置き去りにされしもの
西川東
置き去りにされしもの
ある幽霊というか、妖怪のようなものに関する興味深い話。
国際結婚したAさんの体験。
Aさんは旦那さんの家に嫁ぐことになり、海外で新生活を送ることになった。風習や宗教観などがまったく異なり、苦労したことも多かった。それでも、だんだんと異国の文化に慣れていったときのこと。
旦那さんの親戚夫婦が昔住んでいた一軒家(その親戚が亡くなってから空き家となっていた)そこを一族が土地と住宅を管理していた。防犯や清掃のため、一族の人間が定期的にその家を見回る習慣があった。
そして、この見回りの番を、Aさんの旦那さんがたまたま頼まれた。
この空き家がAさん宅から少し離れた田舎に存在していたため、夫婦二人で小旅行というか、ちょっとした冒険ついでに・・・といった、軽い感覚で向かったそうだ。
現地に着くと、これがなかなか立派な一軒家だった。古臭いゴシック調なのだが、Aさんはとても惹かれるものがあった。定期的な見回りのおかげで庭は荒れておらず、確認するのは家の中だけとなった。
電灯はついておらず、午後の斜陽が窓ガラスから差し込んだ居間は、初めて来た場所なのに、久しぶりに訪れたような、なんとも暖かくて懐かしい雰囲気だったそうだ。埃除けの白いシーツで覆われた数々の家具。それらを照らす陽の光なかにうっすらと舞う埃すら美しくみえた。しかし、いつまでも物思いにふけっているわけにもいかない。旦那さんに声をかけられたAさんは、おもむろに掃除をし始めた。
さて、掃除となれば、一番やっかいになるのが『片付けるものに興味を惹かれる』ということだ。
Aさんの場合は、白いシーツのうえに被さった埃を払い落とすだけなのに、どんな物があったのか確認したくなった。そこには、めぼしい家族写真や本の類はなく、中身のない家具だけが置いてあった。
古めかしいカウチソファ。
年季の入った大きなテーブル。
おしゃれなステンドグラス。
止まったままでいる古時計。
なにも入っていない本棚・・・。
これらの家具は、どんな人たちが、どんな風に使い、どれほどの歴史が刻まれているのか。そんなことを妄想しながら掃除を進めていくと、部屋の隅、小さめのソファーの隣に見慣れないものがあった。
それは他の家具と同様に白い布を被せられているのだが、これが縦に細長い。いままでは配置場所とその形からどんな家具なのか想像できたが、こればかりは分からない。ちょうど大きめの帽子掛けのようだが、それにしては帽子を掛けるようなデコボコ感がない。そもそも、そこは帽子掛けを置くような場所でも、何らかのインテリアを置くような場所でもない。
もっと近くでみようと一歩踏み出たAさんは思わず口元を押さえてしまった。
その白い布を被ったそれ、ちょうどソファーや机で死角になっていたその足元に、文字通り足があった。
なんの変哲もない人の素足。それは部屋の隅の方向を向いていたのだが、陽の当たらない暗がりのなかで、余計にくっきりとみえた。
口元を押さえていても、Aさんの声にならない声が、息を飲む音が、指の隙間から漏れ出てしまった。
するとそれに呼応するかのように、その白い布を被った奴の、足だけがクルっとこちらをむいた。
腰が砕けて後ずさりするAさんの方に、ソレはゆっくりと歩みを進めてくる。その歩みはやけに遅い。まるで何かを確かめるかのように、一歩一歩踏み出していた。そして、その度に白い布のナニカの足が、少しずつ長くなっていた。いや、その白い布が少しずつ後方に巻き取られているのだ。細長く、毛も生えていない素足が徐々に露になる。
Aさんがようやく部屋を飛び出したときには、手の届きそうな距離で、人間の胴の高さほどまで、やけに細長い太ももを見せつけていた。
そのまま旦那さんの元までなんとか駆けつけ、要領を得ない説明をしたAさん。彼女の様子をみて飛び出した旦那さんは「だれもいなかった」と不思議な顔をして帰ってきた。
念のため警察を呼ぶはめにもなったが、なにも見つからず仕舞いで終わった。
そして、その頃を境に、なぜか仲の良かった旦那さんと急にそりが合わなくなり、離婚のうえに帰国して今に至るという。
共通の友人と「幽霊と妖怪の違いはなにか」と談笑していたとき、「どっちなのか分からないけど、海外でよくみる『白い布を被ったお化け』に・・・」と聞かせていただいた話である。
置き去りにされしもの 西川東 @tosen_nishimoto
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