Side:Jin 5 ★
………………。
……尻に入っていたものがずるりと抜けていく。それだけでまたはしたない声が出る。そのまましばらくベッドの上で放心していた。
「……少しは気晴らしになりましたか」
落ち着いてきた頃に円の声が聞こえて我に返った。
「…………っ、お前、マジでヤりやがったな……!!」
「だって仁さんが逃げなかったんで」
「人のせいにするな馬鹿!今度こそ帰……っ…………」
……だめだ、力が入らない。しばらく身体を起こそうと粘ってみたけれど、諦めてベッドに再び横になった。
「三鷹だとたぶんもう終電終わってますよ」
「……は、……今何時……?」
「0時過ぎてます。0時……半くらいですね」
……全力で走れば、ワンチャン……ない。俺にはこのあたりの土地勘がないし、何より尻にチ○コ突っ込まれた直後に走るのはいろんな意味でキツい。そもそも立ち上がれないし…………。
「最悪……明日輪講……先週休んだから行かないとまずい……」
「何時からですか?」
「9時半……」
「余裕じゃないですか。一旦家に帰っても全然間に合いますよ」
「予習とか要るんだよ馬鹿」
「飲み会だったんですから、当然その必要な予習は来る前に終わらせてますよね」
「…………」
「違いました?そういうの結構ちゃんとやるタイプだと思ったんですけど」
「…………その通りだよ。終わってるよ、資料さえ取りに行けばなんとかなるよ、クソ……」
「よかった。なら朝まで泊まっていってください。シャワーも浴びたければ貸しますんで」
「………………」
……付き合ってもない、そもそも友達ですらない相手をいきなりヤっておいて何なんだよその優しさは。普通にムカつく。
「……後でいい。今動きたくない。もう寝る」
「はい」
「寒い。なんか着るもんよこせ。汚してもいいやつ」
「Tシャツ持ってきます。下着はすみません、未使用のやつがないんでノーパンで我慢してください」
「…………」
真っ黒なTシャツを渡されて着る。なんか線香みたいな変な匂いがした。
「それじゃあおれも寝ます。おやすみなさい」
「……は!?待て隣で寝るのかよ」
「予備の布団ないんで。大丈夫ですよ、おれ寝相はいいんで。仁さんのこと蹴飛ばしたりとかしませんから」
「そういう問題じゃ……!ああもう、言い争うのも体力の無駄!お前向こう向いてろ!寝てる間に触ったら今度こそぶん殴るからな!!」
「いつでもぶん殴っていいですよ。まあでも、今夜はもうおれも満足したんでいいです。おやすみなさい」
部屋の照明が落ちる。背中に他人の体温を感じて寝るのなんて、いつぶりだろう。3人で酔って雑魚寝したときもこんなに近くなかったし……。
(……それこそマジで小学校のころに敬介の家でお泊まり会したとき以来なのかな)
あの日は敬介のベッドで一緒に寝ることになって。すやすや寝てる敬介と対照的になぜか俺はずっと目が冴えたまま眠れなくて。……今思えばあれが俺の性の目覚めってやつだったのかもしれない。敬介のあどけない寝顔に俺は子供ながらに欲情していたんだろう。
(…………マジで疲れた。なんだったんだ今日はマジで……先週に続いて最悪な週末だ……)
夢を見た。
『それじゃあ、お掃除係やりたい人ー?』
教室がしんと静まり返る。これは……何年生の頃だったか。
しいく係やおゆうぎ係はすぐに埋まったのに、一番地味で面倒そうなそうじ係だけはなかなか決まらなかった。
『誰かやってほしいなー。先生、お掃除係やってくれたらとっても助かるなー』
若い女の担任が焦る。それでも誰も手を挙げようとしない。まだ係が決まっていないやつのうち一番気が弱いやつにもう決まっているやつらの視線が刺さる。
お前がやれ、お前がやれ、早く帰りたいんだからお前がやれ。
そういう視線が刺さっているのが見えて、……俺も早く帰りたかったから。
『じゃあ俺やりまーす』
俺はそうじ係に立候補した。
『ありがとう……』
何日か後。そうじ係として皆が帰ったあとに教室内の点検をしていたら、その気の弱いやつにお礼を言われた。
『なにが?』
『そうじ係、やってくれて。……ぼく、おうちの手伝いしないといけないから、のこっておそうじできなくて……』
『別に、おまえのためにやったわけじゃねーよ。俺も係きまってなかったから手あげただけ』
『結城くん……』
『それより帰らなくていいのか?』
『あ、……ごめん、うん、帰るね……!さよなら!』
『さよならー』
「…………」
部屋がまぶしくて目が覚めた。……なんでこんな、今まで完全に忘れていたようなことが夢に出てきたんだろう。
のそりと身体を起こす。だいぶ体力は戻っていて、2回もヌいたからかむしろスッキリしていた。そこではっと円の存在を思い出して振り返る。円が寝ていたはずの場所はもぬけの殻だった。
「円……?」
ベッドから降りて部屋を見回す。まぶしかったのは部屋の電灯で、外からの光ではなかった。外の光は本棚で完全に遮られている。
つーかマンションでこんな家具の置き方していいのか……?窓って非常口も兼ねてるんじゃなかったっけ?
