本編

第3話 無知の知




 僕はライトノベルを書いている。


 書いているというのは、文字通り書いているだけであって、出版しているだとか、そんな大層たいそうなものじゃない。


 あ、知ってるって? そこ、脳内の野次やじ五月蝿うるさいよ。


 ライトノベルを書き出して、はや二ヶ月。(2022年、現在)

 いや、たった二ヶ月と言ったほうがいいだろう。

 コレを書いている今は七月の頭で、小説というものを書き出したのは──

 今年、2022年の五月の頭からだ。ある時ふと思い立って書くことを決めた。


 なんだ、こいつちょう新参者しんざんものじゃん! って? 

 だから、そこ野次が五月蝿いよ。



 そして、ここからが今日の本題だ。

 今日は、無知むち、の話をしよう。


 きっとここにいるんなが既に体験したであろう現象の話だよ。


 五月の頭、僕はあることをきっかけにライトノベルというものを書いてみることにした。

 

 それまで、文章を、ストーリーを、物語を、書いてみようと思ったことは皆無かいむだ。


 学生時代の課題や友達に頼まれて書いた雑多ざったな物、離れて住んでいるお爺さんへ宛てて送った何通もの手紙を除いては、ゼロと言っていい。つまりは、僕は現時点であっても、ということに対して超ド級初心者なわけさ。若葉わかばマークもびっくりだよ。


 書こうと思ってからの行動は、それは早いものだった。


 書こうと決めた日から二日でネタが数個浮かび、その中で「とりあえずコレにしよう」と安易あんいな気持ちで思いついたものを、とにかく書き始めることにした。

 小説のことも、小説の書き方も、ライトノベルについても、何も知らなかった。ちなみに、どれくらい若葉だったかというと、「…」という記号をライトノベルでは二つ繋げて「……」と表記する、といったラノベのも、僕は知らなかった。


 あ、こいつやべー奴じゃんって思った、そこの君、まぁ、僕の話を聞いてくれよ。


 そんなわけで、ネタも思いついたし「書くぞ」とイキっていた僕は、それはそれは希望に満ちた楽しい毎日を過ごしていた。


 ちょっと良い文章を思いつけば「僕すごくない?」と思ったし。

 ちょっと良いことをキャラクターに言わせれば「僕って天才じゃない?」と思ったし。

 ちょっと良いツイストを思いつけば「僕って鬼才きさいじゃない?」と思った。

「僕って処女作デビューしちゃったりして!」とか夢みたいなことを思った。

 それもわりかし、本気でそう思った。


 あぁ、わかるわー、とそのノリで話を聞き続けてくれたまえ。


 そして、そんな楽しい毎日は二週間で終わった。

 書き切ったのだ。

 僕は初めての小説を書き切ったのだ。少なくともその時はそう思った。

 42文字34行130ページを超える物語を二つ書き終えた僕は、それは大きな達成感を覚えたし、自分という人間を誇らしくさえ思った。


 そして、次の日、僕はその書き終えた小説を最初から最後まで読んでみた。


「は? 何これ? クソじゃね?」


 それが、僕の感想だった。完成したと思った小説の完成度は、それはひどいものだったのだ。


 しかし、この時の僕はまだまだ希望にあふれている。

 だから、すぐさま、その〝完成した原稿〟を〝完成した下書き〟と名前を改めることにして、改稿かいこう作業にあたった。


 もちろん「完成だー」と叫びベッドへダイブを決め込むまでの二週間、自分なりに改稿していたつもりだったが、それはつもりでしかなかった。


 一つは、そのつたなさからお蔵入りを決め込んだ。

 そして、僕は、正真正銘しょうしんしょうめい一番初めに書き始めた処女作を、みがけるだけ磨こうと決めた。


 それから僕は、ゴリゴリに編集をした。


「あぁぁ」とうなり、

「グギギ」と歯軋はぎしりをし、

 小説を書き始めて三週間が過ぎた頃、気がつけば体重は五キロ落ちていた。

 それからも、ゴリゴリの編集は続き、

「うぬぬ」と叫び、

「ゴギゴギ」と骨を鳴らし、

 小説を書き始めて一ヶ月とちょっとが過ぎた頃、僕の頭は気がつけば白髪しらがで真っ白になっていた。頭の左側だけ、しかも中央から前髪へかけてのよく目立つ部分に集中して真っ白になった僕の白髪頭を見た家族に、「頭、真っ白だけど大丈夫?」と心配されるくらいには、白髪の数が一気に増えた。


