Side:Minato 4

「……で?罰ゲームって酒奢ることなの?」

「違いますよ。ケイスケさんについてめちゃくちゃ語らせます。それが罰ゲームです。酒を用意したのはおれの慈悲みたいなもんなんで酒の勢いでどんどん喋ってください」

「趣味悪くないお前!?」

「事実を言われても何も心に響かないですね」

5月29日。帰宅直前に円に校内で会ってしまい、勝手に決められた「1週間以内に告白」が達成できたかを問い詰められ、できなかったと答えたらあれよあれよという間に居酒屋に連れてこられてしまった。レモンサワーと焼鳥が並べられ、渋々口に運ぶ。

(なんか……退路を断つのが異様にうまいんだよなこいつ……)

前世弁護士か詐欺師やってた?ってツッコミたくなる。言ったら「は?先輩が雑魚すぎるだけでしょ」って言われるの目に見えてるから言わないけど。

「ていうかこんな人混みの中で語りたくないんだけど」

「誰も聞いてないんで大丈夫ですよ。おれも周りがうるさいほうが、めんどくさい話は聞かなかったことにできて便利ですからね」

「お前聞く前から人の話を都合よく取捨選択するつもりかよ……」

「人生なんてそんなもんでしょう」

「あーうー……いや、いや、そんな、そんなさぁ!気軽に話せるわけないだろ!お前から先話せよいっそさあ!」

「おれからですか?いいですよ。名前と働いてる店はまだ内緒ですけど、すごいかっこいいです。笑顔も、ありがとうございましたって一言も、爽やか好青年って感じですごくよくて……。老若男女誰にでも優しいですし、背もおれと同じくらいあるのかな。エプロンがすごい似合うんですよ……。この前電話で、初めて向こうから話しかけてもらったって言ったじゃないですか?『何かお探しでしょうか?』って。定型文なのはわかってるんですけど、あんな広い店内でおれが探しものしてるってちゃんと気づいてくれたのが嬉しいというか、すごい近くて、香りまで爽やかで……あの腕に抱かれてみたい……って本気で思いました」

……先攻で結構な勢いの語りをかまされてしまい、聞いた俺のほうがたじろいでしまった。

「さて、次は先輩の番ですよ。今のおれと同じくらいには語ってください」

「……くっ……!」

「言わないと言うまで酒を飲ませます。レモンサワー追加で」

息をするようにレモンサワーが増えた。こいつ見た目は秋葉原にいそうな根暗オタクって感じなのに行動力がおかしいんだよな……!

「なんなのお前!?……いや、ほんとなんで敬介のこと聞きたがるの、知り合いじゃないんだろ」

「まあケイスケさん本人に興味があるかと言えばないですね」

「じゃあなんで」

「おれはおれの好きな人の話がしたいんですよ。おれの話をドン引きせずに聞いてくれる人に」

「……うん」

「でもおればかり喋るのは不公平じゃないですか」

「うん……うん?」

「だから先輩にも喋ってもらってお互いの弱みを握……もとい、対等に恋バナというやつをしたいなと」

「今弱み握るって言わなかったか?」

「言ってません。聞き間違いじゃないですか?それともお酒が足りてないですか?」

「ああ、俺そんなに酒強くないんだからハイペースで飲ませようとするな、わかったわかった、付き合うから!」


そこから先はまあ、うだうだぐだぐだと。

喋り始めるまではだいぶ抵抗あったけど、喋りだしたら敬介のどんなところが好きか、この3年で何があったか、何をしようとして失敗したか、案外するすると出てきた。……もしかしたら俺も、誰にも言えなかった「敬介が好き」って気持ちを一度ちゃんと誰かに聞いてほしかったのかもしれない。


…………ただ、飲みすぎた。途中から完全に記憶がなくなって。

次に目を覚ましたとき、目の前に敬介の寝顔があって、めちゃくちゃ叫んでしまった。

起きた敬介に事情を説明してもらって、頭を抱えたり顔を覆ったり。穴があったら入りたい。こんな……こんな……。……ていうかわざわざ三鷹から新大久保まで30分かけて迎えに来てくれる敬介、優しすぎない……?

それから更に朝ごはんまで一緒に食べることになって。二人きりになれただけでも嬉しいのに、朝から……なんてだいぶ新鮮で、めちゃくちゃ浮かれてて。


「お前らこんな朝から何やってんの?」


――だから、仁が現れたとき、背中に冷水を注がれたような気持ちになった。

そんなこと思うべきではないのに、……邪魔が入ったと、そう、思った。


仁が敬介を連れて内緒話をしている。……何を、話しているんだろう。

さっきまでの浮かれ気分が全部吹き飛んでいく。俺に聞かせられないこと?

(敬介、もしかして……)

浮かんだ可能性を否定する。もしかしてもう敬介と仁は、……なんて、そんなことあるはずない。そうだったら俺にはちゃんと話してくれるはず。たしかに2人は幼なじみでずっと一緒にいるけれど、俺だって3年は一緒にいて……。

「邪魔して悪かったなー。調べ物すっから俺向こうで食うわ」

仁が先に戻ってきた。……目が、笑っていない。何を考えているんだろう。不安になる。

「仁……」

「あ、そうそう。誕生日マジで楽しみにしてるからな」

仁が去ったあとから敬介が戻ってきた。敬介は無言だ。……なんとか元の空気に戻したくて話題を振る。だけど敬介からは円の話が出ただけで、楽しい時間は戻らなかった。


***


変化があったのは6月9日。Web面接とお祈りお断りの繰り返しで「もう嫌だ!」ってなりかけていた頃、LANEで泣き言を言っていたら敬介から『2人でどこかに出かけないか』と誘われたことだった。

「……えっ、ふた、2人で?本当に……?」

最初は俺と仁が飲むかって話してて、だけど俺と仁の都合が全然合わなくて、だからそこに見かねて入ってきてくれたんだろうなって思うんだけど。その流れはわかるんだけど。2人でとはっきり書かれたことについドキドキしてしまった。

「13日の土曜日……」

あああ服、服洗濯しておかないと。あとお金も下ろして……それから……と慌てている間に追加のメッセージと画像が来る。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をモチーフにしたプラネタリウム……と書かれていた。

「…………!」

もちろんただ食事に行ったり遊ぶだけでも十分楽しい。だけど、これは明らかに「俺」のために選んでくれた行き先だ。それがもう嬉しくて嬉しくて。

「……ああもう、敬介大好き……」

この人を好きになってよかった。……もっと、ずっと、一緒にいたい。

「……よし、……今度こそ告白する。絶対言う……!!」

拳を握りしめてそう誓ったのだった。



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