第75話 愛する人の為に強くなりたいの
【ヴォルデム魔導学院 理事長室】
王位継承順位第3位。そして【七曜の魔導使い】に名を連ねるレイナ様。
そんな彼女の挑発じみた言葉を受けて、アリシア様は勝負を受ける事を決意。
そして、現状の実力差を埋めるべく……アリシア様が訪れたのは師匠であるアドルブンダ様の元を訪ねていた。
「ふむ、そろそろ来る頃じゃと思っておったぞ」
「……お師匠様、単刀直入にお願いしますわ。ワタクシを数日でレイナ様以上の魔導使いに育て上げてほしいんですの」
理事長室に入室するなり、深く頭を下げるアリシア様。
普段、アドルブンダ様に砕けた対応をする彼女らしくない言動だ。
「事情はレイナから聞いておる。ついさっきまで、ここに来ておったからな」
「レイナ様が、ですか?」
よく見れば、アドルブンダ様の自慢の白ヒゲが見るも無惨にむしり取られている。
あんなに立派だった白ヒゲが……!
「なぜ、お師匠様に?」
「まぁ、ワシら【七曜の魔導使い】はチームみたいなもんじゃからのぅ。ちょっとした連絡事項みたいなものじゃ」
「……分かりましたわ。それで、お師匠様……ワタクシはどうすればレイナ様に勝てますの?」
「ふぅむ……それは難しい話じゃな。例えるのなら、グラントが素手でグレイ君に勝てるようになるくらいの難易度かのぅ」
「「そこまで!?」」
俺とアリシア様は声を揃えて驚く。
いや、別にレイナ様を侮っていたわけではない。
ただ、俺が知る限りアリシア様の魔法の腕は相当なものだ。
いくら七曜の魔導使いが相手だからといって、そこまでの差があるとは……
「納得がいかないようじゃな、アリシアちゃん」
「ええ。これでも、同世代の中では抜きん出ている自覚がありますわ」
「たしかにアリシアちゃんの氷魔法はかなりのレベルじゃ。若い頃のエリアを思い出すほどにのぅ」
エリアというのは、アリシア様の祖母であらせられる方だ。
エルフ族で、ディラン様も大変お世話になったとおっしゃっていた。
「だったら、どうして……!!」
「簡単な話じゃ。レイナは魔導使いで、アリシアちゃんは魔法使いじゃからのぅ」
魔法と魔導。それらが似て非なるものだというのは、そっち方面の教養がない俺でも知っている事だ。
だけど、そんなに言うほどの違いなのか?
「グレイ君はイマイチ、ピンと来ておらんようじゃな。ならば早速、試してみるとしようかのぅ」
アドルブンダ様はそう言うと、自分の右手の人差し指を一本だけ立てる。
そしてその先端にボウッと、小さな火の玉を作り出した。
「アリシアちゃん。この火を凍らせてみるんじゃ」
「ええ、その程度なら楽に……」
「先に言っておく。手を抜かず、全力で凍らせるように」
アリシア様が手のひらを前に出すと、アドルブンダ様が釘を刺すように告げる。
それを受けたアリシア様はムッとしたように、眉間にシワを寄せた。
「そんなにお望みなら、手ごと凍らせて差し上げますわ」
ブワッとアリシア様の周囲から、冷気を帯びた魔力が放出される。
「冥府の門よ開け。氷獄の冷気よ、この手に宿り……我が力と化せ」
そしてアリシア様の手の先に集まった膨大な魔力が、青い光の矢となって……アドルブンダ様の指先へと放たれる。
「コキュートス・フォール」
後ろに立っている俺でさえも凍えてしまいそうな冷気の奔流。
これを受ければ、流石のアドルブンダ様といえども……
「ほい」
「え?」
アリシア様の氷魔法コキュートス・フォールが火の玉に触れた瞬間。
室内を満たしていた冷気が一瞬にして霧散する。
それどころか、暖かい空気が部屋中を満たすように広がっているほどだ。
「ふむ、相殺くらいは出来るかと期待しておったんじゃが」
「なっ……!?」
アドルブンダ様の指先には未だに火の玉が、ゆらゆらと揺れ動いている。
凍るどころか、少しも勢いが衰えていない。
「ど、どうして……?」
「これが魔導じゃ。初級レベルでも、上位魔法など相手にならん」
まるで取るに足りない事だと言いたげに、アドルブンダ様はフッと息を吹きかけて火の玉を消してみせる。
「……ワタクシとアドルブンダ様の魔力量に、そこまでの違いがあるなんて」
「ノンノンノン。そうではないぞ、アリシアちゃん。純粋な魔力量ならば、アリシアちゃんはワシの数倍……いや、十数倍はあるじゃろう」
「そんな気休めはいりませんわ!!」
「気休めなどではない。ワシは美少女に嘘は吐かないからのぅ」
ショックで涙目になるアリシア様を慰めるように、アドルブンダ様が優しく微笑む。
この様子からして、本当に嘘は吐いていないみたいだけど……
「なら、どうしてですの?」
「それが【魔法】と【魔導】の差じゃよ。精霊や神霊の力を引き出したところで、所詮は借り物というわけじゃ」
