第65話 こんなの笑えないわよ……!
【ヴォルデム魔導学院 理事長室】
「うむ、今日もいい天気じゃなぁ」
雲ひとつない晴天の空を窓越しに眺めつつ、のほほんと紅茶を口にするヴォルデム魔導学院の理事長……アドルブンダ様。
天気の良い日はいつもこうして、窓際でお茶をするのが彼の趣味らしい。
健康的でとても素晴らしい趣味だと思うが……今日に限っては、その趣味が彼の命取りとなってしまった。
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「なぬっ!? ぶぇっ!?」
巨大な氷の塊が窓ガラスをぶち破り、アドルブンダ様の顔面へとクリーンヒットする。
相手が一般人なら、まず間違いなく死亡する一撃だ。
【ヴォルデム魔導学院 校舎玄関前】
「お師匠様!! なんてことをしてくれやがりましたの!?」
校舎の玄関入り口前で、怒りをあらわにしているアリシア様。
そう、彼女こそがアドルブンダ様を氷で狙撃した張本人……ヴォルデム魔導学院理事長殺人事件の犯人なのだ。
「アドルブンダ様……どうか安らかにお眠りください」
「これこれ、儂はまだ死んではおらんぞ?」
ひょこっと割れた窓から、額にデカいたんこぶを生やしたアドルブンダ様が顔を見せてきた。どうやらアリシア様は彼を仕留め残ったらしい。
「チッ……まだ息があったとは。ワタクシの腕もまだまだね」
「まぁ、大きいたんこぶ! 龍族の角みたいで面白いです!」
残念そうに舌打ちするアリシア様と、心底愉快そうに笑うスズハ様。
美少女二人の対照的なリアクション。
それを見つめる周囲の野次馬達によって、この場はもはや騒然としていた。
「お、おい……! 【氷結令嬢】が理事長様を襲ったぞ!」
「相変わらずイカれた女だ……! でも、隣にいる女性は……美しい」
「あの角と翼に尻尾……まさか龍族か?」
「嫌だわ、どうして獣風情がこの由緒ある学院にいるのかしら?
「ほんっと、獣臭くてかなわないわ」
あれこれ好き勝手に言いたい放題の野次馬達。
まぁ今さら、こんな低俗な連中にアリシア様が惑わされるわけもないが。
「グ、グレイ様……私、臭いですか?」
じわっと涙を目尻に浮かべ、クンクンと自分の匂いを嗅いでいるスズハ様。
ああ、この人はこういう耐性がほとんどないのか。
「大丈夫ですよ。スズハ様はとってもいい匂いですから」
「グレイ様……嬉しい♡ 私の色んな場所、くんくんしてぇ♡」
「はいはい、イチャつくのは後にして。今はあのクソジジイを問い詰めるのが先よ」
いつもならスズハ様に張り合ってくる筈のアリシア様が、ずんずんと不機嫌そうに校舎の中へと歩みを進めていく。
目指す先は言わずもがな、アドルブンダ様の部屋である。
【ヴォルデム魔導学院 理事長】
「……というわけでして」
理事長室に到着した俺達は、なぜアリシア様がこれほどお怒りなのかをアドルブンダ様に説明した。
一週間以内に【魔怪盗ファントム】を捕まえなければ、アリシア様の王位継承権が剥奪されてしまうという理不尽な命令について。
「ほっほっほっ!! ナザっちの奴、そんな事を言い出しおったのか!」
「笑い事じゃないんですのよ……!!」
話を聞いて大笑いするアドルブンダ様を見て、さらに怒りを増幅させるアリシア様。
もはや怒りによる魔力増幅でアリシア様の周囲の空気が凍りつき、小さな氷の粒がハラハラと落ちてきているほどだ。
「あーん、シロップを持ってくれば良かったです」
「スズハ様、氷をお皿に集めるのはおやめください」
アリシア様の生み出した氷をスイーツ感覚で楽しもうとするスズハ様を諌めつつ、俺はアドルブンダ様に本題を切り出す事にした。
「アドルブンダ様がナザリウス陛下に、ファントムの事件解決を依頼したのですか?」
「うーん。それについては半分だけ正解、と言っておこう」
俺の質問に対し、アドルブンダ様はどこか煮え切らない反応を返す。
半分だけってどういう意味なんだろうか。
「あら? それなら半殺しであればセーフですわね。それとも半分氷漬け?」
「お、落ち着かぬかアリシアちゃん! ここで儂を攻撃したところで、ファントムに関する有益な情報を失うだけじゃぞー!」
「…………それもそうですわね」
フッと、アリシア様の体から発せられていた冷気が消えていく。
あーよかった。これでようやく、落ち着いて話が出来るというものだ。
「あの、アドルブンダ理事長様……」
「そう固くならずともよい、ドラガンの妹のスズハちゃん。儂は美少女にはとことん甘い性格なんじゃ。それはもう美しければ美しいほどに」
「そうですか。では遠慮なく……おいこのヒゲジジイ!! 質問に答えやがれ!!」
いやいや、確かにスズハ様は世界最高レベルの美少女ですけども。
流石にそれは無礼すぎるんじゃ。
「んほぉー!! たまらんっ!! もっとおかわりをぷりぃずっ!!」
「いいのかよ……」
「……こほん。冗談はさておき、理事長様。例のファントムという怪盗はどのような人物なのでしょうか?」
「ふむ……【魔怪盗ファントム】はその名が示す通り、幽霊のように神出鬼没な奴でな。その正体に迫る手がかりは未だに一つも掴めておらん」
顎のヒゲに手を添えながら、アドルブンダ様はファントムに関する説明を始める。
「これまでに何度も警備を強化してきたのじゃが、奴はそれらを全てすり抜けて盗みを成功させておる」
「ヴォルデムの警備をいとも容易く……只者ではなさそうね」
貴族達の学校であるヴォルデム魔導学院のセキュリティは世界屈指だ。
そんな場所で何度も盗みを成功させるなんて……
「それで? ファントムって奴は今までにどんなものを盗んできたのかしら?」
「世間を騒がすほどの怪盗ともなれば、かなりのお宝なのでしょうか?」
「宝……か。形あるものであれば、まだ良かったのじゃがな」
アリシア様やスズハ様の質問で、表情を曇らせるアドルブンダ様。
今の言葉……いったいどういう意味なんだ?
