Side:Jin 3

飲みの流れはだいたい予想通り。俺の誕生日を祝って、ケーキのろうそくを消して、分け合って食べながら酒を飲んで、誕生日プレゼントを受け取って。

プレゼントは綺麗な箱に入った紅茶とか緑茶とかのティーバッグセットだった。フォトスタで見たことある流行りのギフトだ。……こういうのは消費できるから気が楽だ。たぶん敬介が『消え物がいい』って助言したんだろうな……というのがわかる。

礼を言ってまた飲んで、ケーキがなくなって、ポテチをぽりぽり食べながらある程度お酒が回ってきたところで。

「……仁、あのさ。……話があるんだ」

湊のほうから切り出してきた。

「何?」

「実は、先週から……俺と敬介、こ、……恋人に、なったんだ」

「伝えるのが遅くなってすまない。直接言うべきだと俺が主張したから……」

「…………」

茹でたタコみたいに赤くなってる湊と、緊張した様子の敬介。

そして、ほんのり酔った顔で首を傾げる俺。……バカかよ、酔えるかよ、こんなん。さめるっつーの。

「……知ってたんだなこれが」

「え!?」

「ていうか隠してたつもりだったのお前ら?もう何から何まで距離が近くてバレバレだったんだけど?」

「そ、そうだったのか…………」

「そうそう。ていうか俺は敬介の気持ち知ってたしな。はーやれやれ、やっとくっついたかよーって感じ。……円的にはどうなの、いきなり先輩がこんなカミングアウトして」

「いや、ぶっちゃけおれも知ってたんで全然驚きないです。早く告白しろってずっと思ってました」

……お。

「だよなー!わははお前ら後輩にも言われてるぞ」

「まあでも参考までに聞かせてください。男同士の恋愛の秘訣とかを」

「ひ、秘訣~!?」

「秘訣というものは……その、ないが……」

「ないんですか。本当に?じゃあどっちから告白したのかとか教えてくださいよ。黙秘はさせませんからね。こんな飲みの席でカミングアウトしたお二人が悪いんですから潔く酒の肴になってください」

……思った通りだ。というか、思っていた以上だ。

2人は円の質問攻めでたじたじになりながらも言葉を選んでお互いの気持ちを吐露している。俺は意識を3人から完全にそらして酒をぐびぐび飲んでいた。

(この話終わるまで適当に飲んでよ)

3人の飲みだったらこの話は絶対俺が聞いていないといけなかったはずだ。そうならなかっただけで円の存在は助かった。

それに最初は根暗陰キャだと思っていたが、どうやらそれは見た目だけで、口は結構達者なほうのようだった。俺相手だと緊張してたってことか?

あと、マジで酒は強いらしい。潰してやると思う間もなく本人がめちゃくちゃ飲んでいるが、一向に顔にすら出る気配がない。……あ、つーかそろそろ持ち込んだ酒無くなるんじゃね……?



「……むにゃ……ぐう……」

……照れ隠しで酒をいつもより早いペースで飲んでいた湊がまず潰れた。敬介も意識はあるもののぼーっとしている。俺もちょっと酔いが回っていて……俺と同じかそれ以上に飲んでいる円だけが平然としていた。

「家主が潰れたし、酒もなくなったし、お開きだな」

「そうですね。……さてどうしますかこの散らかった惨状」

テーブルの上は空き缶とお菓子の袋でぐっちゃぐちゃだった。俺が手を伸ばすと敬介が「片付けておく」と言った。

「……今日の主役である仁に、片付けなど……」

「じゃあおれやりましょうか」

「いや、客人である君にも……。大丈夫だ、少し休んでからやっておくから……」

円が俺をちらりと見て、小声で囁いた。

「……お言葉に甘えて帰りましょうか。……多分2人になりたいだけだと思うんで」

「…………そうだな」

うまく空気を読んだ形で、俺と円は湊の家を出る。集まった時間が早かったからか、時刻はまだ20時を過ぎたところだった。まだ6月なのに、じめじめと蒸し暑い空気が肌にまとわりついて鬱陶しい。

「結城さん」

「あー……仁でいいよもう。めんどい」

「では仁さん。……おつかれさまでした」

「ん、……何が?」

「キツかったですよね、あの2人のノロケ話延々と聞くの。途中から全く聞いてなかったの丸わかりでした」

「――……」

……こいつ。

「湊先輩の話聞いててずっとどっちなのかなって迷ってたんですよ。仁さん、どっちのことが好きだったんだろうって。でも会ってわかりました。敬介さんのこと好きだったんですね」

……なんで。

「……は、何言ってんの?……俺と敬介は家が近所なだけのただの幼なじみだって。あいつのことそんな目で見たこと――」

「本人がいないのに嘘つく理由なくないですか」

眼鏡の奥に、何もかもを見透かすような黒い瞳が見える。

嫌な感じしかしないのに、目がそらせない。

「苦しいだけでしょ、そんなの。……おれでよければ聞きますよ。1人で抱えこんで、作り笑いしかできなくなってる仁さん見てられないんで」

「……やめろよ。そういうの。俺のこと大して知らないくせに」

「そうですね。まだ本屋の店員してるあなたと今日のあなたしか知らないです。だから知りたいって思ってます」

「…………」

「……おれの家、中井にあるんですよ。よかったら飲み直しませんか」

気づいたら高田馬場駅についていた。……三鷹俺の家と中井は、方向が別だ。首を横に振る。

「なんで会ったばかりのお前と2人で飲まないといけねーんだよ」

「会ったばかりじゃないですよ。……仁さん、おれがマークされる前からおれがいたことに気づいてましたよね」

「店員がよく来る客の顔覚えてるのは当たり前だろ」

……そう。実際、こいつがあの本屋を訪れるようになったのは半年くらい前からだ。最初は買い物してすぐ帰るって感じだったが、だんだんものを買わずに長居するようになった。……大方、レジに俺がいるときを狙って買い物をしていたけれどだんだんと買う本か金がなくなってきたってところだろう。

「そうですね。でも明日からまた敬介さんと顔合わせるんですよね、しんどくないですか?」

「…………」

「おれ、秘密は必ず守ります。だから全部吐き出してスッキリしておきませんか」

あっ、こいつ結構しつこいな。振り切って逃げられなくはないけど……。

それをすると、やっぱり後が面倒なように思えた。少なくとも湊はこいつが俺を好きなことは知ってるはずだから……。

「……ちっ、わかったよ。少しだけだからな」

適当にちょっと付き合って、それで終わりにしよう。話が合わなかった、好みじゃなかった、そう言えば湊ももう余計なおせっかいは焼いてこないだろう。

そう思い、俺は円についていくことにした。

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