 それでも、僕は止まらなかった。止められなかった。


 そして僕は、小説を書き始めてから一ヶ月と三週間位経った時、

 僕の処女作を完成させた。


 もう、僕にはこれ以上直すことは出来ないと思った。


 そして、希望でちていた僕は、「僕すごくない?」と思っていた僕は、泡になって消えていた。


 もうこの時には、僕は自分がすごいとは、全く思わなくなっていた。


 思えなくなってしまったのだ。


 書けば書くほど、自分の駄文だぶんが目についた。

 書けば書くほど、自分の構成に嫌気いやけがさした。

 書けば書くほど、自信がなくなった。

 書けば書くほど、自分が作家になる日なんて来ないのではないかと思った。

 書けば書くほど、どうして自分にさいがないのだと泣きたくなった。


 実際に泣いた夜もあった。


 そして、ある日、車を走らせていたある時、僕はふと気がついてしまった。

 これは、未熟みじゅくな無知の知なのだと。

 僕はやっと気がついたのだ、僕は無知の知の渦中かちゅうにいたのだと。


 あの溢れ出る希望、自信、勝機しょうきは、僕が無知であるがゆえに持っていた仮初かりそめであることに、気がついてしまった。


 小説のなんたるかを知らなかった僕だからこそ持てた、あれは根拠のない自信、だった。


 知らないからこそ、僕は手放しで、その怖さを知ることもなく、お馬鹿な子供のようにただただ笑顔で楽しんでいただけだった。


 それは痛みを知らないからこそ出来た、ただの若葉だった。


 無知の知。

 それは、知らないことを知らないことが罪深いということ。

 無知であるが故の罪。そして、あの日々は無知であるが故の楽園、だったのかもしれない。

 無知であることを知っていることが重要だと、言葉の解釈はいうだろう。

 きっとそうなのだろうと、僕も理解は出来るのだ。何も知らなかった若葉な僕は、もういない。少しは成長したのだと思いたい。だけれども、もう書くことに手放しで喜んでいた時の僕も、いないのだ。


 もしかしたら、気がつかないでいた方が幸せだったのかもしれない。自分だけの世界に入りびたって、希望と自信だけをディスプレイしていた方が幸せだったのかもしれない。


 だけど、そんな僕はもういない。

 あの世界に戻れることは、もう二度とない。

 あの楽しかった仮初の楽園に、もう僕は戻るすべを残してはいないのだから。


 ただただ、毎日が光り輝いていた。自信に満ち溢れていた。書くことは楽しいことだった。

 そして、それは知れば知るほど、怖いものになっていった。


 君が何かを目指しているのであれば、きっと同じ現象に立ち会ったことがあるんじゃないのかい? 

 自分の無知さに気がついて、それまでの自信がガラガラとくずれていく様を。


 まぁ、僕は、そんな処女作の洗礼せんれいを数週間前に味わったわけだ。

 3x歳の僕が、まさか青い子供の頃に感じる経験をすることが出来るなんて、思っていなかったね。


 いやはや、人生はわからない。


 無知むち、それは、ある意味でもむちだったのかもしれない。

 だって、その希望を無くした瞬間の失望の痛みたるや凄いものだったんだよ。

 あのまま僕は、僕の無知の知に気が付かずにいたら、希望の光だけでいっぱいにして小説を書いていられたのだろうか。

 そうすれば、書くという行為はただの楽しいだけの活動で終わったのだろうか。

 そして、楽しいだけではなくなった執筆活動を、それでも、何かを書くことをやめられない僕は、無知の知のその先へ行けるのだろうか。


 そんなのは今の僕にはわからない。


 だから僕は、今、このつぼの中で叫んでいる。

 文字に起こして、叫んでるんだ。溢れでる怒りと焦燥しょうそうをどこかで吐露とろしなければ、僕は自分自身に押し潰されてしまうだろう。焦燥という名のぞうに踏み潰されるなんて、僕はごめんだ。


 だから、僕はこの象を言葉にすることにした。頭の中で止まらないナレーションを壺の中に吐き出すことにした。


 何せ、ここは僕の〝めにつぼ〟だからね。ここでくらい、掃き溜めさせておくれ。


 そうして今日も僕は辛いのに書き続ける。


 『猫憑ねこづきさんは、書くことが楽しいんですか?』

 と誰かに問われれば、僕はきっとこう答えるよ。

 『無知でいれたのであれば、きっと。だけど、今は辛いことばかりです』と。


 それでも、きっと僕は、飽きるまでは書くことをやめないだろうね。

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