Side:Keisuke 1

「敬介」

「…………」

「けーすけってば」

「ん、……な、なんだ」

「ラーメン伸びるぞ。いつまで手ぇ止めてんだよ」

「……冷ましていただけだ」

「嘘がへた、へったくそ。そんな火傷するほど熱いわけねーだろここのラーメンが」

「む……」

月曜日の昼休み。仁と学食で昼飯を食べていたら、呆れたような目を向けられていた。

「なんだよ悩み事か~?……当ててやろうか。湊のことだろ」

「なっ……!?なぜわかった!?」

「はぁーあ、何年お前の幼なじみやってると思ってんだよ。お前が何考えてるかなんてぜーんぶお見通しだっての」

「…………」

……仁は昔から頭が回るタイプだ。隠し事なんてできた試しがほとんどない。俺が二の句を継げず黙っていると、仁は畳み掛けるように続けてきた。

「この前映画行ったじゃん」

「……ああ」

「本借りてたじゃん」

「……借りた」

「返した?」

「……まだだ。読み終わってはいるが……」

「……なんでそこで会う約束取り付けないかな」

「む……」

「また3人で遊んだときついでに返せばいいかって思ってねーか?不自然にならないようにちょっと距離開けてお前らを二人きりにしようとしてる俺の努力もさ、限界があんだわ。告んのかやめんのかマジでハッキリして」

「それは……」

「さすがに二人きりで会うところまでお膳立てする気ねーからな俺」

「…………」


……自己紹介が遅れたが、俺は佐伯敬介。22歳の大学4年生だ。目の前にいるのは俺の幼なじみの結城仁で、こっちはもうすぐ22歳になる。学科こそ違うものの、同じ大学の同じ学部に通っている。

さっきから仁につつかれている「湊」とは、文学部4年の大久保湊のことだ。俺たちとは違い、地方から上京してこの大学に通っている本好きの努力家だ。

……俺は彼に、ずっと恋をしている。


出会いは偶然だった。入学式の日、道に迷っていた彼を俺が案内したのだ。

その時はころころ表情が変わる小動物みたいな男だな、くらいにしか思っていなかったが。そこから友人になって、仁も含めて3人で遊んでいるうちにだんだんと彼の一挙一動が愛らしく見えてきて、惹かれてしまったのだ。


「はいはい回想その辺でストップ。過去じゃなくて未来のこと考えてくれよな」

「なんで仁は俺の考えていることが読めるんだ……」

どちらかといえば俺はあまり考えていることが顔に出ないタイプだ。なのに仁には全部バレてしまっている。……湊が好きなんだろと当ててきたのも仁からだ。

遊ぶ約束を取り付けるなどの協力も、してもらっているのだが……。

「俺もそろそろ最終面接とかで忙しくなるからさ、あんまお前らの面倒見てやれねーんだわ」

「……もう決まるのか。早くないか」

「早くねーよ。これでも結構選り好みしちまったし、マジではえーやつは4月下旬には出てるから俺はそこそこ堅実なほう」

「…………」

「いろんなもん並行してやるの苦手ってのは知ってるけどさ、ゆっくりやってると就活のあとすぐ卒論で、会う時間すら取れなくなるんだぜ」

「……わかってる」

「卒業したらそこで3人バラバラなのもわかってるか?」

「…………わかってる。……早めに、なんとかしないとな……」



……とは言ったものの。

(……湊には他に好きな人がいるんじゃないだろうか)

湊はたまに目の前のこととは違うことを考えていることがある。昨日も俺と仁の高校時代の写真を見せたあと、他にもないかと言われたので他の写真を探していたら窓の外のほうをぼうっと見ていた。

仁のことを考えていたのかと聞いたら図星だったようでひどく狼狽えていたし……。

(それに、途中で電話がかかってきて……)

『まどか?どうしたんだよ急に電話なんて。……は?えっ、ええー……そんな用件でわざわざ電話を?……うん、いや、うん、よかったじゃん。はっ、俺?いや俺は……ああもう、この話後でな!切るぞ』

『……湊、今のは……?切ってよかったのか』

『ん?ああ、同じ学科の後輩。全然大した用じゃなかったから大丈夫、行こう』

(……まどかって、誰なんだ……)

休日に『そんな用件』で電話をかけてくるくらい気安い関係の女の後輩がいるなんて聞いたこともない。よく考えたら俺は湊が俺たち以外とどんな交流をしているのか全然知らなくて……。

……男の中では小柄で可愛い方だけど、それが女から見てマイナスポイントになるかと言われれば多分否だ。先輩後輩なら勉強を教え合うこともあるだろうし、……。

(……だめだ、今告白しても勝算がない。……もう少し状況を詰めていかないと……)


***


変化があったのはその週の金曜深夜――5月29日のことだった。

「本を返すついでに、どこかに……いや、どこに行くか決めてから誘わないといかんな……。仁の誕生日に何を贈るかも決まっていないし……。……そもそもこの時間にメッセージを送っていいのか?明日の朝のほうが……いや……しかし土日どちらかに会うなら今……」

自室でLANEの画面を見つめながら湊を誘う文章をまとめている最中、急にその画面が動いた。……湊からのメッセージだった。

『はじめまして。M大学国文学科2年のまどかといいます。数学科のけいすけさんでしょうか?お願いしたいことがあるんですが今時間ありますか?』

画面を開いていたから即時既読になる。見なかったふりはできなくなった。

「……まどか……国文学科の……」

なぜ湊のLANEから「まどか」が俺に連絡してくるのか。混乱しつつも、湊と親しい後輩である彼女に興味はあった。言葉を……あまり選んでも仕方がないので、率直に返す。

『時間はある。なんだろうか』

「まどか」からの返信は速かった。

『湊先輩と二人で飲んでたんですけど、潰れちゃって』

『どうしようか迷ってたら「けいすけに迎えにきてもらう」って言ってたので、LANEからけいすけさんを探して連絡しました』

「酔い潰れた?」

いろいろツッコミたいところはある。女の後輩と二人で飲んでたのか?とか、その後輩よりも先に潰れたのか?とか、俺を指名している?とか。……確かに湊は少し酒に弱い。だから仁のようなはっきり酒に強いやつが近くにいなければ基本的に酒盛りには参加しない。そのはずなのだが……。

「…………いや、行くしかないな」

『証拠です』

俺が返信するより先に写真が送られてきた。居酒屋のカウンターのような席に、突っ伏した頭が見える。顔が見えないが服装と髪型から湊だとわかった。

『わかった、すぐ行く。場所を教えてほしい』

『新大久保駅近くの店です。喰いログURL送ります』

大学近くの駅だ。三鷹――俺の家からは少し距離があるが、湊をアパートに送っていっても問題なく帰って来られるだろう。了解のスタンプを返して、財布とスマホだけ持って家を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る