第5話 妻

 俺はまた翌日も彼に迎えに来てもらって会社に行った。その日で4日目だった。毎日出勤しているんだろうか?彼はいつもマンションの外で待っていてくれた。俺のために出勤してくれているんだろうか。タクシーの運転手さんは、大体朝早く出勤して、夜中まで勤務するのが普通みたいだが、高齢だから日勤だけなんだろうか。


「おはようございます」運転手は後ろを振り返りながら言った。

「いつもすみませんね」

 運転手は何も答えない。聞こえてないんだろうか。

「足、骨折ですか?」

「はい。階段から落ちて」俺はわざと違うことを言った。

「そうですか」彼は変な顔をした。俺のことをちょっとは覚えてるんだろうか。

「住所はここです」

 俺はまた会社の住所が書いてある紙を渡した。

「ああ、ここは前に行ったことありますよ」

「じゃあ、よかった」

 俺は紙をしまった。

 俺はそろそろ大阪からどうやって東京に移って来たかという話を聞きたかった。

「怪我は大変ですね。ご家族は?」

「いえ・・・。まだ一人なんですよ」

「そうなんですか。それは不便でしょうね」

「まあ、ケガした時と病気の時は困りますね」

「私も一人なんでわかりますよ・・・」

「奥さんは・・・亡くなられたんですか?」

 俺は思い切って尋ねた。

「いいえ。妻は殺されたんです」

「えぇ!誰に?」

「いえ・・・なんですかね。子どもが家に帰ったら死んでたそうです」

「はぁ・・・」

「男の出入りのある女でね。昼間、男を家に連れ込んだりしてましたから、それで男と揉めて殺されたみたいですけど、犯人がわからなくて」

「そうなんですか・・・。お気の毒ですね」

「いやぁ。大変でしたよ。かかあが死んでから。私が一人で子ども育てないといけなくなっちゃったんで。ちょっと無理だったんで、施設に入れました」

「そうですか・・・男一人で育てるのはね。難しいですよね」

 俺は話を合わせたが、心の中では毒親だと批判的な気持ちになっていた。優しそうなおじいちゃんに見えたけど、人は見かけによらないもんだ。俺はもう頼むのをやめようかと一瞬思った。


「来週月曜日も利用されますか?」 

「え?はい。お願いします」

 あ、覚えてるんだ。俺は意外に思ったけど、そうじゃなかったら毎日うちの前に来れないだろう。

「毎日出勤なさってるんですか?」

「いいえ。土日休みです」

 おじいさんはそう言って俺にレシートを渡した。

「ありがとうございました。じゃあ、また来週もお願いします」

 俺は一抹の不安を感じながら車から降りた。早く治ってくれないかな・・・と祈りながら。

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