第73話 もう駄目よ……!おしまいなのよ……!

【真っ白な世界】


「いやいやいや。流石のワタシもドン引きだっつーの。お前ら、どんだけちゅっちゅするんだよー」


「……う?」


 上から聞こえてくる少女の声で、俺はパチリと目を覚ます。

 見覚えのある白い天井をバッグに、俺の顔を覗き込んでいるのは……いつぞやの妖刀ちゃんであった。


「君は……あの時の」


「そう。ようやくまた会えたね」


 クスッと笑みを浮かべ、妖刀ちゃんは黒髪のおさげをぴょこぴょこと動かす。

 その動きはどこか、アリシア様が時折見せるツインテールの動きに似ていた。


「もっと沢山、ワタシの能力を使って欲しいのに。あの女騎士……余計な事を言いやがってさ」


「女騎士って、マインさんの事か?」


「うん。でも、お前はちゃんとワタシを使ってくれたね」


 以前と同じように、寝転んでいる俺の上に跨っている妖刀ちゃんが……嬉しそうに俺の首筋に細い指を這わせてくる。

 瞬間、ゾクゾクと不思議な感覚が俺の体を走っていく。


「嬉しい……」


「やめてくれ。俺は、アリシア様以外の女性には……」


「アリシア? ワタシとアリシア……どちらが大事なの?」


「それは勿論、アリ……」


 言葉に詰まる。でもそれは、アリシア様への愛が揺らいだからではない。

 俺に密着しながら、小首を傾げる妖刀ちゃんの仕草や振る舞いが……なぜか、アリシア様と重なって見えたからだ。


「あはっ、迷ってきてる? いい傾向だねぇ」


「違う。俺はアリシア様だけを愛しているんだ」


「ふぅん? ま、悔しいけどそれはワタシにも分かっているよ。でもさ、お前の中の【アリシア】がすり替わったら……どうなるのかなぁ?」


「は?」


「まぁいいや。どうせ、近い内にお前の全てはワタシのモノだし」


 呟きと同時に、妖刀ちゃんはくぱっと小さな口を開く。

 唾液の引いた牙がキラリと光り、赤い舌が口内で怪しく蠢いていた。


「代償を貰うよ。お前とアリシアの思い出を……」


「何を……ぐあああああああっ!?」


 妖刀ちゃんは有無を言わさずに、俺の首筋へとその牙を突き立てる。

 そしてそのまま吸血鬼のように、ちゅーちゅーと溢れ出る血をすすり始めた。


「うっ、ぁ……!?」


 いや、違う。流れ出ているのは血じゃない。

 それなら、この子は一体何を吸い出しているんだ?


「じゅるっ、じゅずるるるるっ♡ ちゅーっ♡ れろっ、あみゅっ、ちゅぱ♡」

 

 ネットリと執拗に、俺の首をねぶる妖刀ちゃん。

 その意図や目的もよく分からないまま、俺は意識を失っていった……



【オズリンド邸 グレイの部屋】


「グレイ様! グレイ様! しっかりしてください!」


「……この声は、スズハ様?」


「ああ、良かった。お目覚めになったんですね」


 自室のベッドで目を覚ますと、傍らには不安げな表情のスズハ様が立っていた。

 その手にはタオルが握られている。


「ずっとうなされていたんですよ。それに、物凄い汗をかいて」


「そうでしたか……でも、どうして」


 えっと、俺は魔怪盗ファントムを殺す為に妖刀の力を使って。

 それで……


「アリシアとの激しいちゅっちゅのせいでしょうね。本当はその、私も混ざりたかったんですけど……邪魔すると後が怖いし」


 両手の人差し指をモジモジとしながら、スズハ様が不満げに唇を尖らせる。


「アリシア……?」


 どこかで聞き覚えのある名前だけど。


「へっ? アリシアはアリシアですよ」


「……あっ!? そうですよね、私は何を言っているんでしょうか」


 スズハ様に言われて、俺の脳裏に瞬時に最愛の女性の顔が浮かび上がる。

 人類史上最高の美貌といやらしいドスケベボディを持ち、誰よりも可愛らしい性格を持ったお嬢様。そして、俺の愛しい人……のはずなのに。

 俺はバカか? どうしてアリシア様の名前を忘れていたんだ。


「きっと【ちゅっちゅ】の毒気にやられたんでしょう。でも、こうしてすぐに立ち直れたのは【理性】の賜物ですね」


「あははは、そうでしょうか」

 

