第6話 愛と傀儡
バルティカン王都南部。演習場。
そこでは一体の外殻の整備が行われていた。
「戦いまでに使えるようになりそうか、ベトゥール」
「勿論だよ、ヴァシュリー。君のためだもの。淀み教徒たちも働かせているから明日には動くようになるよ」
夜。夜闇の中に多く灯る紫の火。それに照らされているのは人型ではない造形。近しい姿の生き物を思い浮かべるとすればそれは虫に近いものだった。
ナナフシ。細身の体を持ち節のある木に擬態する虫。
表面はぬるりと湿っていて、青い甲殻に覆われている。
背中には板状の二対の羽があり、葉脈のように走る血管。そのところどころに穴が開いており、小さな発光体が現れては空を泳いでいる。
頭部は円錐上の甲冑をもしていて、モノアイが周囲を見渡すように動いていた。
「テラマシン。俺の外殻、俺の力……」
「素晴らしい流線型だ。元々青の民は繊細で賢い奴らが多かったと聞くが、そういうものが形に反映されているのかな? 僕たちとは少し違って大変興味深いね」
ベトゥールは嬉しそうにそれを眺めている。
「お前らの外殻はあまり見たことがないから分からんぞ」
「見せないことが僕らの美学だから。そもそも神対人なんて、神が勝つに決まっているだろ。今回の戦いは神になりかけてる人同士の戦い。それはそれで興味深いんだよね」
「ならば一騎打ちにすればよかったじゃないか」
「向こうが条件を提示してきたんだ。何か考えがあるんだろ。それにクロノは……僕たちとは違う」
ベトゥールは喉の奥を鳴らしながら言う。
「赤の民が作り出した黒塗姫だ。光一郎とかいうヤツを器にしているが、クロノ。奴は完成されている。おそらく赤の外殻を奴が使えば、君が勝てる確率はゼロだ。しかし、あっちはそんなことはしない。僕だったらやらない」
ベトゥールはニンマリと笑う。
「今回の戦いを奴は器の育成に使うつもりだ。戦いこそが黒塗姫が育つ土壌。君もまだまだ黒塗姫として未熟だ。今回の戦いで強くなれ。蓮鳴をぶっ殺したいだろ?」
「勿論。命にかえても」
「だが、今の君は蓮鳴にすら勝てない。奴は失敗作と言えど、力は本物だ。ロレンジアの動力に使う程度には素晴らしい力を持っている」
だから、
「今回の戦い。僕はもう知っているけど、条件がいつもと違うよ。それを踏まえた上でしっかり戦うんだね」
「それを俺には教えてくれないのか?」
「本番になってのお楽しみだよ、ヴァシュリー。戦いを楽しめよ」
きっとそれがお前達の本質なのだろう。
ヴァシュリーはため息をつくように息を吐く。
脳裏に浮かぶのはあの日の惨劇の一部。
蓮鳴によって奪われた多くの青の民の命。
それがたとえ事故であったとしても。
「許すわけにはいかないんだ……絶対に」
ギリッと歯を噛みしめると、背を翻す。
「ナイト連中との顔合わせがしたい」
「駒の確認だね。それなりに良いやつを用意しているよ」
「皆、淀み教なのか?」
「勿論。じゃないと言うこと聞かない駒は嫌じゃないか」
そういうお前の思考は好きじゃない。
内心、ヴァシュリーは舌打ちしていた。
黒塗姫。自分もそうなりつつあるという現実がもう悪夢といっても良い。こんな化け物に、蓮鳴以上の怪物たちに自分がなろうとしている。
復讐心から開花した才能であったが、それが日々自分を蝕んでいくのをヴァシュリーは感じていた。
この女。ベトゥールは蓮鳴以上に凶悪だ。蓮鳴は今もあの惨劇を悔いていた。しかし、こいつはそういう惨劇が起こることを楽しみにしている。
そういう思考が作り出したものがあの淀み教というバルティカンに根付く宗教だ。黒塗姫を神と崇め、死んだとしても皆一つの集合し、また生まれ変わることが出来る。死と痛みは黒塗姫による加護なのだと。
ふざけた話だ。人間、死んだらそれで終わりだ。
だが、やつの外殻の力はそのふざけた宗教の内容を実現する力を持っている。
自分は見てしまった。
教徒の一人である死者を蘇らせるところを。記憶もそのまま、人格も変わらない。しかし、彼らは何故か淀み教に熱心になっていた。
何かが違う。元の人間とは。
ベトゥールは言うことを聞かない駒を嫌がる。逆に言うと彼女が蘇らせたものは人形のように彼女の言う事を聞く。今修復している連中も含め。
これが、生前の記憶さえ持っていなければ、良かったのに。
ヴァシュリーはぐっと目を閉じた。
いや、それ以上に。
何故、お前が。
このベトゥールという女が器にしている体。
それは……。
蓮鳴を恨む原因となったあの日の惨劇。そこで失ったヴァシュリーの最愛の彼女の体。
それを憎らしいことに器にしているのだ。
ヴァシュリーと光一郎のような黒塗姫のあり方。それと異界から現れた彼らはそもそも仕組みが違う。体の作り……いや存在の作りが。
彼らは死ぬことがない。
体をいくらでも取り替えて生きながらえる。そもそも体も入れ物としか思っていないのだ。だからこそ、戦いを。血で血を洗う戦いを好んでいるのかもしれない。
はた迷惑な話だが。
自分が強くなりたい理由は、この女からこの体を剥ぎ取る。そして蓮鳴にも復讐を遂げる。
そもそも黒塗姫が支配するこの世界そのものをぶち壊したいのだ。
あんなものがあるから、自分は何もかも失った。
そんなものが最初からなければ良い。
だが、この思想だけはベトゥールに悟られてはならない。
今は彼女を楽しませろ。
時を待て。
自分の復讐はそれを成し遂げて初めて達成されるのだから。
ヴァシュリーはベトゥールから渡された名簿を眺める。
しかし、向こうの国も悲しいものだ。
「向こうの兵士は生き返らない。そもそもこちらの兵士が生き返ることを知らないがな。彼らは」
最初から公平な環境など無かったのだ。
最初からこのバルティカンにいる神様たちは皆、人類が敵うような相手ではない。
それも知らずに足掻く奴らに笑みが溢れる。これは失笑か。それとも……。
少しは自分も期待しているのか。
少なくともバルティカンの保守的なパラディン共よりは根性のある兵士ばかりだろう。そう考えると何が……正しいのか。
自分がやっていることもきっと間違ってはいるのだろう。
しかし、曲げるつもりはない。もう二度とあのようなことを起こすわけにはならないのだ。
そのために戦っている。たとえ、孤独な戦いになっても。
誰かの傀儡になど、なりたくはないから。
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