Side:Minato 6

カラオケから駅への帰り道。もうすぐ駅ってところで急に大粒の雨が降り始めた。

「――やば、降ってきた!」

「傘は持っているか!?」

「ごめん、忘れた!この距離なら走ればなんとかなる!」

駅の中に駆け込んで、額の雨を拭う。敬介はそれに加えて眼鏡も拭いていた。眼鏡ユーザーって雨の日大変そうだなって思う。

「……昼間降ってなかったから天気予報が外れたのかと思っていたんだが」

「俺も。一応雨雲レーダー見てきたけど、20時くらいまで大丈夫そうだったからさ……」

時刻は17時半。まだ夜って時間じゃないけれど、分厚い雨雲のせいで空は暗い。これからどんどん天気は悪くなる一方だし、もともと昼間って約束だったから、ここで解散にしてもいい。……いいんだけど。

「…………」

「湊、……その、傘がないなら送っていこうか」

「……」

それが口実であることは俺でもわかった。傘なんてコンビニで買えば済むのだから、わざわざ敬介が送るなんて言う必要はない。……それでも、俺は頷いた。

もう少しだけ、隣にいたかったから。



電車に乗って、高田馬場──俺の家の最寄り駅へ。大雨の中、一本の傘の中に2人で入って歩く。

「肩濡れてない?」

「湊こそ」

「俺は大丈夫」

「……傘を、こちらの手で持ってもいいだろうか」

「? うん」

敬介が傘を俺がいない側の手で持ち直す。俺の肩に雨粒がかかる。と同時、手が軽く触れた。

「…………」

敬介の顔が、真っ赤だった。

「……手、つなごっか。誰も見てないし」

俺の家の近く――つまり大学の近くだから、知り合いが通る可能性は十分にある。でも今は大雨だし、土曜日の夕方だし、通りかかる同級生はきっといない。

「……ああ」

(敬介、ひょっとして俺以上にウブなのかも……)

だとしたらなんだか嬉しい。こんなに照れている敬介は、俺しか知らないのかもしれない。独り占めだ。

「…………」

さっき喋り倒した反動で言葉は少し少なめに。だけど、気持ちだけは今までで一番寄り添って。

歩いて10分程度の道は、名残惜しいくらいにあっという間だった。



***


「送ってくれてありがとう。……それじゃ、敬介も気をつけて」

「ああ」

「電車止まらないといいな」

「……そうだな。その前に帰るよ」

「……うん」

名残惜しく感じながら、俺のアパートの前で敬介と別れた。

部屋に戻って、湿った服を脱いで、ベッドの上に倒れ込む。

「……………………。……俺、……敬介の恋人になったんだ…………」

恋人。……すごく、すごく素敵な響きだ。

そして同時にすごく恥ずかしい。ほとんど勢いとはいえ、告白の直後にキスまでしてしまった。もし時間が許せば……。


『けいすけ、……っ、あ、……好き、好きっ……』


不埒な妄想をしてしまい、ベッドの上でごろごろと転がる。危うく落ちそうになってちょっと冷静になった。

「……い、いや、さすがにいきなりそこまでは……というか、現実問題、準備、準備しないと……無理……だから、うん……」

巷にあふれるボーイズラブ作品みたいに男同士の行為は気軽じゃない。というか、尻は基本的に入口じゃなくて出口なのだ。入口として使うには相応の準備が要る。

「…………。……あとで、ちゃんとやり方調べよう……」


***


少しして、LANEが鳴った。敬介からだった。

『電車に乗れた。案の定すごく混んでいる』

『だろうなあ』

『ところで、仁にはいつ伝えようか。俺たちのこと』

『仁の誕生日にはみんなで会うけど、それより前には伝えておいたほうがいいよな?』

仁の誕生日はあくまで仁の誕生日だ。俺たちのカミングアウトを同時にやるにはふさわしくないだろう。かと言って、直接会った日に何も言わず後から言うのもなんだか変だし、来週の仁の誕生日までに3人で遊ぶ機会はもうないし。

『なら、俺から伝えておく。仁にはいろいろ応援してもらったから、礼を言おうと思っていた』

『応援してくれてたの?仁が?』

『何を悠長にやってるんだって毎度尻を叩かれてたよ』

そうだったんだ……。

納得すると同時に西――仁の家がある方角に頭を下げる。……邪魔されたとか思って、本当にごめん……!

きっと仁は仁なりに発破をかけてくれていたのだろう。この前のマックのときもきっとそうに違いない。あのとき不機嫌そうだったのは、いつまでも俺たちが進展しないからいい加減にしろって思ってたのかも……。

(た、確かに、俺たちずっと両片思いだったってことだから……傍から見てたら確かにじれったかったよな……!?)

仁は勘がいいほうだから、もしかしたら俺の気持ちにも気づいていたのかもしれない。だとしたら本当に、3年間進展しない関係を見せつけられていたってことになる。もう一回仁の家の方角に頭を下げた。本当に根気よく見守っていてくれて、ありがとう……!!


***


――結局このときの俺は、自分のことしか考えてなかった。

自分の恋が実ることで誰かが傷つく可能性なんて、少しも想像できていなかった。


愛は、何かを救うこともあれば何かを苦しめることもある、なんて。

本の中でいくらでも読んで、知っていたはずなのに。


俺がそのことに気がついたのは、全部が終わってからだった。


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