「…………」
『帰りにくいのはわかるが、生きているうちに顔くらい見せてやってくれないか。あいつもああは言っているが、君のためを思って……』
「わかっています。伯父さんの心配も、父さんの気持ちも。……わかっているから帰れません」
『博士くん……』
「帰れないんです」
何度忘れようと思ってもフラッシュバックする光景がある。
銀河鉄道の夜を題材にしたアニメ。
はじめて兄弟の気持ちが離れた日。
正しかったあいつ、間違ったおれ。
苹果はいらない、おれは生きたい。
利他的な天使に、おれはなれない。
「…………おれは悪魔だから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます