Side:Minato 3

「…………う、むむむむ……」

円に無理難題を押し付けられてから3日。

敬介宛のLANE画面を開いては閉じる日々が続いていた。

(敬介とサシでLANEしたの2ヶ月前……。基本3人のグループトークで済ませるからな……)

話があるから会いたい。……円が言った通り、たったそれだけを送って告白すれば済む話なのだ。なんならLANEで告白したっていい。……いいんだけど。

……勇気がどうしても出ない。

せめてなんか……二人きりで会うのに不自然じゃない口実がほしい。告白のためだけに会うのはやっぱり緊張する……!

と思っていたとき、握っていたスマホが急に鳴ってベッドの上で飛び跳ねてしまった。……仁からのグループトークだ。

『来月の今日何の日か覚えてるよな!?待ってるぜ!』

……来月の今日……?

カレンダーを見る。今日は5月21日だ。来月……6月21日……。

「あ!」

仁の誕生日だ。慌てて返信しようとしたら既に敬介から『気が早すぎる』と返信があった。俺もちょっとすっとぼけたようなスタンプを送る。

そうだ。敬介のことばかり考えていたせいで忘れてた。仁の誕生日プレゼント、今年は何にしよう。一昨年は二十歳になった記念で酒、去年は欲しがってたゲームだった。今年は……。

「……そうだ、これだ!」

思いついて俺は敬介にLANEを送る。そうだ、これがあった。結局今回も仁をダシにしてるけど、でも、二人だけで会う理由としてこれほど自然なものもないはずだ!

『仁の誕生日プレゼント一緒に買いに行かない?』



次の日曜日、5月24日。万が一にも遭遇しないように仁がバイトの日を狙って、俺と敬介は待ち合わせた。

「……服よし、財布よし、スマホの充電よし……!」

今日は何かとフォローしてくれる仁はいない。俺は俺自身で頑張らないと……と張り切りながら待ち合わせ場所に向かう。壁に背を預けて本を読んでいる敬介がいた。

(……め、めちゃくちゃかっこいい……)

普段は仁のモデル級の顔面で隠れがちだけど、敬介もかなりかっこいいほうなのだ。惚れた欲目とか関係なくそう思う。

「……湊?」

「!」

「なんだ、来てたなら声かけてくれればよかったのに」

「あ、ははは、本読んでたから邪魔しないほうがいいかなって……」

「ああ、……いや、その。そろそろ返さないとなと思っていたんだ。昨日のうちに読み切るつもりだったんだが、終わらなくて……」

カバーがかかっていたからわからなかったけど、どうやら俺が映画のときに貸した本を読んでくれていたらしい。それだけでもうすごく嬉しくなる。

「大丈夫、急いでないからさ!敬介が読んでくれただけで嬉しいし!」

「それならいいんだが……。……ところでどこに行こうか。何か目星はつけてあるか?」

「…………」

……ああああバカだ俺!今日何を着るかとかしか気にしてなくて、肝心の仁の誕生日プレゼント何にするか考えてない!!それってつまり、今日これからどこに行くかも決まらないってことで……!

「え、えっと、……と、とりあえず適当に店とか覗いてみてよさそうなのあれば買おうかなって……!たぶん仁の趣味は敬介のほうが詳しいだろうから……」

「つまりノープランか」

「ぎくっ」

「……ふ、実は俺もなんだ。……この二十年で思いつくものはだいたいあげてしまったし、そもそも俺は贈り物にも疎くてな。だから湊に頼ればなんとかなるだろうって思っていたんだ」

「……」

「……」

「あはは、考えることは同じ!なんてな。じゃあとりあえず行こうか!雑貨屋さんとか見て回ろう」

「ああ」

顔を見合わせて笑う。……うん、悪くない。デートっぽい感じ!

手とか繋げたら完璧だったんだけどそこまでの勇気はない。つかず離れずの微妙な距離感のまま、一緒に駅ビルに入った。


***


「うーん、なあなあ、仁ってハンドクリームとか使う?」

「使っ……てた気がするな。確か紙を触ると手が乾燥するって言っていた」

「あーわかる。俺も図書館で資料探すと荒れるもん」

「ただ選ぶのが難しいとも言っていたな。ベタつかないやつがなかなか無いって」

「むむ、なるほど……」

「あと日常使い分は貰い物で数本ストックがあるから正直もういらんとも言っていた」

「それ先に言って!……くっ、モテる男はこれだからな……!」

棚から取り出しかけたちょっとお高めのハンドクリームを戻す。ハンドクリームでだめならリップ……いや、絶対持ってるだろうな。

「……なんかイケメンにスキンケアアイテムとか釈迦に説法って気がしてきた」

「大抵のものは持ってるだろうしな……。違う店にするか」

「そうしよっか。案外うまい棒詰め合わせとかのほうが喜ぶかもな、仁なら」

「確かに仁の性格的に消え物のほうがいいかもしれないな。あいつ、昔から物を捨てられないタイプでさ。俺が子供の頃に旅行の土産であげた……その、剣のキーホルダーを未だに持ってるからな。『だっせぇ、いらねー!』とか言いながら……」

