第36話 お、お化けなんて怖くないわよ
【夜中 妖刀の洞窟前】
最高の露天風呂をたっぷりと堪能した俺達は、イブさんの提案により……この街に伝わるという伝説の妖刀を探しに行く事となった。
「皆さん、この先が……妖刀の隠されている洞窟です」
そう言いながら、手に持ったランタンで絶壁の下を照らすイブさん。
するとそこには、地下の洞窟へと続く階段が存在していた。
「こんなものがあったのね。ちっとも気付かなかったわ」
「はい。昼間は溫泉の源泉が湧き出している場所なので……この階段そのものが沈んでしまっているんですよ」
「へぇ? それが夜中になると一気に溫泉が引くなんて、不思議ですね」
まさしく、伝説の妖刀を隠すには相応しい場所というわけか。
「なんでもいいから、さっさと入ろうよー。早く部屋に戻って、お兄さんと一緒におやすみしたーいー!」
「文句を言うなら、貴方だけ先に帰りなさい。これはグレイの為に必要な事なんだから」
「うっ……! だったら、フランちゃんも一緒に付いてく!」
「勝手にしなさい。でも、貴方に何があってもワタクシは守らないから」
「べーっ! 自分の身くらい、自分で守るもーん!」
湯上がりの浴衣姿で、いつもの軽い口喧嘩を始める二人。
しかしこうして同じ格好をしていると、ますます姉妹にしか見えないな。
「ふふっ……アナタ。子供達は仲がいいですね」
「イブさん……これは何の真似です?」
「いえ、夫婦気分に浸ろうかと」
いつの間にか俺と腕を組んでいたイブさんが、ニヤリと笑う。
うーん。前々から疑問だったんだけど、どうしてイブさんは俺にこんなにもアタックしてくるんだろうか……?
俺、イブさんに何かしたっけ?
※自白剤を投与された時に全力で口説いた事が抜け落ちている男
「あー! ずるいわよイブ! フランちゃんも抱き着いちゃうもんねー!」
「そうはいかないわ! グレイとくっつくのはワタクシよ!」
右腕をイブさんが。左腕をアリシア様が。
そして腰にがっちりとフランチェスカ様がしがみついた状態……
「ただただ、歩きづらい……!!」
でもまぁ、訓練用の重りの剣に比べたら軽いもんか。
「階段を降りる時は危ないので、しっかり掴んでいてくださいね」
「「「はーい!」」」
とりあえず三人の美少女達を体にくっつけたまま、俺は洞窟へと続く階段を降りていく事にした。
【妖刀の洞窟内】
昼間は溫泉で満たされているせいだろうか。
洞窟内は湿っており、時々ぴちょんと水滴が落ちる音がする。
「なんだか、雰囲気あるわね」
「はい。ランタンの光がなければ何も見えなくなりそうで……ちょっと怖いですね」
「あはっ、フランちゃんはこういうのだぁいすき!」
警戒する俺とアリシア様とは裏腹に、ケラケラと笑ってはしゃぐフランチェスカ様。
たしかにホラー好きの人には、こういうのは堪らないんだろうけど。
「ねぇねぇ、イブ。その妖刀っていうのは、どういう言い伝えがあるの? 折角だから聞かせて!」
「言い伝え、ですか」
「妖刀と言われるくらいですから、そういったエピソードがあるとか?」
「……べ、別にそんなもの聞く必要はないんじゃない?」
俺とフランチェスカ様がイブさんに質問するのに対し、アリシア様は俺の腕をぎゅっと掴んだまま首を小さくふるふると揺らした。
「あれぇ? もしかしてアリシア姉様、怖いの?」
「はぁ? そんなわけ、ないでしょ」
と、強がっているアリシア様だが。
俺の腕から伝わってくる彼女の鼓動はドクンドクンと凄まじい速さだ。
どうやら、アリシア様はお化けとか怪談の類が苦手らしい。
「うぉっほん。それは今から……100年前の事じゃった」
「「「じゃった!?」」」
「この街に、一人の若き刀鍛冶が住んでおったそうな」
なぜか突然、老人めいた口調で語り始めるイブさん。
いや、雰囲気はあるんですけどね。
「男は幼い頃からずっと。来る日も来る日も、家族以外の誰とも関わらず……刀を作り続けておったのじゃよ」
「……ひっ!? こっわぁー……」
「なんて暗い青春なの……!!」
「え? そういう反応になります?」
別にいいじゃないか。最高の名刀を作る為に人生を掛けた刀匠。
男としてはロマンを感じずにはいられないものだが。
「男は刀を打つ度に、いつも思っておりました。『あー……どうやったら童貞を捨てられるんだろ。刀鍛冶で汗をかくよりも、可愛い女の子と汗だくえっちしてぇ』……と」
うん。俺のフォローを返してくれよ。
「キモ」
「死ねばいいのに」
案の定、そちらの貴族女性お二人もドン引きである。
いやまぁ、童貞を捨てたい気持ちは俺も分かりますが。
「しかしそんな彼にもある日、転機が訪れました。なんと、彼好みの美しい女性剣士が、彼に刀の制作を依頼してきたのです」
「お?」
「制作する刀について打ち合わせを重ねる内に、二人は段々と意気投合していくようになりました。強く優しい美人剣士にすっかり惚れ込んだ男は、彼女の為に最高の刀を打って見せると決意したのです」
おお! 動機は不純かもしれないが、愛の為に頑張るのはいいぞ!
「何日も何日も、男は必死に鉄を打ち。己の命と魂を刀へと込め続けました。そうして出来上がった彼の刀は……まさしく究極の一本となったのじゃよ」
「それで、どうなったのよ……?」
「男は消耗しきった体で、女剣士の家に向かいました。自分の命はもう長くないかもしれない。しかし、せめてこの刀を……彼女に渡したい。俺の代わりに、この刀で彼女の命を守りたいと!」
「刀鍛冶さん……!」
「ちょっと、プレゼントとしては重たくない?」
「グレイからだったらいいけど、それ以外の男からなら最悪だわ」
あれぇ? 女性陣からの好感度がどんどん下がっていってるぞ。
「そして男は女剣士の家に到着し、その扉を叩きました。すると……中から出てきたのは、衣服をはだけさせ、髪が少し乱れている女剣士」
「「「え?」」」
「女剣士は言います。『あっ、ごめんねこんな格好で。今ちょっと彼氏が来ているから……あっ、そうそう。例の刀の剣なんだけどやっぱりキャンセルできない? 彼氏がね、新しい刀を買ってくれるっていうの! もう嬉しさのあまり、すっかり盛り上がっちゃって……!』と」
「「「…………」」」
「すでに限界だった男は、女剣士の言葉を聞いた後に倒れて死にました。そして、その手に握りしめていた刀は……男の供養の為に、この洞窟に葬られたのです」
「な、なんて可哀想なんだ……!!」
俺はお前に同情するぞ、刀鍛冶さん!
男が生涯を掛けて、愛しい人の為に頑張る気持ち……分かる!
「勘違い男が、勝手に死んだだけじゃない」
「つーかさぁ、美人相手なら彼氏がいるかどうかくらいチェックしときなよー」
「あれぇ?」
やっぱりアリシア様とフランチェスカ様からの評価は低い。
男と女で、こうも受け取り方が異なるとは。
「とまぁ、そういう逸話です。ちなみに、妖刀と言われるようになった理由は……その刀からは夜な夜なすすり泣くような声が聞こえてくるんだとか」
「死んでからも女々しい奴ね」
「なーんだ、つまんない。てっきり、人の生き血をすするとか、そういう系かと思っていたのにぃっ!!」
さっきまであんなに怯えていたアリシア様も、今ではもはやケロっとしている。
そういう意味では、この怪談にも意味が……
『う、うぅっ……なんでそんなに酷いことを言うんだぁ』
「「「「!!」」」」
と、その時。
どこからともなく、聞き慣れない男の声が響いてくる。
『オラは……本気で彼女を愛していたんだぁ。十四回は目が合ったし、七回はオラの方を見て微笑んでくれたし……惚れても仕方ねぇべさ』
「これは……刀鍛冶の霊!?」
目の前の空間にぼんやりと、青い人魂のようなものが浮かぶ。
声はこの人魂から発せられているらしい。
『だからオラは女を憎む。モテねぇ男をその気にさせて、勘違いさせる美人はみんなぶっ殺してやるだ……!』
「刀鍛冶さん……もうやめるんだ!気持ちは痛いほどに分かる!」
『分かる……?分かるだとぉ!?』
その途端、青白かった人魂がボウッと赤く燃え上がっていく。
『ふざけるでねぇ!!こげなめんこい女をわんさか引き連れて!薄暗い洞窟の中で乱交ぱーちぃーでもおっぱじめるつもりなんじゃねぇのか!?』
「そ、そんなわけないでしょう!!」
「あら、クソ非モテ童貞幽霊のくせに悪くない提案ね」
「発想は鬼キモいけど、お兄さんとのプレイはそそられるかも!」
「初体験が心霊スポット……しかも野外だなんて。ああっ、それはそれで……イイです」
「ちょっとぉ!?」
