Side:Keisuke 3
「ごちそうさま!ふー、食べた食べた」
朝食の後も湊はご機嫌で、ずっとにこにこしていた。
「機嫌がいいな」
「えー、だって……」
「……だって?」
「……その、朝から楽しいし?」
「それは……」
「…………や、なんでもない……」
どういう意味だろう。朝から外食できているから?それとも、……自惚れるようなことを言うが、俺がいるから……?
「……湊」
「な、何?」
「……実は、話したいことが……」
「お前らこんな朝から何やってんの?」
今ならばいけるのでは。そう思ったタイミングでよく知った声が割り込んできた。仁だ。珍しくスーツを着ている。
「…………仁?え、なんでここに?」
「9時から講堂で合同説明会だからその前に腹ごしらえ」
「……そういえば今日だったな」
「意識低いぞお前ら!大丈夫か?」
「Webエントリーは……してるから……今のところ最終面接一度も行けてないけど……」
「というか仁はそろそろ最終面接だったんだろう?なんで今更……」
「ちょっと雲行き怪しくなってきたから念のためにもうちょっと見ておこうと思って」
「はー……えらい……」
「で?そういうお前らはなんで朝から二人でマック?」
「…………」
「…………」
湊はこの近所に住んでいるからとにかく、土曜の朝から俺がここにいるのは確かに理由を問われても仕方がないところだ。湊が先に口を開く。
「ええと……俺が昨日酔い潰れて、それで送ってもらって……」
「二人で飲んでたのかー?なんだよ俺も呼べよー」
「ああ、いや、俺と飲んでいたわけではないんだ。その、俺は湊を家まで送るために呼び出されたというか……」
「…………ふうん」
仁の声がちょっと低くなった。自分だけ蚊帳の外で怒っているのか……?と思った次の瞬間にはにやりと笑っていた。そして俺を肘で突き、ちょっとこっち来いと手招く。少し離れた壁際に二人で移動した。
「酔い潰れた湊と一晩楽しんだ……ってことかよ?ん?」
「ち、違う!そういうわけでは……!」
小声で囁かれて咄嗟に否定する。思ったよりも大きな声が出てしまい、周囲の視線が一瞬こちらを向いた。声を落として仁に囁き返す。
「誤解だ、泊まったのは終電がなかったからで……」
「は?何?何もしてないのまさか。マジでヤる気あるわけお前」
「やる気とはなんだやる気とは……!そんな……酔い潰れた相手に……なんてことできるはずないだろう……!」
「……お前ホントに湊のこと好きなの?」
「な、なんだ急に……」
「据え膳も食わねえくらいのビビりならやめちまえよそんなの。……応援してる俺がバカみてーじゃん」
「…………仁?」
「…………」
……仁の機嫌が悪い。こんなに不機嫌な仁を見たのは俺がガラの悪い奴らに妙な因縁をつけられて絡まれそうになったとき以来だ。その機嫌の悪さが、俺に向けられている……?
仁が俺から離れた。心配そうに俺たちの背中を見ていた湊のところに戻り、表情を崩す。
「邪魔して悪かったなー。調べ物すっから俺向こうで食うわ」
「仁……」
「あ、そうそう。誕生日マジで楽しみにしてるからな」
仁はそのまま注文口に向かっていく。追うこともできず、俺は元の席に座り直した。
「…………」
「…………」
……気まずい。先程までの楽しかった雰囲気が一気に萎んでしまった。
「……敬介、そういえばさっき話があるって……」
「……あ、いいや、大した話ではないんだ。その……円という後輩とはどういう関係なんだ?」
湊が目を丸くした。……知りたいことではあったが急に脈絡なく聞かれればそれは驚くだろう。つくづく俺は嘘やごまかしが下手だと思う。
「どういう……。普通に後輩っていうか……。ほら、俺1つ教養科目落としたじゃん。その再履のときに席近くて、話題が合ったからたまに学内で会話する仲っていうか……」
「……」
「昨日はたまたま、ちょっと罰ゲームで奢れって言われて一緒に飲んだだけで……。あいつと学外で会ったのも昨日が初めてだよ。……だからこう、……ええと……」
湊の言葉がだんだんしどろもどろになっていく。
「いや、別に親しいことを咎めたいわけではないんだ。湊には湊の人付き合いがあるだろうし……」
「……じゃあなんで聞いたの?」
「いや……なぜ俺が呼ばれたのだろうかと思って……」
――おれもケイスケさんに一度会ってみたかったんで。
