第42話 貴方のお嫁さんになれればいいの

【魔導学院 中央階段下】


「アリシアさん! 大丈夫でしたか!?」


「グレイ! 殺されなかったか!?」


「ほっ……二人とも無事っぽいわね」


 アドルブンダ様の部屋を退室し、学院の出口へと向かう途中。

 ファラ様とマインさんの二人。そしてリムリス様が駆け寄ってきた。


「貴方達が庇ってくれたおかげよ。どうせ他の人達は、我関せずだったんでしょう?」


「は、はい。どう考えてもガドモン教授にも非があったのに……誰も」


「無理もありません。その、言いにくい事ではありますが……」


「ワタクシが嫌われ者なのは、重々承知しているわ。そんなワタクシが退学にでもなれば……とでも思っていたのね」


 そんな理由で、あのガドモンのセクハラ行為を報告しようとしなかったのかよ。

 アリシア様達のように素敵な貴族の方ばかりと知り合い過ぎて、そういうクズみたいな連中がいる事を忘れそうになっちまうな。


「それもあるけど、一番の問題はそっちの使用人じゃないの?」


「え? 自分ですか?」


「……アンタねぇ、初登場でいきなり騎士の手をぶっ壊すわ。教授の顔面をぶん殴って、地中深くまで叩き落とすなんて……みんなドン引きを通り越して恐怖しているわよ」


「うっ……!?」


「すっかり学院中がこの噂で持ち切り。あの【氷結令嬢】の飼い犬は、獰猛で凶暴なバーサーカーだって」


 リムリス様はそう説明しながら、俺の傍に近寄ってくる。

 そして右の拳で俺のお腹をゴツゴツと殴り、ボソリと呟く。


「アリシアの犬はアタシなんだから……! そこんとこ勘違いするんじゃないわよ?」


「は、はぁ……?」


 そういう問題じゃない、というか。

 そもそも、リムリス様の犬と俺の犬はまるで別物だと思うんですけど。


「犬の分際でワタクシのグレイに触れるんじゃないわよ」


「きゃいんっ!?」


 見かねたアリシア様がリムリス様を蹴りつける。

 そのまま倒れ込んだリムリス様の背中をヒールでグリグリと踏みつけながら、アリシア様はファラ様の方を向く。


「あひっ……ひぃんっ♡ もっとぉ、つよくしてぇ……♪ わぅーん!」


「ワタクシ達はこれから忙しくなりそうだから、今日は早退するわ。ファラ、色々と片付いたら……また一緒に授業を受けましょう」


「はい! 約束ですよ!」


「じゃあ、この駄犬は貴方に任せるわ」


「きゃうっ!?」


 最後のひと押しで、リムリス様のケツを蹴り飛ばすアリシア様、

 痛みと快楽でリムリス様は、ファラ様の前へと転がっていく。


「えーっと……私、アリシアさんみたいに出来るかな?」


「ちょっと! アリシア! ファラなんかにアタシを満足させられるわけないじゃない!」


「ファラ、なんか……? ふぅーん、リムリスさん。そういう事言っちゃうんだ」


「えっ?」


「土の精霊よ。地中に眠りし鉱鉄の鎖で獲物を捕らえたまえ」


 リムリスさんの言葉を聞いたファラ様の顔が無表情となる。

 そしてなんらかの魔法の詠唱を唱えた途端、床に浮かんだ魔法陣からジャラジャラと鎖が飛び出してきて……リムリス様の首に巻き付いた。


「ほごっ!?」


「大丈夫ですよ、リムリスさん。私ね、一度でいいから……アリシアさんみたいにやってみたかったんです」


「は、はぁ……?」


「ふふっ、怯えている顔も可愛い♪ あのね、前にリムリスちゃんが泣いて謝ってきた時に……なんだか、お股がムズムズしちゃって。その、下品なんだけど……生まれて初めてシちゃったの」


「な、何を言っているのよぉー!! アタシはアリシアの犬なんだからぁーっ!」


「……たぁっぷり、可愛がってあげる♡」


「いやああああああああああ! アリシア様ぁぁぁぁぁぁぁぁ! ご主人様ぁぁぁぁぁぁぁぁ! きゃうんっ! きゃいんきゃいーんっ!!」


 ファラ様に鎖を引っ張られ、ズルズルと引きずられていくリムリス様。

 わーお。まさか、ファラ様にあんな一面があったなんて。


「……マインさん。後はよろしくお願いしますね」


「あ、ああ。分かっている」

 

