第77話 いくらなんでもイキスギですわ

【オズリンド邸 裏庭】


 妖刀の力によって、グレイが意識を失うタイミング。

 その上空へと現れたレイナが、己の魔導を用いて妖刀を掴み取る。


『離せっ!! ワタシに触って良いのはグレイだけなんだぁーっ!!』


 レイナの手の中で妖刀が抵抗を試みるが、どれだけの怨念を秘めていようが鋼は鋼。

 凄まじい魔力によって生み出された電磁力の前では、抵抗など出来る筈もなく。


「うるさい。黙って」


『あがっ……かっ!?』


 押し潰されるような圧力によって、妖刀はもがき苦しむ。

 その上で、レイナは刀身を見つめながら……冷たい声で訊ねる。


「お前、何がしたいの?」


『……はぁ? なんのこと?』


「グレイ様の中にある、アリシアとの記憶を吸い取っているでしょ」


『さぁ? 身に覚えが……あぁぁぁぁぁっ!? ばばばばばばばばばばっ!!』


 妖刀がとぼけようとした瞬間。

 バチバチバチバチバチと激しい電流がレイナの手から放出されていく。

 あまりの苦痛に妖刀は絶叫するも、レイナの目は鋭く細められたままだ。


「……やっぱり鉄は電気の通りがイイね」


『はぁっ、はぁっ、はぁっ……!! この程度で、ワタシが屈するとでも?』


「すごい。レイナの電撃を受けて、言い返す気力があるなんて」


『当たり前よ。ワタシと父様が受けた屈辱と苦痛は、この程度じゃない!』


 かつて、妖刀を作り出した一人の刀鍛冶。

 恋する女剣士の為に全身全霊を込めて造り上げた1本の名刀は、渡す直前で不要のものとされた。

 女剣士は刀鍛冶が死ぬ気で打った刀よりも、彼氏から買って貰う刀を選んだのだ。


『だから、だから今度こそは失わない……! グレイはワタシのモノだもん。グレイが愛する女がいるのなら、ワタシがそいつに成り変われば良い!!』


「……ふーん?」


 そんな話には興味が無いと言いたげに、レイナは刀身をしげしげと眺める。

 そして口元をほんの少しだけ緩めると、刀を持つ手とは反対の指を一本だけ立てた。


「随分と自信があるようだから。次は、二本でいくね」


『……ふぇ? 二本?』


「えいっ」


『あ、あがああああああああああああああああああああああああああああっ!?』


 轟く雷鳴。レイナの体から迸った太い電撃が晴天の空へと駆け上がっていく。

 この光景を遠くから見た者は、レイナが雷に打たれたのだと思うだろう。

 しかし、実際はその逆であった。


『~~~~~~~~~~~~っ!!』


 言葉にならない絶叫。先程までとは比べ物にならない激痛が妖刀を襲う。

 痛みで気を失いそうになっても、すぐに新たな激痛で意識が覚醒する。

 そんな苦痛が何度も何度も、往復ビンタのように妖刀を痛めつけていく。


『あ、ぅぇ……ぉ……ぉぅっ……うぇ』


 電撃が消えても、尾を引く苦痛に呻く妖刀。

 発狂しそうになるほどの痛みであったが、彼女は強靭な精神で耐え抜いた。

 自分のグレイへの執着が勝ったと、妖刀がほのかな優越感を覚えた……その時。


「これで二段階目」


 見せつけるように、レイナが左手のピースサインを妖刀の前でひらひらと振る。

 先程、彼女が発した言葉は「二本で行く」というもの。


『えっ……え? ウソ……ウソだぁ……』


「指はまだ残り三本もあるよ?」


 それはまさしく、死刑宣告に等しい言葉だった。

 一本から二本に増えただけで、あれほどの差があったというのに。

 もしも三本……いや、最終的に五本指のレベルに達したらどうなるというのか。

 考えただけで、妖刀は頭がおかしくなりそうだった。


『ご、ごめんなさい……』


「ん?」


『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!』


 躊躇う事なく、妖刀の取った行動は謝罪であった。

 これ以上はマズイ。この女を敵に回してはいけないと本能が判断したのだ。

 

『もう痛いのは嫌なんです……!! だから、だから許してぇ……!!』


 涙声で懇願する妖刀は、ブルブルと振動している。

 それを受けたレイナは心底つまらなそうに、妖刀の刀身に指を這わせた。


「……興ざめだね」


『ひぅんっ!?』

 

