第66話 だって我慢できなかったんですもの

【ヴォルデム魔導学院 保健室】


「ふんふふ~ん♪ スズハお姉ちゃんの尻尾~♪」


「まぁ、フランちゃん。面白いですか?」


「うんっ! もっと遊んで!」


 ヴォルデム魔導学院の保健室。

 さっきまで保険医の診察を受けていたフランチェスカ様は今、ベッドの上でスズハ様の尻尾を掴んで楽しげに遊んでいる。

 その姿は年齢相応の振る舞いであり、彼女の本性を知らない者からすれば普通の光景なのだろうが……


「先生、フランチェスカに何が起きたの?」


「……分からないわ。外傷もなければ、魔法の痕跡も見当たらない。ただ、彼女の性格が変わってしまったとしか……」


 保険医である初老の女性が、お手上げだと言いたげに首を横に振る。

 それを聞いて俺達もまた、肩を落として落胆するしかない。


「これまで、ファントムに襲われた生徒は全て私が診察したのだけれど。その全員が同じような症状なのよ」


 自分の力不足を痛感しているのか、保険医の先生は悔しそうに唇を噛む。

 眼の前で何人もの生徒がこんな目に遭っているのだから、無理もないか。


「困りましたね。まさかフランチェスカ様がファントムに襲われるなんて」


「まったく、イブはどこで何をしているのよ!」


「イブ? イブはね、今日はおやすみなの!!」


 イブさんの名前を出した途端、フランチェスカ様が瞳を輝かせる。


「最近ね、いっぱいっぱい働いていたから。たまには休んで欲しいなーって思ったの!」


「ふふっ、フランちゃんはお優しいんですね」


「えへへへへぇっ……♪」


 スズハ様に頭を撫でてもらって、ご満悦な様子のフランチェスカ様。

 いつもの小悪魔チックな態度はどこへやら。

その可憐な容姿と、純粋無垢な仕草も相まって……今のフランチェスカ様は本物の天使のようだ。


「……フランチェスカもバカね。継承戦が始まっているというのに、護衛の騎士を付けないで登校するなんて」


「学院は警備が厳重ですし、万が一の際には私達がいると油断していたんでしょうか」


 いずれにせよ、イブさんがいればこんな事にはならなかっただろうに。

 ファントムという奴は抜け目がないようだ。


「フランちゃん。ファントムについて何か覚えていますか?」


「ふぁんとむ? わかんなぁい!」


「さっき、誰かに襲われたりしませんでしたか?」


「んぅ?」


 一応、スズハ様がフランチェスカ様から手がかりを聞き出そうとしてくれているが、上手くいく気配はないな。


「それにしても、フランチェスカの生意気っぷりを盗んでどうするつもりなのよ。逆に可愛らしくなっただけじゃない」


「う~? 今の私、可愛いの?」


「ええ、可愛すぎて気色悪いくらいにね。貴方の元の性格を知らなければ、今すぐ頬ずりして全力で可愛がりたいくらいには」


「あはは……それに関しては俺も同意します」


 今のフランチェスカ様は本当に可愛い。

 各界に大量に存在するというフランチェスカ様のファン達が、今の彼女を目にしたら昇天してしまうんじゃないだろうか。


「先生、ルヴィニオン家にはすでに連絡を?」


「ええ、済ませてあるわ。じきに迎えが来るでしょうね」


「では、それまでフランチェスカをお願いするわね。スズハも、イブが来るまでは一応ここにいて」


「はい。フランちゃんといっぱい遊んでおきますね」


「うわーいっ! スズハお姉ちゃんが一緒だぁー!」


 キャッキャとスズハ様に懐いているフランチェスカ様。

 元に戻った時に記憶が残っていたら、悶絶もんだろうなぁ……。


「グレイ、調査に向かうわよ。ファントムが現れた今が、奴の手がかりを掴むチャンスですもの」


「はい、分かりました!」


 俺はアリシア様と一緒にファントムの残した手がかりを求めて、保健室から出る。

 フランチェスカ様の【生意気メスガキ】という個性を取り戻すためにも、一刻も早くファントムを捕まえないと!


