結像

和菓子辞典

ばあちゃん

 あるいは12年前のことでした。独りで生きなさいと言うにはあんまりにも若い。けれど母は僕に言い渡したのです。いつだったかなんて、本当はよくわかっていないのですが、その日より僕は独りぼっちでした。

 それが昨日になって、つきまとう人が一人。若い女の子だったらよかったのですが、ばあちゃんです。多分齢80はいっているくらいのばあちゃんが、ゆらゆら杖をついてついてくる。いずれバイバイを言わねばならんと思っていたのですが、気まずくって、日を越すに至ります。だってずっと独りでしたから、言うにも勇気が事欠くのです。


 それでもやっと今、言いました。ばあちゃんなんなのって。そうするとばあちゃんは、ショボショボ目を開いて、僕はそれがひんやりと恐ろしく感じました。目ってこれほど怖いものがあるのかと。


「あんたもう帰んなさい」


 その時っきり、ばあちゃんとは会いません。言うだけ言っていなくなってしまいました。まあ、死んでるでしょう。






 とまれ、ああいうものは畏れてしまう性分です。もしかしたら帰りたかったのかも知れません。それで、従ってみたのです。いつぶりの帰郷か覚えがつきません。さっきの12年は本当にあてずっぽうです。18年かも。


「なあ、母ちゃん」


 なんて普通に言ったもんでしょう。しかし、ただいまという便利な言葉を忘れているぶん、やっぱり頓珍漢です。


「おかえり」


 勘当したにしては普通の返事をされて、面食らいましたが、僕がそういう流れにしたのでしょう。

 土産数点を置きました。母はあんまり飲食に興味がないので、ご当地のストラップなんかを持ってきました。こんなもん誰が喜ぶんでしょう。ところが母は喜びました。まあ、親子の情かもしれません。


「気持ち悪い」


 これでもこの人は喜んでいるんです。


 それと、御利益はありまして、母は翌日死にました。この言い方はいけませんね、御利益というのは、看取れたことです。

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