 刀身に触れたレイナの人差し指の先からビリッと電流が走る。

 それは今までの電撃に比べると蚊に刺されたレベルのものであったが、心の奥底まで雷の苦痛を刻み込まれた妖刀にとっては……効果絶大であった。


「もう少し、耐えるかと思ったのに。まぁ、グ、グラ……グラニュー糖?に比べればマシだけどね。アイツはムカつくから四本まで痛めつけてやったけど」


『あっ、あぁっ……んっ、んぁ……』


 雷を帯びた指が刀身をいやらしい動きでなぞる。

 その度に妖刀は激しく揺れて、艶やかな声を漏らす。


『だめっ……ぁんっ♡ そこ、びんかん、だからぁ……♡』


「何それ。あんなに痛くされたくせに、感じちゃうなんて変態だね」


『ちがっ……うぅぅんっ♡ ちがうのにぃっ……♡』


 口先では否定しようとも、ピリピリとした刺激に身悶えする妖刀。


「違わないよ変態。妖刀じゃなくて淫刀の間違いじゃないの?」


『あぅっ……』


 レイナが指を離すと、妖刀は名残惜しそうに呻く。

 もっと触って欲しい。電流を流して欲しいと言いたげにくねくねと刃先が揺れていた。


「ま、どうでもいいけど。じゃあ……貰うね」


『えっ?』


 レイナが指を鳴らすと、妖刀の刀身から、ずりゅんっと【何か】が飛び出す。

 それは青色の輝きを放つ、小さな玉であった。

  

『それは、もしかして……!?』


「うん。お前がグレイ様から奪った記憶」


『ど、どうやって!?』


「これくらいレイナなら余裕。まぁ、色々と術を研究する為に……ちょっとモルモットを利用したけど」


 レイナが脳裏に思い浮かべるのは一人の老女。

 ヴォルデムで保健医を務めていながら、生徒達の個性を奪い取る【魔怪盗ファントム】として暴走した犯罪者である。


「まさかあんな事になるとは予想外だったけど」


 グレイ達は気付かなかったようだが、あの事件の際にファントムは被害者の記憶も一部奪い取っていた。

 元々、レイナがファントムに教えた魔法は記憶を抜き取るというもの。

 それをファントムが悪用した結果、あの事件を招いたのだ。


『ファントムも、あんたが……!』


「結果的にアリシアとグレイ様の関係が深まったからセーフ」


『って、そんな事はどうでもいいの!! 返してっ!! 返してよっ!! それはワタシとグレイの大切な思い出なんだから!!』


「違う。これはアリシアとグレイ様の思い出。お前如きが触れていいものじゃない」


『やだやだやだやだやだやだぁぁぁぁぁぁぁっ! グレイはワタシのモノなのっ!!』


 駄々っ子のようにごねる妖刀。

 そんな煩わしい泣き声を聞いたレイナは、スッと左手の指を三本立てる。


「うるさいよ」


『ひぃっ!?』


「悪い子にはムチ。良い子にはアメ。常識だよね?」


 レイナは左手の指を一本に減らすと、ピリッと弱めの電流を迸らせた。

 そしてその指をクイックイッと何度も折り曲げる。

 ただそれだけの動きが、妖刀にとっては……なんともいやらしく映っていた。


『はぅっ……♡』


 プシャッと、謎の液体が刀の柄から吹き出す。

 妙に粘性のあるその液体が手に触れたのを見て、レイナはドン引きした顔で囁く。


「汚い」


『んふぁっ♡』


「死ねばいいのに。存在する価値のないゴミ。お前みたいなやつ、誰が好きなの?」


『あっあっあっあっあっ♡』


「キモ」


『~~~~~~~~~~~~っ♡♡♡』


 ビクンビクビクンと激しく痙攣する妖刀を、レイナはポイッと地面に放り投げる。

 その代わり、先程抜き出したグレイの記憶をうっとりとした顔で見つめだした。


「ああ……綺麗。こんなにも美しい記憶があるなんて」


 まるで愛しい我が子を見るように、記憶の玉を慈しむレイナ。


「これをそのまま戻すのは簡単。でも、グレイ様……ごめんなさい。アリシアが貴方に相応しい女になるには、大きな試練が必要なの」


 レイナは記憶の玉にチュッと口付けをする。

 すると記憶の玉が放つ光が、青から紫色へと変化した。


「グレイ様……待ってるから」


 そしてレイナはその記憶の玉を、地面で気絶しているグレイの方へと落とす。

 ちょうどグレイの背中に当たった記憶の玉は、そのまま彼の体の中へと吸い込まれるように消えていった。


「じゃあ、またね」


 それを見届けたレイナは、そのまま転移魔法でオズリンド邸から姿を消した。

 こうしてこの場に残ったのは、地面に突き刺さる妖刀と気絶したグレイだけ。


「……うっ!?」


 やがて、意識を取り戻したグレイ。

 彼はしばらくぼーっとしていたが、すぐに大切な事を思い出す。


「あれ? 俺、なんでこんな場所にいるんだ?」


 自分のいるべき場所はここではない、と判断するグレイ。

 そう、だって自分は――


「早く【レイナ】様の元へ戻らないとな」


 愛する恋人のレイナを護る騎士なのだから――と。








【レイナに記憶を奪われたグレイを『完全復活・パーフェクトアリシア様』が奪い返してハッピーエンドちゅっちゅするまで残り……?日】



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