 マインさんは額に汗を浮かべ、苦笑しながらファラ様の後を追っていった。

 彼女がいれば、二人が一線を越えるような事は……多分ないだろう。


「くすっ……! ファラったら、まるで無邪気な子供ね」


「えー……もっとドス黒い何かを感じましたけど」


「まぁいいわ。ワタクシ達も早く行きましょう。継承戦の準備をしないと」


「あの、継承戦っていうのは……?」


「ああ、まだ説明していなかったわね」


 俺が質問すると、アリシア様は顎に指を当てながら説明を始めてくれた。


「継承戦というのはその名の通り、王位継承権の順位を賭けて争う事よ。でも、それだけだと……下位の者と戦うメリットが上位の者にはないでしょう?」


 言われてみればそうだ。たとえば20位の人が30位の人に挑戦されたとして。

 それで勝ったとしても、20位の人は何も得をしない。


「だからおおまかに、2つの制約があるの」


「2つ?」


「1つは……勝者側が敗者側から、なんでも好きなモノを奪う事が出来るの」


「へ?」


「お金。屋敷。土地。人間……文字通り、なんでもよ」


 そんな馬鹿な。それじゃあ……継承戦で負けた瞬間、屋敷を追い出されるような可能性もあるっていうのか。


「勿論、事前に相手から何を奪うかは宣言しておく必要があるわ。例えば今回の場合、貴方の罪状をチャラにするというのを提示するつもりよ」


「なるほど……でも、相手が何を願ってくるか」


「……そこに関してはすでに察しが付いているわ。あの男の考えそうな事はね」


「え?」


 もしかしてアリシア様は、ガドモンの甥っ子とやらを知っているのだろうか。

 いや、一応遠巻きに血縁関係はあるのだから……知っていてもおかしくはないが。


「なんであろうと、勝てばいいだけの話よ」


「そ、そうですね。じゃあ、残る1つの制約は?」


「自分より上位の者から申し込まれた継承戦は断れない、というものね。勝負をしたくないのなら、継承権を放棄するしかないの」


「そんな……!」


 いや、でも放棄出来るだけいいのかもしれない。

 そうしないと上位から一方的に継承戦を申し込まれ、ありとあらゆるものを失ってしまう事となる。


「そうやって、どんどん数を減らしていって。最後に残った10人で……【最終継承戦】を行う。それで優勝した者が……新たなリユニオール国王となるのよ」


 そう語るアリシア様の瞳に、ほんの僅かに不安が宿る。

 その10人に残らなければ……俺は貴族にはなれない。

 継承戦の戦いは恐らく、俺の想像をも遥かに越えているのだろう。


「国王の座なんていらない。ワタクシが欲しいのはただ一つ……貴方よ、グレイ。貴方のお嫁さんになって、幸せに暮らしたいの」


「はい。俺が欲しいのも貴方だけです」


「うん……えへへっ♪ 嬉しい♡」


 そっと俺の腕に抱き着いてくるアリシア様。

 あー……くそ、ここが人前でなければ今すぐにでも。

 いや、もうこうなったら仕方ない。


「アリシア様」


「ふぇ?」


「馬車の中で……ちゅっちゅしてもいいですか?」


「ほぁっ!? グレイが……ちゅっちゅしてくれるの?」


「はい。勿論、唇はナシですけど」


「……ちゅー?」


「ちゅー」


「ちゅちゅー、ちゅっちゅ?」


「ちゅーちゅ!」


「「ちゅっちゅー!」」


 もはや一秒だって我慢できない。

 俺とアリシア様は目に止まらぬ速さで、馬車置き場へと走り出すのだった。


【とある貴族の屋敷】


 ここはとある貴族の屋敷。

 その一室に置かれた椅子に腰掛けているのは一人の青年。

 彼が見つめているのは、投影水晶によって壁に映し出されている映像だ。


「やぁ、伯父上。この度はとんだ災難で」


『…………』


 映し出されているのは、全身をぐるぐる包帯巻きにされているガドモンであった。

 この二人は水晶を使って会話をしているのだが、いかんせんガドモンはこの有様。

 まともに喋る事も出来ずにいたのだった。


「伯父上、いけません。いけませんよ……」


『……っ』


 ガドモンは首をわずかにフルフルと揺らす。

 その瞳にはわずかに涙が溜まっているようにも見える。


「どうして彼女に手を出そうとしたのです? いくら彼女が美しいとはいえ、それはいけない」


『…………』


「彼女はボクのものだ。それなのに、こんなくだらないセクハラ行為……! 彼女の美に泥を塗るような真似を!!」


『っ!?』


「……ああ、許せない。ですが、貴方の愚かな行いでボクにもチャンスが巡ってきた。今の彼女はきっと、ボクの挑戦を受けてくれる」


 これまで、何度アリシアに継承戦を挑んでも。

 それなら継承権を捨てると言ってきたので、彼は困り果てていた。

 継承戦こそ、彼がアリシアを合法的に手に入れる事が出来る手段。

 いつか彼女の弱みを握り、勝負に持ち込む日をずっと待ち望んでいたのだ。


「伯父上。その功績に免じて……貴方を苦しみから開放してあげましょう」


『~~~~!?』


「ボクのアリシアに手を出そうとした罰。その身に受けると良い」


 青年が呟いた瞬間。

 映像の向こうで血飛沫が舞い、壁の映像が赤一色に染まる。


「……汚い花だ」


『グラント様。終わりました』


 映像の奥から、ガドモンとは異なる男の声が聞こえてくる。

 グラントと呼ばれた青年を守護する騎士……ジータスだ。


「ご苦労、さぁ戻ってきたまえ。君にはこれから働いて貰うよ」


『御意に』


「ふふっ、アリシア。もうすぐ、もうすぐだよ。この世界の誰よりも気高く、冷酷で、残忍な【氷結令嬢】。ああっつ! 早く君を抱きしめ、その妖艶な唇を奪いたい……!」


 狂気に満ちた笑顔で、アリシアへの想いを口にするグラント。

 だが、彼がそんなかませムーブをしているその頃。


【馬車の中 グレイとアリシア】


「ちゅっちゅっちゅっちゅちゅー!! グレイの首にちゅー!!」


「ちゅちゅちゅちゅっちゅちゅー!! アリシア様のほっぺにちゅー!! ダブルちゅー!」


「あんっ、ずるぅい! ダブルちゅーは反則だわっ!」


「ふっ、油断した方が悪いんですよ」


「もう……じゃあワタクシはトリプルちゅっちゅよ!」


「くっ!? こっちも負けません!」

 

「「ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅっ! ぺろぺろぺろぺろぺろっ!!」」


 アリシアとグレイの二人は、それはもうちゅっちゅ欲を満たしており。


「……あー、もうちっと給料さ、上がんねぇかな。こんなん、頭おかしなるで」


 馬車の御者さんは馬車の中から聞こえてくる声に、げんなりしていたという。

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