ただでさえ怒り狂っている幽霊さんに、そんな煽るような事を言っちゃマズイ。
『……ゆ、許せねぇ。そこの男……呪い殺してやるだ!!』
「えええええ!?」
ブチギレた様子の人魂が、俺の方へと突っ込んでくる。
しまった。完全に虚を突かれて、回避が間に合わ……
『死ねよやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
「誰を、呪い殺すですって?」
『ほぎっ!?』
しかし、人魂は俺に届く前に……カキーンと凍りつく。
横を見るとアリシア様が、感情を失った真顔で右手を前に突き出していた。
『…………』
コテンと、地面に落ちた氷漬けの人魂。
それを、靴を履いた小さな足がガッと踏みつけた。
「フランちゃんのお兄さんを殺すぅ? あはははははっ! 面白い事を言うお化けさんだねぇ?」
ガッ、ガッ、ガッ!
何度も何度も、人魂を踏みつけるフランチェスカ様。
最後にはグリグリと地面に擦り付けるように踏みにじるおまけ付き。
「……」
しかし、氷漬けの状態でもまだ動けるのか。
人魂はぷるぷると振動していた。
それを見て、イブさんが人魂の前にしゃがみ込む。
「人魂さん。これが何か分かりますか?」
イブさんが胸元から取り出したのは、ガラス製の小瓶だった。
中には何かグロテスクな色をした液体が入っている。
「……」
「ほら、試しにこちらの石にかけてみましょう」
そう言って、蓋を外した小瓶を傾けるイブさん。
垂らされた液体が、地面に落ちていた小石にかかった瞬間。
「!!」
ジュワァァァァァッ! と、凄まじい煙を放ちながら小石がドロドロに溶けていく。
どうやらアレは、物体を溶かす酸か何かなのだろう。
「凍るという事は物質が存在するという事でもある。質量があるなら……殺せるはずですよね?」
『…………』
地面に転がる氷人魂がガタガタガタガタガタと激しく振動する。
しかし、この場の誰も彼に手を差し伸べはしない。
「一つ教えてあげる。貴方の過去も、恨みも、憎しみも。正直、ワタクシ達にとってはどうでもいいの」
「貴方がこの世から完全に消えて無くなっちゃう理由は……とってもシンプル!」
「私達のグレイ君に危害を加えようとした。ただ、それだけの事です」
『ピギィィィィィィィィィィィィィッ!!』
小瓶の中身が全て、人魂に掛けられる。
アレは刀鍛冶の魂なのか、それとも怨念なのか。
いずれにしても、決して幸せに成仏出来たわけではなさそうだ。
「……彼が来世ではきっと、童貞を捨てられますように」
確かにろくでもない人だったかもしれない。
だが、そんな奴でも……せめてたった一人、俺くらいは祈ってあげよう。
そう思い、俺は両手を合わせるのだった。
「あら? ねぇ、あそこを見て!」
「わわっ!! 何か光ってる?」
「本当だ。もしかしてアレが……」
人魂の消滅とともに、洞窟の奥から光が溢れてくる。
どうやら、アレこそが伝説の妖刀のようだ。
「多分、あの人魂を消して呪いも解けたでしょうし。さっさと持ち帰りましょ」
「なんだか湯冷めしちゃったー。ねね? もう一回溫泉に行こうよ!」
「そうですね。なんだか気持ち悪い人魂のせいで、嫌な汗をかきましたし」
「あははは……」
女性が三人いると姦しいとはよく言うが。
彼女達に限っては、逞しいと言う方が正しいのかもしれないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます