エピーソード19
ミシェルの姿が消えた瞬間、時間差がなく、エルトの肩から血が出た。傷口を抑えながらエルトはすごく驚いた表情で、何もない、まるで虚空のような場所を見つめていた。これを見て、観客席にいるキボルスはいまいち状況を理解できてないノヴァーリスに解説し始めた。
「スピードだ。あの夜、俺の手が兄ちゃんにやられた時と同じだ」
【穿光】、これは≪天狼の心臓≫4番隊副隊長、ミシェルの二つ名だ。光さえ穿つ速さ、だから人々は彼をそう呼んでいる。元貴族である彼は、キボルスのような屈強な体がなく、もし単純な力比べならば、傭兵団の中では最弱、それどころか、一般男性よりも弱い、どちらかというと、華奢の方だ。それでも副隊長まで上り詰めたのは、細身の長所を生かしたこのスピード特化のお陰である。
「これは、ミシェルの方が速いか、それとも兄ちゃんの方が速いか、楽しみだ、ハッハッハ」と、すごく楽しそうで大笑いをしたキボルス。
キボルスは知らない、エルトは自主的に≪
先とは立場逆転で、今度は体の至るところまで傷だらけになったエルト。だが、今回はあくまでもゲームであり、死闘ではない、ルール上、倒れたか降参すればゲーム終了。だからか?ミシェルはわざと急所を外し、同じ部位を執拗に狙ってる。そのお陰で、エルトは辛うじて武器を握って立っている。そして、姿消したミシェルは一旦攻撃を止まって、再び舞台に現れる。
「さぁ、エルトくん、ここで倒されるか、降参か、選びなさい」と、傲慢不遜な態度でエルトに選択肢を与えた。
「はっ、どっちもごめんだ」と、ボロボロの体に反して、珍しく余裕の態度を見せたエルト。
「戦闘センスが高いのは認めよう、ただ、そのセンスに戦闘力が伴わなければ、何の意味もないのだ!」
「なんとでも言え。それよりどうした、ミシェルさん、早く来いよ」と、態度こそ余裕だが、流石に穴だらけの体は長く持たない。喋るよりも戦闘に集中したいエルトは却ってミシェルに攻撃を煽った。
煽られたミシェルは、【
「あいつ、さらに加速をしたな」
と、キボルスはまた状況を理解出来てないノヴァーリスに解説し始めた。【
ミシェルの加速原理は至って単純で、全ては彼の脚力にある。本来ならば加速中、短距離の方向転換は難しく、一撃を入れた後に、急に止まれないから、次の攻撃をするまでの間には短いスパンが発生してしまう。そこで彼は、自分の加速方向に【
ノヴァーリスは痛々しいエルトの体を見て
「エルトくん、もう降参しよ、情報は他の所でも、いくらでも探せます。ここままじゃ死んじゃうよエルトくん」と、声が少し震え、今でも泣き出そうな顔をしている。
「俺は退屈で仕方ねえんだ兄ちゃんよ、早くあの夜みたいにならないと、つまらねえじゃねえか?」
ノヴァーリスと反対に、キボルスはこの「ゲーム」をすごく楽しんでいる。だが、エルトの目は、諦めるどころか、まるで勝利が見えてるかのように、鋭い眼光をしている。
実は先から、エルトが見えてる景色は、ノヴァーリスとは違うのだ。キボルスとノヴァーリスはミシェルが速いと言ってるが、エルトはミシェルの動きを、最初からずっとはっきり見えてる。だから、エルトは驚いて、ずっとミシェルを見ている。ノヴァーリスの視点ではエルトが虚空を見てるが、エルトの視点だと、そこにミシェルがいる。
それで、エルトは動きをはっきり見えてるのに、気が付いたら刺された。だからミシェルは何かのトリックを使ってるじゃないかと疑っていた。でも、キボルスの話を聞いて、エルトは自分がひどい勘違いをしたと悟った。
キボルスの言う通り、そこにはトリックがなく、単純にミシェルのスピードが速いだけだ。だが、いくらスピードが早くても、【時間】という概念の前では、何の意味もなさない。そう、その時エルトはメルナリアの話しを思い出した、「エノテリアのほんの一部の権能を、開放して上げる」。これこそが、開放された「一部」だ。【疑似神格】の時と違い、客観の時間を操作するのは出来ない、でも主観の時間なら出来る、つまりエルトが観測してる時間の流れは、観測対象に依存せず、エルト自身に依存する。
客観時間とは、本来の正しい時間、みんなが共有してる、同じ時の流れ。それに対し、主観時間は、言い換えれば、体感時間である。例えばミシェルが「秒」速10000メートルで移動する、ここの「秒」は客観の時間であり、正しい時間の流れ、エルトはこれを操作することはもちろん出来ない。だが、エルトは自身の主観時間、あるいは体感時間を操作し、客観の1秒を彼の体感10000秒に変換、そうなると、エルトの目に映したミシェルの動きは秒速1メートルしかない、という事だ。
簡単に言えば、エルトはミシェルと自分自身の時間をものすごく遅く見えてる。だから、彼はミシェルの攻撃をはっきり見えてる、が、自分の時間も遅くなってるから、避けようとしても、避けられない。
そこで、エルトは考えた。攻撃が見えれば、例え避けれなくても、他に出来ることはあるはずだと。悩んだ末、導き出した結論は、ミシェルの攻撃誘導だった。一見、ミシェルがずっと同じ部位を執拗に攻撃してるように見えるが、実は、エルトは避けるふりをして、わざと同じ部位をミシェルの方に向けて、彼に攻撃させたのだ。最初はうまく誘導出来なかったせいで、全身穴だらけになっている。それでもエルトは徐々にミシェルの動きを慣れてきた。
ミシェルが反撃開始の時、彼の攻撃がずっと一定のリズムで行っている。だが彼が【
来た!ずっと待っていたそのむら!これはおそらく最初、と同時に最後のチャンスである。これ以上刺されたら、例え急所じゃなくても失血死になる。そう思ったエルトは、突然に拳銃を逆さで握った。普通、銃の使い方はグリップを握ってトリガーを引くのが正しいだが、エルトは逆に銃のフレイムを握った。変な持ち方をした後、エルトはミシェルにわざと刺せた部位を、今度は刺されないために体を少しずらした。ずっとミシェル誘導してるから、1回だけなら先読みで回避出来るはずだとエルトは思った。最後は逆さに握った拳銃をいつも刺されてる所にかざした!
すると、「キーーー」という金属の擦る音が聞こえた、それと同時にミシェルの姿も現れた。
金属の摩擦音の正体は、ミシェルのレイピアがエルトの銃のトリガーガードに挿し込んでる時に、擦った音だった。そう、エルトが銃を逆さに持ったのは、まさにミシェルのレイピアをトリガーガードに嵌めるためだった。銃のフレイムはグリップよりも長く、もし指をトリガーに掛けずに持とうとすれば、フレイムの方が持ちやすいからだ。
エルトの予想外の行動に、ミシェルも驚き、動きを止めた。だが、勝負の世界では、例えほんの一瞬でも油断したら、取り返しのつかない事になるのだ。油断し、動きを止まったミシェルを見て、エルトはすぐさま拳銃を勢いよく横方向に振った、そしたら拳銃とレイピアは2人の手元から離れ、4、5メートルの外まで飛び落ちた。武器がなくなったミシェルは、エルトに肩を掴まれ、こう言った。
「うちの先生が作ったものだ、加減が分からない、防御を取った方がいいよミシェルさん」
「カチャッ」の音が響いた。そう、これはエルトがトンファーのトリガーを引いた音だ。
「顔はやめてぇぇ!!!」とミシェルは最初に挨拶した時のキャラに戻り、変な声で叫んだ。
だが、その叫び声も虚しく、トリガーを引いた後の「グオオオオ」というエンジン噴射音に遮られた。
トンファーを握った手がミシェルへ向かい、彼の腹部に接触した。およそ1秒後に、彼はちょっと痛く感じたが、他に何も起こらなかったので、ミシェルは
「あ、あれ?」と、顔を両手で防ぎながら間抜けな声を発した。
エルトは更にトンファーをミシェルの腹に力込めて押し付け、しばらく考えた後、技名が出なかった。自分のネーミングセンスのなさに悔しくて、結局、最後は
「スマッッッシューーーー!!!」と叫ぶ。
そしてトンファー後方エンジンが全開、ミシェルの腹部に押し付けた銃口が発光し、「ドーン」の爆音と共に、ミシェルは一直線に飛ばされ、見えないスピードで観客席と衝突して、そのまま気絶し戦闘不能になった、その飛ぶ勢いは彼自身の加速にも遜色なかった。
これで、キボルスの「ゲーム」は、エルトの勝利で終わった。喜ぶべきはずだったこの状況に、誰よりも、先にノヴァーリスが口を開いだ。
「もう、無理ですエルトくん!ごめん、魔法を解除します!」
そう言った後、ノヴァーリスの足元に、魔法陣が現れ、段々小さく、薄くなって消えていた。魔法陣が消えたと同時に、劇場の形がガラッと変わり、明かりも消えて、更に観客も何故か突然、全員消えた。この状況を見たキボルスは、唖然とした、まるで状況が分からなかった。
「……どう、いう事だ?」
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