昔話
平原地帯の終わりには深い深い緑の森があった。
真っ直ぐに続く、土を固めて整地した道。
雑木林が綺麗に並び、草の長さも整えてある。
陽が差し込み、影すらほんのりとした明るさを漂わせる。
出口が見えないほど長い道のりに、深呼吸。
体長160センチの老狼は、左目に森を映した。
懐かしさに、小さく鼻息を出す。
「人の手が入ってる。馬車が通るから、かな」
『……そうだな』
「道はかなり長い、歩けそうかい、狼さん」
『当たり前だ。行くぞ』
森に踏み込んだ。
しばらく進んでいくと、途中休憩小屋を見つける。
ライフル銃を壁に立てかけ、椅子に座っている狩人がいた。
垂れ目で赤ずきんと狼を珍しそうに見る。
「これはまた珍しい組み合わせだ。美しいお嬢さんと、本物の狼。狼の方は図鑑以来か」
「どうも、狩人さん」
挨拶を交わすと、狼は軽く唸った。
狩人は悲し気に眉を下げる。
「うちのじいさんが狩人だった頃、本物の狼はこの森で暮らしていたんだ」
「狼さんも?」
鼻息だけが返ってきた。
「きっとそうだろう。ある日、軍が国にクーデターを起こしたんだ、この森も戦地となり、狼を含めた生物が死んでしまった……それから人食い狼が現れたんだ」
『ふざけやがって……』
底から震える声で呟く。
「そうか……言葉が話せるのか、君は。本当に取り返しのつかないことをしてしまった、だからじいさんの思いを継いで、俺達は境界線を作って、人食い狼を狩り続けているんだ。こんなことで償いになるわけじゃないのは、分かってるけど……本当にすまない」
唸っている狼を連れ、さっさと歩き出すことにした。
「ここが故郷だったんだ?」
『そうだな、鉛が飛び交い、内臓を飛び散らした家族や仲間を見る羽目になった胸糞悪い思い出しかない故郷だ』
「だったら急いで森を抜けないとね、それか戻って迂回する?」
『馬鹿言うな、もう何十年前の話だ……どうってことない』
「そっか、狼さんが言うのなら」
進んでいくと、今度はボロボロの小屋を見つけた。
窓ガラスが割れ、扉はへこんでドアノブが地面に転がっている。
扉を押せば抵抗なく開いた。
45口径のダブルアクションリボルバーを抜き、中を覗く。
獲物を捕らえる為の罠やロープ、小さな檻がある。
薄暗い、荒れた形跡もない静かな時間が流れる空間。
「狩人さんが使っていた小屋かな」
『みたいだなここ一帯あの狩人共が見張ってる、危険はないだろ』
琥珀の左目で周囲を見ながら、狼は小屋の中へ弱々しい足取りで進む。
「まだ先は長そうだし、今日はここで休もうか狼さん」
赤ずきんの提案に、少しだけ鼻先を室内に入れて中を覗く。
『……いや、日が落ちるまではまだ時間がある。小屋は他にあるだろ』
「疲れてるんじゃない?」
『いいや、ここは好かん』
狼はよろよろと小屋から離れていく。
また真っ直ぐ進む。
「これだけ道が長いと退屈だねぇ」
『そうだな。森も長いが、この先出たところにある湖は馬鹿みたいにデカい、目的の町に行くには数日かかるぞ』
「うぇ、そりゃ誰も歩かないね。馬車を待ってた方が賢かったかな。それはそうと、狼さんは、誰かを好きになったことはあるかい?」
耳をぴくりと立て、前脚を少し躓かせた。
『いきなり何を言うんだ』
「私より人生経験が長い狼さんなら、恋の1つや2つはあるかと」
狼は恨めしく唸り、呆れて鼻息を出す。
『……ないわけじゃない……別の群れの女に惚れていた』
黙って耳を傾ける。
『ある時、群れのボスが人間の罠にかかってしまったんだ。助けることもできたが、余計な下心が出て、嫌がる彼女を無理やり連れて…………逃げた』
狼の声はどんどん小さくなる。
「それで、どうなったの?」
『彼女は気が狂ったように森の奥へ消えてしまった。番ってのを分かってたんだがな』
「もし会えたら?」
『…………許されないだろうが、謝りたい。噛み殺されてもいい』
穏やかな碧眼を細め、赤ずきんは頷く。
「その時は貴方を守るよ。代わり殺されてあげる」
『ハッ、好きにしろ……』
次の小屋を見つけるまで、先が見えない真っ直ぐな道を歩き続けた。
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