第6話 作家を目指そうと志した一日目の僕へ
君は、作家とはどんな職業だと思う?
文字を書く人?
物語りを
本を出版してお金をガッポリ
この世の
心の中の妄想を他人へとぶち撒けて
君は、作家とはどんな姿勢でその職へ臨んでいると思う?
若者へ希望と勇気を与えたいと願っている人?
あぁやっと脱稿できた、もう何も書きたくない、と思っている人?
こんなクソみたいな本で金が稼げるんだ、楽な世の中だぜ、げっへっへ、と思っている人?
売れないかなと思っていたら売れちゃったから必死で続編のネタを絞り出している人?
本を書きたいのです、文面を通して人々を感動させたいのです、と祈る人?
じゃ、最後の質問だ。
君は、作家はどんな環境で仕事をしていると思う?
真っ白な洗い立てのレースのカーテンからは、秋の
カチャカチャとリズムよくキーボードが文字を
お抱えのアシスタント(若くて美男美女が好ましい)が
「先生、お茶を淹れました」
と、そっとデスク脇に置かれたデザイン重視のサイドテーブルに、アールグレイの紅茶とクッキーを二枚添えて、
作家先生は、それに『そこに置いといてくれ、ありがとう。しかし今は手が離せないんだ』という意味を含んだたった一言の
「あぁ……」を吐き捨てる。
これが、僕の想像する『作家像』だ。
おい、そこで今失笑した、そこの君。脳内の
まぁ、少なくとも、『作家を目指す!』と決めたあの初めての日。
僕は〝作家〟とはそういう職業だと思っていた。
そして、僕はふと悟ってしまったことがある。
もしも、仮に、1億分の1の確率で僕が作家になる日が来ると仮定しよう。
もし、その日が来たとしても、僕の想像する〝作家とはこんな環境で仕事をするもの〟像は、残念ながら叶わないのだ。
今日はそんな、僕にとっては起こり得ない叶わぬ未来の話をこの
まず一つずつ、分析をしよう。
僕の作業スペースは、寝室の一角。ベッド、本棚、
面積で行ったら畳一枚分ほどの狭いスペースに、机を無理やり置いた、そこが僕の作業スペースだ。
あまりの狭い空間に机を入れたものだから、机は真っ直ぐ置くことが出来ずに、37度くらいのアングルで斜めになっている。とても目に付く
黄色いパソコン、これは最新のiMacだ。
作家になろうと決めるずっと前にたまたま購入したもので、僕が持っているもので一番の高級品と言ってよい。
これだけが、唯一〝作家とはこんな環境で仕事をするもの〟像の中と一致している。
が、これは僕の予算からかなりオーバーした、
従って『最新のiMac』というパワーワードは、今だけの期間限定で使うことが出来る。つまり、
では、僕が夢見た〝作家とはこんな環境で仕事をするもの〟を改めて赤ペン先生してゆこうと思う。
『真っ白な洗い立てのレースのカーテンからは、秋の木漏れ日が差し込み、』
まず、洗い立てのカーテン。これは僕が洗濯するのであろう?
めんどくさい、却下。
つまり、カーテンは数ヶ月に一回洗ったか洗ってないかの、汚いカーテンだ。見た目は綺麗なので、問題なし。
『秋の木漏れ日が差し込み』
僕の部屋に窓はあるが、外にはエアコンの室外機が置かれている。
開けたくない、却下。
しかも、僕のデスクの真横には猫のトイレがある。
僕がデスクを無理やり置く前から、猫のトイレがそこにあったため──動かすことは不可能だ。
そう僕は常に、猫のうんこの匂いを嗅ぎながら執筆活動をしている。
木漏れ日云々、どころの騒ぎではないことを、察してほしい。
はい、次!
『造りの良いウッドデスクには、最新のiMacが置かれ、』
セールで大特化だった机は、斜めに置かれているけれど、
最新のiMacは期間限定で唯一回答に丸をつけることが出来るであろう。
僕が作家になるのが先か、アップル社が新しいパソコンをリリースするのが先か。
こんな答えの分かりきっている問題、僕に答えさせないでくれたまえ。
はい、次!
『カチャカチャとリズムよくキーボードが文字を羅列し、』
僕は、キーボードにはちょっとしたこだわりがある。
メカニカルキーボードと言われるものを使用しており、
「カチャカチャ」というよりも、
「ガチャガチャ」と言った方が正しいだろう。
美しい音というよりも、こんな奴が同じ部屋でタイピングをしていれば他人から苦情が来るレベルである。
美しい執筆風景、からは程遠く──それは、工事現場からの生中継だ。
はい、次!
『お抱えのアシスタント(若くて美男美女が好ましい)が「先生、お茶を淹れました」と、そっとデスク脇に置かれたデザイン重視のサイドテーブルに、アールグレイの紅茶とクッキーを二枚添えて、』
長いな。
まず、お抱えのアシスタント(美男美女)から。僕は執筆活動中に誰にも部屋に入ってきてほしくないタイプだ。よって、却下だ。
そして、僕は
執筆中にパソコンの横に置くのは、「常に、飲むのは水のみ!」の信条で水のタンブラーしか置かれない。
そして、書いている時に食べ物を食べる行為も好きではない。
よって、茶もクッキーも却下だ。
ちなみに、執筆中は興奮状態になるためか、やけに喉が乾く。数時間の執筆にあたり、水は750mlは余裕で飲んでいると思う。
なので、水の飲み過ぎでお腹が下ることもしょっちゅうだ。
はい、次!
『作家先生はそれに『そこに置いといてくれ、ありがとう。しかし今は手が離せないんだ』という意味を含んだ、たった一言の「あぁ……」を吐き捨てる。』
そんなに、格好良く『あぁ……』と言ってみたい。だが、言うことはないだろう。
そんなわけで、僕が「作家ってこんなかなぁ」と3x歳のいい年の大人が夢見ていた妄想は、作家になる前にすでに叶わないことが判明した。
そして、僕は思う。『夢』とは、ぞんざいにそんなものなのだ、と。
外から見るものと、内から見るものでは、見方の様子が変わるように、『夢』とは意外とそんなものなのだろう。
なる前も、なった後も、きっとやることの内容も見てくれも、それほどは変わらないのかもしれない。
きっと作家になったからと言って、僕のやることは変わらないし、僕の書き方も変わらないのだろう。
夢を追いかけ始めた一日目には考えることすらしなかったが、きっと理想は理想でしかないのだ。
きっとそういうものなのだ。
残念ながら、きっと僕には、洗い立てのカーテンも、木漏れ日も、造りの良いデスクも、最新のiMacも、美しいアシスタントも、美味しいお茶とお菓子も、格好の良い渋い決め台詞も、手に入らないだろう。
それでも〝作家〟という職業に
君はどうだい?
君は、作家に、もしくは君の夢を叶えたら、自動的に変換されたらいいなと願う夢の
僕は、僕にとっての〝作家の副産物〟を手に入れる日が来ることはきっとないだろう。
だけど、僕にとってはそれでいいのだ。
小説を書き続ける、それこそが僕の夢なのだから。
しかし、むやみに君の夢の副産物を壊すつもりもないんだよ。
だからね。これを読む君には、その日が訪れたらいいなと思っているよ。
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