第5話 衝動の暴走
脳天を貫くような衝撃が駆ける。
鋭い痛み。ゼノの機体は宙を舞い、乱れるように回転しながら道路に傷跡を残して転がり落ちる。
三半規管がグシャグシャになる。左右上下に振り回され、頭が変になりそうだ。ゼノは視界を戻そうとカメラに目を向けるがあちこちが破損し、黒く塗りつぶされてしまっている。相当な衝撃がこの機体全体を走ったようだ。
ブレインリンクシステムのせいで、思わず吐瀉する。酷いありさまだ。敵の砲撃を受けたときのほうがマシに思える。
それもそうだろう。
外観。ゼノの機体は見事に頭部が消えていた。いや、焼き潰れていたのだ。拳を振るった瞬間、アートマンの拳は超高温に熱され、赤く弾けた。マグマがそこら中に吹き散らされ、チリチリと焼き焦げていく。
ゼノを転倒させ、ダウンを取った光一郎は直後、酷い動悸の変化を感じていた。体中が焼けるようだ。高揚する意識とは裏腹に体はこの不可思議な心拍数に悲鳴を上げている。
頭の中でドッドッドと鳴り響く鼓動。視界の端がパチパチと火花を散らすように赤く染まっている。
景色を映すコックピットの壁が光沢を見せる。そこに反射する形で自分の姿が映っていた。そこには、瞳がバツ印に裂けつつある自分の姿があった。
黒塗姫の姿。髪の毛先から少しずつ黒く染まり始める。
異様な変化。クロノが出ていないのに関わらず体が変化を始めている。
パイロットスーツのチャックを下げると、そこには膨らみを持ち女性的な体つきに変化する胸元があった。
クロノの意識がなくても、外殻を。黒塗姫の力を使えば、体が引っ張られるのか?
光一郎は額に滲む汗を拭いながら、倒れたまま、なんとか立ち上がろうと地面に手をつくゼノの機体が見えた。
【まだ、目標は生きているぞ……破壊しろ】
脳裏に聞き慣れた声が響く。
それはクロノの声ではない。
自分の声だ。
暴力性の化身となった声。反射する自分の姿の像が、だんだん獣性を帯びていく。
体中に褐色の毛並みが走り始め、耳が…狼のように肥大化、立ち上がる。
闘争を求めているのだ。内なる自分が。
これが黒塗姫の性なのか?
困惑する光一郎の意識。外殻を使うということのデメリットを認識させられる中、突如としてシミュレーターにさらなる四機の追加がアナウンスされた。
誰だ……? 使用申請は聞いていないが。
空のハッチが開き、飛び降りる四機。
重装型、スナイパー型、汎用型、近接型の四機の量産駆動獣機が降り立った。
「なかなか楽しそうな戦いをしているじゃねぇか、お二人さん」
「俺たちも混ぜてくれよ」
「当日、一緒にやるんだからよ」
「そうですねぇ……」
通信で入ってくる音声。どうやら、シェルゲーム当日のメンバーが模擬戦に参加したようだ。
彼らは周囲の状況を確認しつつ、
「なるほど。外殻がこれは……興奮状態になっているようだな。ゼノ中尉の引き上げを頼んでいいか?」
「はいはい、才芯(さいしん)。京月(きょうげつ)と二人で耐えられそう?」
「六華(りっか)、まさかこの才芯様がすぐにやられるとお思いで?」
「外殻初戦闘のくせに粋がるなよ。まぁ、それはお互い様か」
「おうよ、双界(そうかい)。というわけでよろしくな」
スナイパー型と汎用型の駆動獣機がゼノの機体を抱えあげると空に開いたハッチへと浮上。離脱を試みている。
光一郎はその意識に反して跳躍していた。思考の隅から黒く染められるように、闘争における最適解を体が選択している。弱っている獲物は逃さない。開ききったバツ印の瞳が爛々と赤く輝いている。
しかし、その急襲は失敗に終わった。
「おっとやらせるかよ、新人! おじちゃんたちはそれなりにやるぜ?」
重装型。身の丈と同じくらいある大盾が投げ込まれ、重力波が空中で展開される。
外殻の体が巻き込まれ、盾と共に地面に叩きつけられ、脳が軽くシェイクした。
その頃にはほとんど光一郎の意識はなかった。体は完全に獣化し、卑しい戦いを楽しむ獣が牙をむき出しにして外殻に司令を出す。
両手を地面に食い込ませ、上半身を跳ね起きさせるとそのまま背後へとバク転。巨大な機体ができるとは到底思えない動きを見せる。
「おいおい、体操選手かよ。無茶苦茶だな」
「あんな動きしたらGで内臓グシャグシャだぞ。なぁ、京月」
「俺の機体でも無理だな、才芯。それだけやっても平気なんだろ、外殻と黒塗姫ってやつは」
そんな通信を聞きながら、光一郎だったものは、じろりと改めて目の前の新たな敵の機体を品定めしていた。