 本当にそうなんだろうか。

 前にも、妖刀ちゃんを使った後にこんな症状があった気がする。

 いやでも、妖刀ちゃんはあんなにも可愛いんだから。

 妖刀ちゃんが原因だなんて絶対に考えられないけど。


「じゃあ、アリシアを呼んできますね。グレイ様が起きたら呼び行く約束をしていたので」


「あ、はい。分かりました」


「無理は駄目ですよ? 大人しく休んでいてくださいね」


 そう言って部屋から出ていくスズハ様。

 俺はその後姿を見届けた後、すぐに大切なアレを探す。


「あった!」


 ベッドのすぐ脇に立てかけられている妖刀ちゃんを手に取る。

 鞘から抜いて、刀身に汚れがないか……確認。


「……ああ、可哀想に」


 ファントムを殺した後、手入れがまだだったからな。

 あんなカスを焼き斬り殺した時の煤が少し付いている。


「すぐに綺麗にしてあげるぞ」


『ありがとう、グレイ』


「いいんだよ。お前の主として当然の事だからさ」


『えへへへっ♡ 嬉しい』


 カタカタと揺れる鍔。コイツめ、なんて愛らしいんだ。


「そういえば、ファントムを斬った事で新しい能力を奪えたのか?」


『うん。アイツからは『分身』の能力を奪えたよ』


「分身か。色々と役に立ちそうな能力だな」


『分身には実体があるし、本体の意のままに動かせるよ。それに、消そうと思えばいつでも消し去る事も可能みたい』


 上手く使えば戦闘だけではなく、私生活でも活躍する能力だ。


「でも、慣れるまでは大変そうだし。後で練習してみるか」


『そうだね。だから【いっぱい】練習してね。ワタシの力をもっともっと……♡ グレイには使ってほしいよ♡』


 甘えるような声で、妖刀ちゃんがおねだりしてくる。

 こんなにも懐いてくれて、悪い気がするはずもなく。


「分かった。じゃあ、夜の訓練の時にたっぷりな」


『うんっ!』


 妖刀ちゃんと約束を交わしたところで、部屋の扉がノックされる。


「はい、どうぞ」


「グレイ、失礼するわよ」


 中に入って来たのはアリシア様だった。

 スズハ様に呼ばれて慌てて来たのか、少し汗をかいているようだ。


「ごめんなさい。久しぶりのちゅっちゅでヤりすぎてしまったわ」


「いえいえ、いいんですよ。気にしないでください」


「はぁ……貴方を愛するあまり、最近少し暴走気味よね。継承戦を順調に勝ち進んでいるから、気が逸っているのかもしれないわ」


 ベッドの傍の椅子に腰を下ろし、深い溜息を漏らすアリシア様。

 

「貴方と結婚出来る日がどんどん近付いていると思うと、ヤバいと思っても心の中のちゅっちゅモンスターが抑えきれないのよね」


「結婚……」


 俺とアリシア様が結婚?

 でも、貴族と平民は結婚なんて……


「金騎士の称号を得て貴族になるまで、障害となる相手は残り5人。油断せずに、気を引き締めていきましょう」


 そうか、金騎士の称号まで到達すれば貴族の地位を得られるんだったな。

 だから俺は……金騎士を目指して、いたんだっけ?


「…………」


 頭がズキズキと痛む。

 何かがおかしい。俺は何か、大切なものを失っているような気がする。

 でも、それがなんなのか……どうしても思い出せない。


「グレイ?」


「アリシア、様……すみません。まだ少し、体調が優れなくて」


「あら、それは心配だわ。ワタクシが診てあげる」


 不安そうな顔で、アリシア様が俺の額に手を伸ばそうとする。


「アリシア様―!! どこにいらっしゃいますかー!?」


 と、そのタイミングで突然……大きな声が廊下から響いてきた。

 この声は……メイさんか?


「どうしたのかしら? ワタクシならここにいるわよ」


 アリシア様は露骨に不機嫌な顔で、部屋の扉を開いて外に顔を出す。

 すると、アリシア様を発見したメイさんが先程にも負けず劣らずの大声で叫ぶ。


「たたた、大変ですっ! あの、その!! とにかくすごく、すごい……めちゃヤバなんですよ!!」


「落ち着きなさい。冷静に事情を話して」


「は、はひっ……! えと、その……アリシア様とグレイさんにお客様が」


「お客? 悪いけど、グレイは体調が悪いからお引取りを……」


「いえ! それが無理なんです!!」


「はぁ? どうして……」


「だって! だってぇ……!」


 だんだんと涙声になり、トーンダウンしていくメイさん。

 何があったのだろうと、俺が上半身を起こすと。


「お引取りは出来ない。その理由は2つある」


 俺の真横から聞こえてくる少女の声。

 俺が驚きながら視線を向けると、ベッドの端に腰掛けながら両足をプラプラと揺らしている一人の少女の姿があった。


「1つはすでに入室してしまっているから」


「嘘、でしょ……? アナタは……!?」


 少女に気付いたアリシア様が、俺が今までに見た事のないような表情を見せる。

 怯えと畏敬の念を合わせたような……明らかに萎縮した表情。


「2つ目。この国でレイナは……父上を除けば4番目に偉いから」


 右手の指を四本立てて、レイナと名乗った少女はむふーっと鼻息を鳴らす。


「4番目に、偉い……?」


「勿論、存じております。王位継承権第3位……【金閃のレイナ】様……」


 俺の疑問に答えるように、アリシア様がレイナ様の正体を明かす。

 王継承権第3位という事は、ナザリウス陛下の……娘?


「ねぇ、アドルブンダの弟子……アリシア」


 そんな大物が突然、俺の部屋にやってきて何が目的なのか。

 緊張に包まれる室内。全員がレイナ様の一挙手一投足に神経を張り詰める中。

 彼女は、まるで俺達をランチにでも誘うような軽い声色で――


「レイナと継承戦、やろうよ」


 俺達に戦いを挑んできたのだった。


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 フォロワー数5000突破しました!四捨五入したらもう10000万ですよ!!

 皆様、本当にありがとうございます!!ありがとうございます!!

 まだまだ遠い道のりですが、書籍化へと近付けていると思います。

 美しいアリシア様のイラストを皆様にお見せるできるように、これからも頑張ります!!


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