【ヴォルデム魔導学院 フランチェスカの教室】


「……特に変わったものはありませんね」


 フランチェスカ様がファントムに襲われた教室は、今やもぬけの殻。

 本来、ここで授業を行うはずの生徒達は他の予備教室に移動したそうだ。


「フランチェスカが襲われた時、このクラスは魔法薬学の実験を行っていたらしいわ。あの子はその実験をサボって、この教室で暇を潰していた」


「そこをファントムに……くそっ!」


「落ち着きなさい。怒りは思考力を鈍らせるわ」


「……すみません」


「まだ一週間も時間があるんですもの。一歩ずつ、犯人に繋がる手がかりを得るのよ」


 こんな状況でもアリシア様は冷静だ。

 今朝、怒りに任せてアドルブンダ様を襲撃した人と同一人物とは思えない。


「ファントムの正体を突き止めるに当たって……大きな謎が2つあるわ」


「2つ、ですか?」


「ええ。1つはファントムがどんな手段で【個性】を盗み出しているのか」


 1つ目は手段。


「次に、ファントムはなぜ生徒の【個性】を盗んでいるのか」


 2つ目は目的。


「この2つの謎を暴かない限り、ファントムの正体は見破れないでしょうね」


「そうなると、必要になるのは過去の事件のデータですね」


これまでの被害者達の共通点や、事件に関するデータから何か分かるかもしれない。

まずはそこから詰めていくのが得策だろう。


「過去の事件に関する資料なら、お師匠様が持っているでしょうね」


「じゃあ理事長室に向かいましょうか」


「……」


 次の目的地が決まり、向かおうとしたところで。

 アリシア様が不意に俺の腕を掴んできた。


「……アリシア様?」


「ねぇ、グレイ……ちょっとだけ、いいかしら」


 ぎゅっと俺の体に抱き着いてくるアリシア様。

 俺はそんな彼女を抱き返しながら、その頬を優しく撫でる。


「どうしたんですか?」


「……こんな時にごめんなさい。でも、最近はずっと……二人きりになれずにいたから」


 言われてみれば、スズハ様がオズリンド邸で暮らすようになってからというもの。

 三人で行動する機会が多く、中々二人きりにはなれずにいた。


「ちゅー……したいの」


 アリシア様はむにむにとおっぱいを俺に押し当てながら、上目遣いにお願いしてくる。

 このお願いを断れる人間が、この世にいるのだろうか。

 いや、いるはずがない。


「もちろんですよ」


「グレイ!! ちゅっちゅー♡」


 俺に抱き着いたまま、アリシア様は背伸びをして俺の首筋に吸い付いてくる。

 そのままちゅっちゅとキスを繰り返し、俺の耳に口を寄せてきた。


「はむっ♡ かぷっ♡ ちゅるちゅるちゅー♡」


「あひぃっ!?」


 耳たぶを甘咬みしてから、チロチロと耳を舐めてくるアリシア様の必殺技。

 久しぶりに受けたが……これは、やはり一撃必殺の破壊力だ。


「んふふふっ……足がガクガクしてるわよ?」


 さわさわと俺の太ももを撫でるアリシア様。

 さらに彼女は自分の足をスカート越しに俺の股の間に差し込み、グリグリと俺の内股を刺激してきた。


「気持ちいいの? ねぇ、グレイ……もっとちゅーして欲しい?」


「は、はい……」


「どうしようかしら? 最近のグレイ……ちょっぴり浮気が目立つもの」


 アリシア様の人差し指が俺の胸をツツーッとなぞる。

 ヤバい、ヤバイヤバイヤバイ。

 ここのところ発散していなかったせいか、アリシア様の攻めが普段よりも激しい!


「……ん~? 悩ましいわねぇ」


「アリシア様……お願いですから」


「あはっ♪ お願いですって? そんなにワタクシとちゅーしたいのね」


「したい、です……」


「なら、シテあげる。でもその前に……グレイからもちゅっちゅして♡」


「……ちゅっ」


 俺は言われた通りにアリシア様の頬にちゅっちゅをする。

 するとアリシア様もすかさず、俺の頬にちゅっちゅを返す。


「ちゅっちゅ」


「ちゅちゅちゅ」


「「ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅっ♡」」

 

 もはや、唇同士以外……全ての場所が触れ合ったんじゃないかというくらいに、俺達は互いにちゅっちゅを繰り返す。

 もはや二人は完全に抱き合い、足も絡め合い……もはや1つの生命体となったかのように密着しながらちゅっちゅを行う。

 ああ、このまま溶け合ってしまいたい……そんな風にすら思える。


「……んふっ♡ 今日はこれくらいにしておきましょう」


 しかし、幸せな時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまうもの。

 アリシア様は名残惜しそうな顔で、俺から体を離す。


「愛のパワー充填完了よ。これで、ファントムだって捕まえられるわ」


「はい、そうでしょうとも!」


「ああん、でも……流石に激しくヤりすぎたわね。顔中がベタベタだわ」


「あははは、俺もです」


「顔を洗いに行きましょう。ついでにお化粧も直したいわ」


 至福のちゅっちゅタイムを終えた俺達は、廊下に出てお手洗いへと向かう。

 そして、男女別のトイレへと別れて入っていく。


「顔を洗ったら、後でメイクをお願いね」


「お任せください」


 この時、もしも俺が……ほんの僅かでも気を緩めなかったら。


「ふんふふ~ん♪ グレイとちゅっちゅ……あら? どうして【貴方】がここに……?」


「……」


「ハッ!? まさか、貴方が……ファント……」


「クククク……」


「きゃあああっ!?」


 洗面台で顔を洗っていた俺の耳に、アリシア様の悲鳴が届く。


「アリシア様!!」


 俺は素早く振り返ると、そのまま男女トイレを隔てる壁を蹴り破りながら女子トイレへと突入する。


「今の悲鳴は……っ!?」


 そこには、先程のフランチェスカ様と同じように……瞳を閉じたまま倒れているアリシア様の姿があった。


「アリシア様ぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺は慌ててアリシア様を抱き起こす。

 呼吸は……ある。特に外傷があるようにも見えない。


「……良かった。でも、まさか……」


 アリシア様の無事を確認し、俺が視線を上げた瞬間。

 俺は……女子トイレの鏡に書かれた文字を発見した。


「……『アリシア・オズリンド。その【ちゅっちゅモンスター】の個性はたしかに頂いた。魔怪盗ファントム』……だと?」


 つまり、アリシア様を襲ったのは魔怪盗ファントムという事か。

 そして、アリシア様のちゅっちゅモンスターの個性を奪ったと。


「うっ……グレイ?」


「アリシア様……無理はなさらないでください」


 俺はアリシア様を抱きかかえながら立ち上がる。

 まずは彼女を保健室に運ぶ事が先決だ。


「ファントム……」


 お前は許されない事をした。

 何が目的かは知らないが……お前は俺の前でアリシア様を襲った。

 俺の大切な女を襲いやがったんだ。


「てめぇは絶対にぶっ殺してやる……!」


 俺は保健室へと全力疾走で急ぐ。

 少しでも気を緩めたら、今にも爆発してしまいそうなほどの怒りと殺気を。

 必死に胸の中に抑え込みながら――



※グレイ君の殺る気スイッチがオンになりました




【魔怪盗ファントムの命日まで残り3日】




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