まず、重装型の駆動獣機。前線で敵の銃弾を防ぎながら活路を開くタンクの役割を行う機体。先程展開された、そもそも銃弾を地面に落とし、無力化する重力波発生装置を内蔵した大盾。そして、太く、広範囲をなぎ、相手の機体の装甲を剥ぐ散弾を放つ実弾系のショットガン。
全身は分厚い装甲に包まれ、特に盾を持つ腕は複数の補助アームで盾にかかる衝撃を緩和する仕組みがついている。太い脚部にはサブ武装のビーム・アックス。敵の装甲を焼き切る刃と衝撃波を短い間隔で放ち、内側から砕く刃の二種が内蔵されている。
近接防御特化型。
そして、近接型の駆動獣機。上半身が大きく作られており、足は複数のシリンダーにより、重量を支えることと、伸縮性に柔軟に対応出来るように作られている。そして、盾などは持たず、自分の機体と同じサイズの巨大なビームカッター。相手の機体を一刀両断することを主軸においており、背中には多くのブースターと姿勢補助装置がついており、素早く断ち切ることに特化している。
どちらも通常の装甲、武装を持った汎用型とは違い、ピーキーなカスタムがされているものだ。
乗っている二人の口ぶりからもなかなかの手練れ。
それを見据える光一郎は鋭く尖った歯を見せて嬉しそうに笑う。
「それじゃあ、明日のメイン。リーダーの実力を見せてもらいましょうかねぇ」
「バッティングフォーメーションでいくか? 才芯?」
二人は少し斜めに立つ姿勢で、京月の機体が縦に刃を構える。
なんだ? あの構えは。
後ろで才芯が重盾を地面に打ち付け、
「京月と俺のみを対象から排除。重力波による引力……味わってみな?」
その瞬間、ガシャンと重盾の全体がひび割れると、隙間から緑色の光が点滅する。三度の明滅のあと、大きく広がるは空間を揺らす引力の波。
先程とは規模が違う。数百メートル離れているアートマンの体が浮き上がり、そのまま重盾に高速で引き寄せられていく。
その先にはすでに刃を構え、こちらを見据えて振り抜こうとしている。
まずいな…。獣と化した光一郎はアートマンの巨躯をひねり、腕を前に突き出す。
そのまま流線型を描くように地面を蹴り上げ、相手の機体の方へと加速。
「なるほど、加速して捉えられないように突っ込むわけね?」
京月は大きく息を吐く。今回の戦いに選抜されるほど優秀なロレンジア兵。実際の戦闘経験もある数少ない兵士。集中力を上げるルーティーンを手短に行い、そのまま意識を集中。鋭く、強く、アートマンの首を跳ね飛ばすように振り上げていく。
普通の敵であればこれで仕留められる。だが……。
「そう上手くはいかないよねぇ……?」
アートマンはその刀身を。刃が届く直前で地面を再び蹴り上げ、体を回転。背をかすめるようにギリギリで避ける。
そして、燃え上がる拳。それは京月の機体の胸部。コックピットめがけて振り抜かれようとしていた。
その時だった……。
閃光が走る。
それは背後にいた才芯からではなく、京月からでもない。
空の穴。ゼノを待避させた部隊の一人。スナイパー型の六華のスナイパーライフルが、アートマンの頭部を撃ち抜いていた。
頭部の大きな損傷。思考が遮断され、体の司令塔が崩れたことでアートマンは軌道をそらし、地面に転がり込んでいく。
「危なかったね、京月」
「来ると思っていたからなぁ。そこまで危機感は持ってなかったよ」
「俺はビビったぞ? 京月」
「才芯の機体は止まっていたもんな。いや、マジでヤバイ時しかああはならないのを知っているから」
そう、京月が笑って見せる。
そして、部隊の皆はアートマンを見据えた。
頭部に縦断を受けたことで大きく欠損している機体。
ビクビクとまるで人の体のように痙攣していたが、そのコックピットでは頭に激痛を感じながらも、少しずつ獣化が解けている光一郎の姿があった。
「…なんだ? 僕は呑まれていたのか?」
前後の記憶が曖昧だ。しかし、途中で乱入してきた彼らのお陰でゼノにトドメを刺さずに済んだことは確かだ。
開くバツ印も次第に収まっていく。恐ろしいことだ。自分の同胞すらも手をかけようとしていた。ましてやゼノはこの数年親代わりといっていいほどに自分を見てくれた相手なのにも関わらず。
黒塗姫の狂気にはきっとそんなことはどうでも良いのだろう。
恐ろしい。あそこまで自分が凶暴になってしまっていたことが。光一郎にとってあまりにも恐ろしく、コックピットの中で膝を抱えていた。
そんな彼を迎えに来た才芯。軽くハッチを叩くと、カシュッとアートマンのコックピットが開く。
「うげぇ……外殻のコックピット、ほぼ内臓じゃねぇか。オリジナルはこんなに嫌なデザインなのか?」