意味深な言葉を思い出す。昨日はそこまで頭が回らなかったが、なんとなく、以前から俺のことを知っていたような口ぶりだった。面識がないのは確かなので、湊から聞いた以外に思いつかないのだが……。
「…………わかんない。寝言で呼んだかも……?覚えてないんだよな正直」
「……そうか」
湊から答えは得られそうになかった。
***
結局何の進展もないままその日は帰り、あっという間に6月になった。
6月ともなると俺も湊も仁も流石に就職活動を優先せざるを得なくなり、しばらく顔を見ない日々が続いた。
俺は教授から推薦をもらって月の半ばに大手メーカーの面接を取り付け、仁は当初から希望していた医療機器メーカーから内々定が出た。……文学部の湊はやはり苦しいらしく、あちこちの企業に応募しては試験と面接の日々が続いていた。
『文学部は就職大変だと聞いてはいたけどここまでとは……』
6月第2週。湊からグループLANEにそんなメッセージが書き込まれた。
『お疲れ様』と当たり障りのないことを返す。
理系の学校推薦は「絶対」ではないが「だいたい」は内々定が出る。大した就職活動も自己分析もしていない俺から下手にアドバイスなどすべきではない……と思っていた。
『気分転換に飲むか?』
『飲みて~愚痴りて~就活とかマジでもう嫌だ』
仁と湊の会話が始まり、しばらくそれを見つめていた。日程調整が行われていたが、どうにも二人の予定が合わない。湊は平日の日中がゼミと就活で埋まっていて、仁は平日は夜まで研究室に籠もり、土日はがっつりバイトを入れているといった具合だ。
「…………」
少し迷いながらも、送信ボタンを押した。
『土曜日の昼間なら空いているが、飲み会でなくてもいいなら2人でどこかに出かけないか?』
……湊からは承諾の返事があった。
「……よし、どこに行くかを決めなければ」
気晴らしに出かけるのだから、湊が純粋に楽しいと思えるものがいい。そしてできれば……。
「……いや、今言っていいのか?これ以上湊を悩ませるのは……」
ただ、7月に入ってしまうとそれはそれで忙しい。それに、何か思い出を作ろうと思うなら夏休みは最後のチャンスと言っていい。冬休みは互いに卒業論文の締切に追われているし、春休みは春休みで引っ越しなどで忙しくなる。
どうしたものか……と考えているとスマホが鳴った。仁から通話だ。珍しい、と思いながら出る。
「もしもし、どうしたんだ?」
『どうしたんだじゃねーよ。作戦会議だ作戦会議。2人でデートなんだろ、次こそちゃんと決めろよな』
「仁に言われなくても……」
『ふーん?デートプランちゃんと考えてあるわけ?』
「……今考えているところだ」
『今週末だろ?間に合うのか?ていうか何するつもりだよ、土曜雨だぞ』
――そういえばそうだ。今朝のニュースで言っていた。この時点で屋外のレジャーはすべて却下となった。
室内で、あまり運動が得意ではない湊がしっかり楽しめるもの……湊の趣味……。
「……本屋巡り……とかか?」
『やめとけよ。移動するときにも持ち帰るときにも濡れるだろ。あと湊は欲しい本は発売日前にしっかり予約して買うタイプだから、何か欲しい本があるかって急に聞いても逆に答えられねーと思うぜ』
……それは確かにそうだ。
では……無難に食事だろうか。いや、食事はするが何かそれ以外のメインイベントが欲しい。
黙り込んだ俺に、仁が呆れたような溜息を吐いた。それから少ししらじらしい声で続ける。
『これは聞いた話なんだが』
「なんだ?」
『文学をテーマにしたプラネタリウムが池袋でやってるらしいぜ』
「……!」
『詳しいことは自分で調べろ、じゃーなー』
「あっ、おい仁……」
通話が切れる。なんだか妙に突き放した物言いが気になったが、気を取り直して言われたキーワードで検索をかける。
「銀河鉄道の夜、プラネタリウム……」
これだ。理系の俺でもタイトルくらいは知っている有名な文学作品。日本文学が好きな湊なら当然読んでいるだろう。予告映像を再生する。きらきらと輝く星空と、その中を行く鉄道の映像美に思わず見入ってしまった。……これを視界いっぱいに見られたなら、きっと湊も星空と同じくらいに目を輝かせて喜んでくれるだろう。
「……よし」
予約サイトを見てまだ空席が十分あることを確認して。
『土曜日なんだが、これを見に行かないか?』
湊にプラネタリウムの画像を送信した。
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