「……ふーん……」

「付き合ってもいない女の子からのプレゼントも使い切るまで律儀に取ってあるし。バレンタインのチョコは全部食べるし。流石に元カノからは捨てろって言われたらしく渋々手編みのマフラーを捨てていたが……」

「えっ、仁って彼女いたの?」

初めて聞いた。ちょっと突っ込んで聞いてみる。

「高校の頃の話だ。彼女のほうから猛アタックされて付き合ったみたいなんだが……1年くらいで別れてたな。それ以来あいつから女の話は聞かなくなった。よほど懲りたんだろうな」

「そうだったんだ。あの顔面でなんで恋人いないんだろーってずっと思ってたけど……」

二人とも全然女の話しないから俺からも現在の恋人の有無くらいしか聞けてなかったのだ。今更な話にちょっと驚く。

(こういう話、仁がいるとできないからな……)

……この流れで聞いてしまおうか。元カノの有無は、ゲイかノンケかの判断に使えるし。

「……敬介は?」

「ん?」

「敬介は高校時代彼女とかいたの?」

「いや俺は……。……まあ、こういう性格だからな。そういう浮いた話はなかったよ」

「身長高いしかっこいいからモテそうなのに。その眼鏡もめちゃくちゃ似合っててインテリって感じするしさ」

「眼鏡か?これは……大学入学前に仁と買いに行ったものでな。あいつが大学デビューだと言って髪を染めて……俺にも何か変われって言ってきて……それでこれを」

……あっ。……うわ、余計なこと言わなきゃよかった。いや、余計なことも何も、俺が言わなかったからってその眼鏡が仁と選んだものだってことには変わらないんだけど……。

「む……昔の写真とかある?見たい」

「あるが……ここで出すと通行の妨げになりそうだからな……後でいいか?」

「いいよ。あ、じゃあ休憩兼ねてどっか入ろうか」

トトールに入って敬介はコーヒーとサンドイッチ、俺はオレンジジュースとベーグルを頼んで向かい合わせに座る。敬介がスマホの写真を見せてくれた。

「確か高2の修学旅行のときの写真だ」

「って……目見えてないじゃん!」

数人で食事をしているところの写真で、眼鏡に光が反射しているのか敬介の目が全然見えない写真だった。なんというか……髪型も相まってガリ勉くんみたいに見える。

隣に写っているのが仁だ。黒髪で今よりも少し大人しそうに見える。でもこれはこれで、このままでもめちゃくちゃモテそうな感じだ。

「そうなんだ。昔から写真写りが悪くてな……。この眼鏡にしてからやっと目が写真に写るようになったんだ」

「他にも何か面白い写真ない?」

「面白い写真?あっただろうか……。少し待ってくれ」

真剣に写真を探す敬介を見ながらベーグルをかじる。いいなこういう真剣な顔。むしろこの顔を今撮りたい。いきなり撮ったら不自然だろうけど……。

『――今マジな顔してておもしれーから撮った!』

……ああ、仁だったらそれくらいのことはさらっとできそう。というか、敬介の写真ってそういう……仁が面白がって撮ったやつが多いんだろうな……。

…………なんで俺、ここにいない仁にまで嫉妬してるんだろう。せっかく二人きりなのに。

「…………」

「……すまない。つまらなかっただろうか」

「……へっ?な、なんで?」

予想外の言葉を急に投げられて心底びっくりしてしまった。変な声が出る。

「いや……違うことを考えているようだったから……仁のこととか……」

「う、え、なんでわかったの……」

「……湊が興味ありそうなものから言えば1/5くらいの確率で当たると思っただけだが、図星だったのか……」

「う……、い、いや、プレゼント何にしようかなって考えてただけで……」

「…………」

「……」

……ああ、最悪だ。好きな人とデートしてるのになんで別の人と自分を勝手に比べて惨めになって、それを見透かされたりしてるんだろう。バカだ俺。

こんなんじゃ告白なんて、できるはずない……。



結局プレゼントはその日のうちに決まらないわ、途中で円からくっそどうでもいい電話がかかってくるわでだんだんグダってきて、結局普通に夕方に解散した。

「はあぁ……」

明日からまた平日で、敬介と校外で会うのは難しくなる。

そして円が勝手に決めた期限はもうあと数日後だ。間に合うわけがない。

「俺の意気地なし~……バカ~……」


1人で勝手に躓いて。

この恋はずいぶん、前途多難だ。

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