「借り物……まさか!?」
「気付いたか。そう、【魔導】とは己の魔力を凝縮、変換して発動させる【魔法】の別名なのじゃよ」
「そんな……ありえませんわ!」
「?????」
盛り上がっているアドルブンダ様とアリシア様の傍らで、俺は首を傾げる。
さっきから何を言っているのか、ちっとも意味が分からない。
「ほっほっほっ、グレイ君にも分かるように説明しよう。人間は魔法を発動する時、自分の魔力を精霊や神霊に捧げる事で力を引き出しているんじゃよ」
「氷属性の魔力なら、氷の精霊がより強く力を貸してくれる。逆に炎の精霊はワタクシの魔力だと弱い力しか貸さないでしょうね」
「ああ、だから詠唱の時に精霊がどうとか、そういう感じのセリフがあるんですね」
「そういう事じゃ。しかし魔導の場合、使うのは己の魔力のみじゃ」
そう言いながら、アドルブンダ様は再び右手の人差し指に火の玉を浮かべる。
「小さく見えるこの火も、ワシの魔力を凝縮して発動されたモノじゃ。しかしこのレベルの魔導でも、アリシアちゃんの上級魔法を軽く退ける威力となる」
「それならみんな、魔法じゃなくて魔導を使えばいいのに」
「グレイ、アドルブンダ様は簡単に発動しているけど……普通の人にあんな芸当は絶対に無理よ。お金を使って料理を買うのと、お金そのものから料理を作るのとじゃ話が全然違うでしょう?」
言われてみればそうだ。
魔法と魔導、どちらも使えない俺だから気軽に言ってしまったけど。
魔力という力を現象へと変換するプロセスなんて……まるで検討も付かない。
「魔導を発動するには膨大な魔力と、それを制御する繊細な魔力コントロールが必須となるんじゃ。もしも発動に失敗すれば魔力炉が暴走し……」
「よくて再起不能。最悪の場合、木端微塵に吹き飛んで死亡ですわね」
「えええっ!?」
「その通り。じゃから、魔導の習得には文字通り命を掛けなければならないのじゃよ」
「そんなの危険すぎます!! アリシア様、やめましょう!」
魔導が強いのは良く分かったが、その習得はあまりにもリスキーすぎる。
アリシア様の騎士として、そんな危険な事をさせるわけにはいかない。
「持ち主の魔力量が膨大であればあるほど、失敗した時の反動は大きい。アリシアちゃんの場合は、確実に爆発四散じゃろう」
「あら、逆に言えば……ワタクシが魔導を覚えれば最強という事ですのね」
「アリシア様、私は反対で……」
「黙りなさい!!」
俺はアリシア様の肩を強引に掴んでやめさせようとしたが、逆に一喝されてしまう。
「グレイ、貴方はワタクシを信頼出来ないの?」
「そ、そういうわけでは……」
「それに、ワタクシだって……貴方の為に命を掛けられる事を証明したいのよ!」
そう言われて思い出すのは、レイナ様の発した言葉。
あんなの、気にする必要はないというのに……
「もう、待っているだけの女は嫌。このまま貴方だけに頼って、貴方のおかげで結婚出来たとしても……ワタクシは心の底から喜べないわ」
「……っ」
「だから、お願いよ。ワタクシにも……貴方の役に立つチャンスをちょうだい」
アリシア様はズルい。
こんな風に言われたら、どれだけ心配でも断れないじゃないか。
それに、ますます……この人の事を好きになってしまう。
「分かりました。貴方を信じます」
「……ありがとう」
俺の手を握り、アリシア様がニッコリと微笑む。
ああ、くそ……可愛い。今すぐ抱きしめてキスしたい。
いいや、一日中くっついたまま……ちゅっちゅしまくりたいぞ。
「ほっほっほっ! 話は決まったようじゃな」
「はい。お師匠様、ワタクシに……修行を付けてくださいまし」
「数日でレイナを越えるとなると、生半可な修行ではないぞ?」
「覚悟の上ですわ」
「よろしい。ならば、ワシも全力でお前に応えよう」
レイナ様はアリシア様が何もしていないかのように言っていたが。
俺はそうは思わない。
だって、こうして何も出来ずにいる自分が悔しくて堪らないから。
今までアリシア様は、無茶をする俺を見て……ずっとこんな感情に耐えながら、俺を勇気づけてくれていたんだ。
「アリシア様、頑張ってくださいね」
「ええ、任せなさい!」
不安で胸が張り裂けそうだ。無力な自分を殴りたくて仕方ない。
愛する女が命の危険を冒すのを、ただ祈りながら見守るしか出来ない。
レイナ様、貴方はこれほどの苦しみを耐えられるんですか?
「……っ」
俺も、強くなりたい。
アリシア様の覚悟と決意に報いるためにも。
もっともっと、強くなるんだ。
『ワタシと頑張ろうね♡ グレイ……♡』
俺の大切な妖刀ちゃんと一緒に。
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