Side:Keisuke 2

『近くまで来た。店の中にいるか?』

『いまーす。狭い店なんで入口で声かけてくれればわかるかと』

指定された店に入り、ラストオーダー過ぎてるんで……と入店を断ろうとしてくる店員に事情を伝えてカウンター席を見る。

……ぼさぼさ髪の眼鏡の男と目が合った。

「……え?」

「あ、はじめまして。円です。すみません急に呼び出しちゃって」

「え、……いや、それはいいが……。……君が、まどか……?」

どこからどう見ても男だ。男っぽい格好をした女……というのも一瞬疑ったが、声を聞いて間違いなく男だと確信した。

「……あー、まどかって名字です。珍しいですよね」

「そうだったのか……。すまない、勘違いをしていた」

「まあ文章じゃ性別わかんないですよね。というわけで湊先輩のことよろしくお願いします。ここのお代はおれ払っといたんで」

「ああ……すまない、何から何まで。湊が起きたら言っておくから」

「いいですよ別に。……おれもケイスケさんに一度会ってみたかったんで」

「……?」

何か含みのあるようなことを言われた気がするが……湊は俺のことを何と説明したんだろうか。……いや、それより湊だ。

「湊、起きてるか?」

「んんー……けーすけぇ……?」

揺さぶるとカウンターに突っ伏したまま湊が目を開けた。……酔っ払って顔が赤く、目がとろんとしている。気恥ずかしくて思わず目をそらしてしまった。

「……帰ろう。立てるか……?」

「んんー……?」

「……ダメだこれは」

ここから湊の家まで歩いて20分程度だが、この状態では自力で移動してもらうのは難しそうだ。背負うことも考えたが、俺はあまり体力には自信がない。万一のことを考えてタクシーを呼ぶことにした。

(仁なら背負っていけそうだが……)

タクシーが来るまでの間、ここにいない親友のことを思う。仁は何をやらせてもそつなくこなす男だ。数学のテストこそ俺のほうが点がよかったが、俺が数学98点科学75点英語70点のとき、あいつは全教科で80点を取っていく。体育や音楽の成績まで含めたら俺では全く太刀打ちできない。仁の体力ならここから湊をおぶって帰ることもきっと……。

(……いや、比較して落ち込んでいても仕方ないな。この状態の湊を……)

「…………うー……ん」

(…………俺だけが独占できた幸運を、今は喜んでおこう……)



タクシーで湊のアパートに移動し、肩を貸しながら階段を昇る。湊の部屋が2階であることにこれほど感謝した日はないだろう。

「湊、部屋の鍵どこだ?ポケットか?」

「んー……ズボンの……」

「わかった」

ズボンのポケットを探す。右……ない。左……にもない。……まさか尻ポケットか?

「……すまん湊、少し触る」

「……?」

すまない、必要なことなんだと胸の中で言い訳をしながら尻ポケットを探す。

「わぁ、……んふふ、く、くすぐった……」

「すまん……、って、ないじゃないか!鍵どこだ、湊!」

「れ?かぎ……?」

「家の鍵だ」

「……かばん!」

「そうか……」

肩掛けの小さな鞄を探る。財布の下から鍵が出てきた。鍵を開けて中へ。ふらふらと中に入っていく湊が転びそうで、慌てて追いかけた。

「ねむい~……。ねる~」

「ああ。その状態で風呂に入ったら溺れかねないからな。酒が抜けるまで寝てくれ」

ベッドに倒れ込んで、1分もしないうちに寝息が聞こえてきた。とりあえず最低限の義務を果たせたのでほっと息を吐く。少し周りを見回した。

「……散らかってはいないんだが、相変わらず本だらけの部屋だな……」

湊はかなりの読書家だ。国文学科に進むだけあって当然本や文学は好きなんだろうが……それにしても本当に多い。床に直置きなどはしていないから散らかっている印象はないが、そもそもこの部屋の広さで本棚が複数あるのが普通ではない。本以外に目に入るのがベッドとローテーブルと薄型のテレビとゲーム機しかないくらいに本棚の存在感が大きい。

……と、俺のスマホが鳴った。親からのLANEだった。

『今どこにいるの?チェーン掛けていい?』

メッセージと同時に時計を見る。いつの間にか終電の時間が近づいていた。走ってここを出れば間に合うが……。

「…………」

湊の顔を盗み見る。もちろん、寝ている間に……など卑怯なことをするつもりはないが……。

(……もう少しだけ、顔を眺めるくらいなら許されるだろうか)

親に『湊の家に泊まる』と返信する。OKのスタンプが返ってきてそれで終わった。さすがに4年生ともなると心配もほとんどされない。

床に座り、ベッドで眠る湊を見る。可愛いな……と思ってしまうのは惚れた欲目だろうか。……実際本人に可愛いと言ったらどう反応するだろう。俺や仁より背が10センチ近く小さいことを気にしているから、怒るだろうか?

「身長がどうこうではなく、ころころ表情が変わったり、おっちょこちょいなところが可愛いと思ってるんだけどな……」

本人が聞いていないのをいいことに本音を零す。

「……好きだ、湊。……いつか直接伝えさせてくれ……」


***


「わーーーーっ!!!?」

「っ!?」

翌朝。目覚まし代わりの大絶叫で俺は跳ね起きた。

「な、え、なん、えっ、……敬介!?なんで!?」

「……あー……説明する、説明するから、……少し、待ってくれ……。急に起きたせいでちょっとくらっときた……」

「えっ……だ、大丈夫……?」

「……大丈夫だ」

おろおろしている湊に順を追って説明する。「まどか」の名前を出した途端に、湊はまた「あーーーー!」と叫んだ。

「あいつ……あいつ……!やりやがった……くっそ……!!」

「何がだ……」

「なんかめちゃくちゃ飲ませてくるからおかしいと思ったんだ……!あのやろ、次会ったらぶっ飛ばしてやる……!」

「いや、酒量は湊自身でも気をつけるべきだったと思うが……。それに、会計は全部彼が払っていたぞ」

「……えっ……」

「……そもそも一体どういう飲みだったんだ?」

「…………いやちょっと、賭け?……に負けて、それで罰ゲームとして奢れって言うから……しょうがないなって……。……いやそれよりなんで敬介がいるんだ?」

「彼に呼ばれたんだ」

LANEの画面を見せる。湊は数秒固まったあと、顔を覆いながら言った。

「……ごめん……そんな深夜に呼びつけて…………」

「金曜だったから別に構わないが……」

「それで帰れなくなって泊まったんだよな?本当にごめん……」

「…………」

帰ろうと思えば帰れたというのは黙っておく。結局寝落ちる寸前までずっと湊の顔を眺めていた……なんて言えない。

「いや、俺が引き受けたんだ。気にしないでくれ」

「いやでも……申し訳なさがすごくて……何かお礼というかお詫びというかしたいんだけど何かない?」

「…………」

一瞬頭に浮かびかけた不埒な考えを捨てる。湊の負担になりにくい範囲で、かつ、ちゃんと湊が借りは返せたと思えるような何か……。

「……そうだな、なら、湊の体調がよければ一緒に朝食に行かないか。お腹が空いた」

「……行く!マックでいい?」

「ああ」

「よし、俺が奢る!なんでも言ってよ!」

申し訳なさそうな顔から一転、にこにこの笑顔になった湊につられて俺も微笑する。

この笑顔が見られただけで俺としてはもう十分なくらいに礼をもらったのだが……。


……今はまだ、秘密にしておくことにした。


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