「お師匠様、ちゃんと教えて。ファントムは何を盗むというの?」
「……うむ。お前達、心して聞くのじゃ。【魔怪盗ファントム】が盗むのは……」
「「「盗むのは……?」」」
「【個性】じゃ」
「「「………え?」」」
「奴は人の持つ【個性】を盗んでしまうのじゃよ!!」
「「「えええええーーっ!?」」」
アドルブンダ様の言葉に理解が追いつかず、俺達は全員同時に驚きの声を上げる。
と、ちょうどその直後であった。
「きゃああああああああああああああああっ!」
「「「「!!」」」」
校舎のどこからか、女性の甲高い悲鳴が響いてくる。
これはもしかして……
「いかん!! ファントムの奴が現れたのかもしれん!!」
「グレイ、スズハ!! 急いで向かうわよ!」
「「はい!!」」
俺達は素早く理事長室を飛び出すと、悲鳴が聞こえてきた方へと駆け出す。
当然、俺の足にアリシア様が付いてこられるわけがないので、俺はアリシア様をお姫様抱っこしながら走っている。
スズハ様は翼を使って器用に廊下の天井スレスレを飛行していた。
「ここか!!」
辿り着いたのはアリシア様よりも下の学年の生徒達が利用している教室。
たしかここは……フランチェスカ様が在籍しているクラスだ!
「さっきの悲鳴、もしかして!」
嫌な予感を覚えつつ、俺はアリシア様を床に下ろしてから扉を開く。
「……」
するとそこには……
目を瞑った状態で床の上に倒れているフランチェスカ様の姿があった。
「フランチェスカ!!」
アリシア様がフランチェスカ様に駆け寄り、彼女の具合を確かめる。
「……気を失っているだけみたい。怪我はないわ」
「ああ、良かった。でも、どうしてフランチェスカ様が気絶を……」
「う、うぅ……?」
と、タイミング良くフランチェスカ様が目を覚ます。
意識も戻って良かったと、俺達全員がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「アリシア姉様……?」
「ええ、そうよ。フランチェスカ、具合はどう?」
「……うん、平気だよ。わぁ、姉様に抱っこされてるー!」
目を覚ましたフランチェスカ様が、気持ちよさそうにアリシア様の胸に顔を埋めてスリスリと甘え始める。
その光景を見て、俺は勿論……アリシア様は強い違和感を抱いたようで。
「ちょ、ちょっとフランチェスカ。どういうつもりよ?」
「ふぇ?」
「何を企んでいるのか知らないけど、変な真似はよして」
あの腹黒生意気キャラのフランチェスカ様が、こうして甘えん坊ロリの猫かぶりをするのは……何も知らない相手だけだ。
自分の本性を知り尽くしている上にライバル視もしているアリシア様に対し、わざわざこんな真似をするのはおかしいのだ。
「……ひどい。どうして、そんなことを言うの?」
「へ?」
「私、こんなにもアリシア姉様が……大好きなのに……ふ、ふぇ、ふぇぇぇぇぇぇんっ!!」
泣き始めるフランチェスカ様。
よく嘘泣きやわざとらしい演技をする人ではあるが……この涙はどう見てもいつもの彼女とはちがう。
「アリシア、グレイ様……! アレを見てください!!」
「「……!!」」
その時、何かに気付いたらしいスズハ様が大きな声で叫ぶ。
そして彼女が指さしている黒板の方へ、俺とアリシア様が視線を向けると……そこにはこんな文言が書かれていた。
「なっ……!『フランチェスカ・ルヴィニオン。その【生意気メスガキ】の個性はたしかに頂いた。魔怪盗ファントム』だと!?」
それはまさしく、俺達が追いかけようとしている【魔怪盗ファントム】が残したメッセージ。
そしてそのメッセージによって、俺達が抱える一つの大きな謎が明かされる事となった。
「ぐすっ、ひっく……ずびっ、うぅっ……」
今、アリシア様の胸の中で泣いているフランチェスカ様は……ファントムによって個性を奪われた状態。
「……私、良い子になるから許してぇ……姉様ぁ」
つまり【生意気メスガキ】ではない……
ただのロリっ子フランチェスカ様なのだ。
【ネクストグレイズヒント】
・奪われたちゅっちゅ
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