第7話 事前準備
シェルゲームの日がやってきた。
ロレンジア領では、最後にクロノから今回のシェルゲームのルールが公開されていた。
「よぉ、てめぇら。今回のシェルゲームはいつもとは違う。なんせ、俺たちと同じ立ち位置の奴らを賭けに使っているからな」
光一郎の体で、堂々と総督の椅子に腰掛け、机の上にガンッと足を上げている。
暴君ここに極まる。だが、この人物のおかげでロレンジアが反撃の機会を得ている以上口答えするわけにはいかない。
それは蓮鳴もわかっていた。
いつも座っている椅子の横で腕を組み、クロノを見守っている。
その視線の前に立つは、今回の選抜メンバー。
前衛担当、
後衛担当、
防衛担当、
補助担当、
戦術総括、ゼノ・グラプス。
そして、今はクロノだが今回のメインターゲットにされている黒塗姫、茨木光一郎。
これが今回のチーム。
「今回のルールは少し特殊だ。ルールと報酬に変更がある。まずルールの変更点だ」
クロノはビッと指を二本立てる。
「勝利条件が二つ存在する。一つはリーダーの戦闘不能。これは命を奪わなくても戦闘続行が不可能となった時点で勝利だ。いつもみたいに殺さなくてもいい。つまり燃料切れでも負けになる。気をつけろ」
「殺さなくても……あぁ、そうか。目的が黒塗姫を奪うことだからか」
「才芯くん~、察しが早い。だから、逆にいうと戦闘不能にすることを目的にすべきということを頭にいれておけよ?」
クロノはニヤニヤしながら、ペン先を才芯に向けて笑う。
「そして、もう一つ。黒塗姫以外のメンバーの死亡。これがもう一つの勝利条件だ」
「つまり、光一郎が生き残っても俺たちが死んだら終わりってことか?」
「イエス! 京月くんも理解が早いねぇ。捨て身戦法のクソゲーをされないためのルールだ。まだいかんせん、お互いの黒塗姫が、黒塗姫としての練度が低い。まだ神には到底およばず、あくまで人間の範疇だ。だから無理な戦法を取ればわりと難しくない、リーダーを仕留めるのは。だが、それだと面白くない」
「戦いに面白さを求めるの?」
六華が苦虫を噛み潰したような顔でいう。
それにギィっと口角を上げてクロノが言う。
「俺たちの性はそういうものだ。逆に言えばお前らに友好的な理由もそれがあるからというのも忘れるな? 俺たちを楽しませろ。向こうの黒塗姫もな」
あくまで遊戯の一環だと黒塗姫たちは認識している。
思考の違い。異質な行動原理。チームの皆は蒼白した顔で顔を見合わせる。
それに蓮鳴は咳込み、
「あまり威圧するな。今回光一郎をわざわざ戦わせるのもお前の楽しみのためか?」
「蓮鳴ちゃん、その通りだぞぉ。俺の器のくせにナヨナヨしてるし、弱っちぃから刺激を与えてやるんだよ。本当の戦場の空気。血を血で洗う戦闘。熱、嗚咽、死が迫る緊張感。それらを楽しめなきゃ黒塗姫じゃない。争いとダチになるんだよ」
「悲しいことにその思考が分からないわけじゃないのが、我々の悲しいところだ。だが、お前がわざわざこんなルールでやるゲーム。報酬の変化は何なんだ?」
蓮鳴がそう尋ねるとクロノは大きくのけぞり、頭に腕枕をして足で机を叩く。
「黒塗姫の奪える権限だが、あくまで可能な限り言う事を聞くに留まるということだ。これはシェルゲームの開催権が黒塗姫にあるということが原因だな。人だったら全権奪えたんだが、どうも個々が持っている権能が邪魔をするようでな。そこまでの強制力が作れなかった」
「つまり、裏切りは十分有り得ると?」
「それでも可能であると判断できるものであれば言うことを聞くぜ。まぁ、簡単な催眠程度の効果だと思ってくれ。それでも向こうの奴を支配下における。これだけでも戦う意味は十二分ある。」
クロノはそう言うと、蓮鳴を見つめる。
「開始時刻まで近くなったぜ。舞台は……光一郎にとってはきつい場所かもな」
「赤の民決戦の地。故郷か……」
蓮鳴は目を細める。
まだ幼かったゆえそこまではっきりと記憶は残っていないと思うが、場所というのは思い出と強く結びついている。だからこそ、光一郎にとってそれは記憶のトリガー。その場所で戦うことになるのだ。あまり良い舞台とは思えない。
だが、わざわざそれをクロノは選んでいる。おそらくその場所だからこそ黒塗姫として何かしらの変化を遂げられると思っているのだろう。
痛みと苦しみが人を進化させる。そのようなことを…昔、奴らが、空から来た黒塗姫達は言っていた。
そして、我らにとってこの戦いは遊びではなくとも、彼らにとっては遊びなのだ。
その思考のズレがよりこの場を緊迫したものに変えていく。
「もう、こういうのは考えないほうが良いな」
ゼノは一言そう告げた後、チームの皆に機体に乗り込むように告げる。
「戦いはもうすぐだ。気を引き締めていけ!! 分かったか!!」
「はい!!」
皆の生きの良い声が響く。
必ず全員で生還すると言わんばかり。しかし、それは誰も口にはしなかった。
そんなに現実は甘くないことを知っているからだ。
クロノはそんな彼らを見守りながら、目を閉じると体つきも、静かに光一郎のものへと変わっていく。
目を覚ました光一郎にゼノは言う。
「始まるぞ。これから」
「はい…」
二人はアイコンタクトで示し合わせ、それ以上言葉は交わさなかった。
もう言わなくてもいい。
皆の望みは共通しているのだから。
あとは……勝ちとるだけなのだ。それがこの戦いの終わり。
皆を乗せた戦艦が空を舞う。
いざ、戦いの場へ。
黒塗姫 米糠稲穂(KARANUKI) @Hebinumakennji
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