第6話 最後のドライブ

 また月曜日がやって来た。俺は憂鬱だった。あのサイコパス爺さんに会わなくてはいけない。もう電車で行くからと断ればいいのだが、家ばれしているし、なんだか怖いので俺はタクシーを利用し続けなくてはいけない気がしていた。いつも約束より早い時間に来て待っているから、15分くらい前に行ってみたら、もうそこで待っていた。


「おはようございます。すいません、朝早くて」

 俺は感じよく振舞った。

「おはようございます」

 爺さんは俺のことを認識しているらしく、骨折のことは聞かなかった。朝から冴えてるなと思った。

「この住所までお願いします」

 俺は会社の住所が書いてある紙を差し出した。毎日見せているから端がボロボロになってきている。

「いつものところですね」

「はい」

 俺は怖くなった。ちょっとボケかけていると見くびっていたが、何度か繰り返しやっていると覚えられるらしかった。爺さんは車を発進させた。

「長いですね。骨折」

「いえ・・・まだ10日くらいですよ。まだあと3週間くらいはかかるんで・・・」

 まずい・・・あと3週間もこの爺さんと一緒なんて冗談じゃない。爺さんは喋り続けていた。

「まあ、私たちくらいになると、骨折はなかなか治らないし、命とりですが、まだお若いですから治りも早いでしょうねぇ」


 するといきなり携帯に電話がかかってきた。

「〇〇タクシーです」

「おはようございます」俺は言った。なんだろう・・・。

「おはようございます。大変急で申し訳ありませんが、乗務員の草江は健康上の理由でやめましたので、本日は迎車料金なしで構いませんので、おうかがいして、よろしいでしょうか」

「え?ちょっと待ってくださいよ。何でやめたんですか?」

「ああ・・・お客さんに人を殺したとか言ってるみたいで、乗務員にふさわしくない言動がありましたので」

「それって・・・本当なんですか?」

「わかりません」

「そんな無責任な。どうしてくれるんですか。訴えますよ」

「でも、今お宅に向かってますので・・・少々お待ちください」

「もう、乗ってます・・・」

「え?まさか・・・」

「はい」

「警察呼びますので・・・。お待ちください・・・」

「でも・・・」

「GPSで管理してますから・・・落ち着いて」

「え?」

 俺は泣きそうだったが、とりあえず電話の人と話し続けた。

 足は骨折してるし、逃げられるか自信がなかった。しかも、車は気が付いたら全然知らないところを走っていた。高速に乗るつもりなんだ・・・。俺は焦った。人間パニックになると何もできなくなってしまう。特に俺は連れ去られるままになっていた。


 何分経ったかわからないが、警察は来ない。駒込方面に向かっていた。なんだろう・・・どこ行くのかな。俺は信号で止まったらドアを開けて降りようと思っていた。

 でも、一度も止まらなかった。


 男は踏切を渡った。山手線にある唯一の踏切。第二中里踏切というやつだ。


 そして、タクシーはその真ん中で止まってしまった。山手線はラッシュの時は1時間当たり40本も走っている。すぐ電車が来てしまう。もうすぐ衝突するんだ。俺は泣いた。


 あ、そうだ。今、下りればいいんだ。


 俺は閃いた。

 俺はドアを開けようとした。

「お客さん、開けないで!」

 おじいさんは怒鳴った。

 俺はブルブル震えながら、ロックを解除して外に出ようとした。

 

 後ろからクラクションを鳴らされ、踏切は鳴り出した。もう、ダメだ。俺は諦めた。


 すると、誰かがドアを開けてくれて、俺を車から降ろしてくれた。俺の体は引きずられていた。

 爺さんの方も開けようとしたが、あちらはドアのロックを外さないからそのままだった。


 俺は知らない男性に背負われて踏みきりの外まで運ばれて行った。

 俺はパニックになっていてお礼を言うこともできなかった。ずっとブルブル震えながら、ただ助かったということだけを認識していた。


 電車は急停車して、車のちょっと前で止まっていた。

 誰かが緊急停止ボタンを教えてくれたんだ。


 俺は泣いた。

 地面に座ったまま立ち上がれなくなっていた。


 ***


 爺さんは北九州市出身じゃなかった。

 ずっと東京に住んでいて、家には奥さんが待っている人だった。

 頭がおかしいだけで、前科はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タクシードライバー 連喜 @toushikibu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