光一郎の目に彼の姿が映る。かなり獣化が進んだ兵士だった。サイの獣性だろうか。硬質化した灰色の肌と角を持ち、目つきは悪く、肥満体型。しかりがっしりとしており、ロレンジア民の特徴である緑の舌を見せながら、こちらに手を差し伸べる。
「ほれ、大丈夫か? ブレインリンクに近いシステムがあるから、頭の負傷はきついだろ」
彼の手を取り、立ち上がる光一郎。頭を負傷したからか、酷く痛む。
「いえ……なんとか。すみません……暴走してしまって」
「良いんだよ。それを止められるようになるのも俺たちの役目だ。才芯だ。今回の戦いではよろしくな大将」
そう気さくに笑って見せる彼に光一郎は疲れてはいるものの、ぎこちなく笑みを見せた。
「ゼノさんは……?」
「大丈夫だよ。まぁ、少し頭を痛めたようだが決戦には問題ないさ」
そう通信機から響く声。自分を撃ち抜いたスナイパーのパイロットの女性だ。
「私は六華というわ。今回の部隊のスナイパーよ。後方支援は任せな」
「本当に助かりました、ありがとうございます」
「お礼は京月と双界にもいいな」
そういうと二人の男の声が入ってくる。
「いやぁ、危なかったね。味方の外殻の実力を見れるのはよい機会だったけど。汎用機に乗ってる双界だ。主に中間地点で補助を担当してる」
「切り込み隊長の京月だ。いやはやこちらも模擬戦で死ぬことにならなくてよかったぜ。よろしくな」
才芯が腕につけた通信端末をいじると彼らの顔が空間に投影される。皆、獣性が高い。
六華は鷹。双界は象。京月はフェネック。
それだけ戦場に身を置いて戦い続けた証拠だ。
歴戦の猛者のように体のあちこちに大きなキズがあった。年もゼノ以上のもの。おそらく今回の戦い。負けられないこともあり、蓮鳴もシェルゲーム以外での戦闘活動を行い続けたものたちを連れてきたのだ。
彼らが仲間というのはとてもありがたい。
しかし、だからこそといえば良いのか。
「あの……僕は……」
「暴走、見事にしていたな。まぁそれがあるかどうかを調べるための模擬戦でもあった。案の定長く乗ると、クロノの方は出ていたのか?」
「いえ、ただ僕が……僕がどんどん凶暴に無理やり思考を変えられる感覚がありました」
「きっとそれが黒塗姫の性なんだな。戦いの神といってもいい、凶暴性の化身だな」
才芯は腕をくみ、少し考えながらも、
「だからこそ、その側面は俺たちの切り札になる。きっとお前のそれは誰でもいいと思うんだよ。敵を。ただ自らの障害を砕き、戦いそのものを快感としている。ならば、それをなんとかうまく敵に誘導できれば最高の戦力だ。お前は切り札なんだよ。暴走含めてな」
「戦いの連携は私達のほうが慣れているわ。だからあなたを敵に向かわせる。大将首との一騎打ち。それを実現するために全力で援護するわ」
「今は何度か模擬に付き合うから、その機体の使い方を頭に叩き込みな。まずはそこからだぜ?」
「まぁ、こんな毎回ぶっ壊してたらエンジニアの奴らが発狂するがな?」
「ちげぇねぇ!!」
彼らは顔を見合わせて笑う。
先程死にかけた瞬間があったというのに、それでもなおこのように明るく振る舞えるのは彼らだからだろうか。
「だからよ……光一郎。お前も恐れんな。戦いではそれが命取りだ。むしろハイになれ。そして、俺たちを守ろうとなんかするな。お前が負ければそれでおしまいなんだ」
「というか見る限りまだまだ子供だしな。こういうのを大将にしなくちゃいけないこの状況がすでに難易度高いぜ?」
「京月ぅ。思っても言うなよ。光一郎くんが泣いちゃうだろう?」
「双界。あまりいじるなよ」
才芯に言われると「はいはい」とふざけた声で返した。
これが今回の戦いのメンバー。歴戦の猛者四人と、信頼出来る友であり、母代わりでもあるゼノ。そして、光一郎自身。
まだ暴走は抑えられる段階ではない。正直、時間が短すぎるが、だからこそクロノは自分に戦わせようとしている。それが面白いと思っているのだ。
正直、癪だが、今の状況を大きく変えたい。バルティカンを倒して、持っていかれた赤の民を少しでも取り返す。最後にはバルティカンというあの国そのものを打ち倒すのだ。
そのために出来る自分の最大限を。今はそれしかできない。
光一郎は彼らに支えながら医務室へと歩いていく。
小さな背中に、震えるも小さな勇気を持つのだ。
それが今の自分にできる最大限なのだから。
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