全裸にTシャツというだいぶ変態な格好で廊下に一歩踏み出す。
「円ー?シャワー浴びてーんだけど」
玄関を見ると、昨日円が言った通り本当にそこに俺の服と鞄が置かれていた。とりあえずそれを回収して鞄の中身を確かめる。……鞄の中身は触られてないようだった。
スマホの通知ランプが光ってたから見る。0時に『完全に寝落ちてた、見送れなくてごめん!あらためて仁誕生日おめでとう!』と湊からLANEが来ていた。苦笑して閉じる。
「……5時半か……」
シャワー浴びて、家に戻って、朝飯食って、また電車乗って……。
「…………めんどくさ……」
でも取りに戻るしか手がない。ただの忘れ物なら敬介に頼んで持ってきてもらうのもアリなんだけど、輪講の資料全部忘れてるとかありえないし、俺が昨日と同じ服って時点で家に帰ってないのがバレる。……そこから芋づる式に何してたのか気づかれるかもしれない。
「……ってかマジでどこだよあいつ。外出てんのか?」
でも玄関の扉にはチェーンロックがかかっている。となれば絶対どこかにいるはずだ。……と振り返ったところで壁に引き戸があることに気づいた。一瞬押入れかと思ったけどたぶん違う。駅近マンション最上階角部屋2Kとか普通に金持ちじゃねーかこいつ。
「おい、円……」
問答無用で引き戸を開ける。中からむせ返るような香の匂いがした。
「ごほっ……な、何だこれ……」
「……あ、……起きてたんですか」
部屋は六畳くらいの畳の部屋で、円は部屋の中央に正座していた。あちらの本棚だらけの部屋とは対照的にこちらは部屋の中に何もなくて、四隅に香立てが置いてある。……いや普通に不気味なんだけど何この部屋。
「入らないでください」
一歩踏み出そうとして強く止められた。俺も無理に入りたいわけじゃないので足を引っ込める。
「何してんの……」
「……精神統一です。これだけはやらないと気持ち悪くて……」
「はあ……?」
「それよりどうしたんですか」
「いや、シャワー借りたいんだけど。タオルどこかわかんなくて」
「タオルなら……いえ、説明するより出したほうが早いですね」
円がようやく立ち上がった。畳の部屋から出てきて、丁寧に引き戸を閉める。それから玄関横の棚を開けてタオルを出してきた。ちらっと見えた限り、他の着替えとかもそこに入っているようだ。
「……そこって普通靴箱として使うとこじゃね?」
「靴箱が必要なほど靴持ってないんで。空いてる棚使わないの勿体ないじゃないですか」
「いや、あの本棚どかすとかさっきの和室?に置くとか……なんかあるだろなんか……」
「おれは困ってないんで」
「ああ、うん、……いや、もういいや……お前が変な奴だってのはもう十分わかったし……」
タオルは清潔そうだったので受け取って浴室に移動する。外から開けられないように念のために扉を片手で押さえながらシャワーを浴びたけど、円が乱入してくることはなかった。
数時間ぶりに自分の下着と服を着て脱衣所を出ると、今度は食べ物の匂いがした。ぐう、と腹が鳴る。
(……襲われた後でも腹は減るんだな……)
廊下の簡易キッチンにフライパンで何かを炒めている円がいた。ソーセージを焼いているらしい。
「……どうかしましたか」
急に円が俺のほうを向く。咄嗟に目をそらした。
「いや、なんか匂いするなって思って……」
「朝ごはんです。食べていきます?」
「いらねーよ。そこまでゆっくりするつもりねえから」
「そうですか」
……ヤっといてなんなんだこの淡々とした態度は。いや勝手に彼氏面されてもウザいだけだからそれよりはマシかもしれねーけど。
黙って玄関に行って靴を履く。背後から円の声がした。
「おれ、仁さんのことが好きです」
「…………」
「だから、仁さんにこれ以上苦しんでほしくないと思っています」
「…………」
無視して玄関の扉を開ける。初夏のぬるい空気が外の光と一緒に入り込んでくる。
「敬介さんのこと忘れたくなったらまた来てください」
「もう二度と来ねえよ」
舌打ちして、乱暴に扉を閉めた。
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