第4話 星新
それから彼女とは、何度かデートもした。初めてのデートの時なんか面白かったよ。
「金玉くん!!」
彼女は僕の目を真っすぐ見ながら、息を切らせて走ってやってきた。
「ごめんね、電車乗り遅れちゃって。金玉くん、結構待った?」
「いや、全然。それより、あんまり俺の名前大きな声で言わないで」
「何で? 私は金玉って苗字、素敵だと思うけど」
「うん。そう、そうだね。でもちょっと恥ずかしくて」
「変なの」
「まあ、そうだよね。そう思うよね。……じゃあさ、これはどう? 下の名前で呼ぶっていうのは?」
「新くん、ってこと?」
「うん」
「なんか、まだ恥ずかしいな。金玉くんのままじゃダメ?」
「いや、ダメって訳じゃないけど……」
「じゃあ今はまだ金玉くんって呼ばせて。いつか、そう呼ぶ時が来るかもだけど」
「いつか、か」
「そう。いつかね」
僕と大城さんはいわゆる友達以上、恋人未満っていう関係みたいだった。最初は僕の知らない、あっちの僕と彼女のこれまでを探るのに必死だった。でも、いつの間にかずっと前からこんな関係だったような気さえするほど馴染んでた。ただ……金玉と呼ばれるのにはいつまでたっても慣れなかった。彼女が僕を金玉と呼ぶ度に、段々と僕の中の何かが削られていくような感覚があった。
最後はレイトショーの帰り道だったと思う。星の見える夜だったのは確かだ。
「面白かったね。映画」
「うん。今度また続編やると思うから、そしたらまた行こうよ」
「そうだね。あっ! ねぇ今見えた?」
「えっ、何?」
大城さんが空を指さして叫んだ。
「流れ金玉!」
「流れ金玉……」
「流れ金玉なんて初めて見たかも。びっくりしてお願いするの忘れちゃった!」
「そりゃ、びっくりするよ。金玉が流れてるんだもんな……」
「……なんかさ、金玉くん、金玉の話になると変だよね」
「そう、かな?」
「そうだよ。前にも言ったかもだけど私は金玉って素敵だと思ってるの。金玉ってさ、今もこうやって光ってても本当はもう無いかもれしれないんだって」
「……そうなんだ」
「例えば地球とあの金玉が百万光年離れてるとするでしょ?」
そこまで流していた僕も流石にこれは我慢できなかった。
「あのさ、もう少し例としてその金玉と地球を近づけられない?」
「え? じゃあ……十万光年くらい?」
「いやもっと」
「一万光年は?」
「いや、万光年じゃないほうがいいんだ。金玉と万光年は相性が悪いんだ」
「よく分かんないけど……じゃあ百光年でいいや」
「うん。それがいいと思う」
何とか落としどころを見つけてホッとした僕に、彼女は少しだけ首を傾げてそのまま話を続けた。
「例えばあの金玉が百光年離れてたら、光が地球に届くまで百年かかるってこと。だから今私たちが見てるのは百年前の光なの。つまり今現在、あの金玉はもうないかもしれないってわけ」
「そっか」
「それってさ、凄くロマンがあると思わない? 金玉の光って金玉がそこにあったっていう証なの。たとえ金玉がなくなってもその光が届く限りは金玉の証が残り続ける。……聞いてる?」
「聞いてるけど……」
全然入ってこなかった。金玉の印象しか残らない。苛立ちが僕を支配しようとしていた。
「とにかく、私は金玉が好きなの! 金玉くんの名前だってずっと羨ましかったんだから。もし私が金玉くんと結婚したらさ、金玉薫になるんだよ。金玉が薫るってさ、なんかさ……オシャレじゃない?」
もう駄目だった。オシャレな金玉なんかあるかよ、そう思った。馬鹿にされているような気がしたんだ。
「辞めてくれ!! ウンザリなんだ! 金玉、金玉、金玉! 俺は金玉じゃないんだ!! 金玉薫ってなんだよ! オシャレどころか何か臭そうだよ!」
「……本当に、どうしたの? やっぱり変だよ金玉くん」
「……ごめん。もう帰るよ」
「待って! 金玉くん! ……金玉くん!!」
僕はすべてが嫌になっていた。自分も、彼女も、この狂った世界も。そんな気持ちのまま部屋に戻ると、あの『穴』が開いていたんだ。時空の穴が。
そして僕はまた誘われるようにその穴に入って……戻ってきた。そこに成瀬。君がいたんだ。
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