第5話 ワタクシとダンスを【後編】
「ふ、ふざけるんじゃないわよ! どう考えても、さっきのは罵倒だったわ!」
「……」
リムリス様は憤慨している様子だが、ファラ様だけはどこか疑うような眼差しをこちらに向けてきた。
俺はそのチャンスを逃さないよう、ファラ様に問いかける。
「ファラ様。そのお召し物や化粧は、ひょっとしてご自身で選ばれたものではなく……リムリス様に勧められたものでは?」
「え? ええ……そうです、けど」
「っ!?」
「そして、今回のような揉め事は一度や二度ではない。アリシア様以外の方からも非難を受けて、リムリス様に慰めて頂いた事があったのでは?」
「ど、どうしてそれを……あっ!」
ここまで言えばファラ様も気付く。
いや、薄々と気付いてはいたが……認めたくなかったのだろう。
「……アリシア様は貴方様をお救いしようとしたのです。そして、ファラ様の持つ本来の魅力を引き出すために……買い物へと誘いたかった」
ただでさえ素直になれないアリシア様だ。
だからあんなにも高圧的な物言いになってしまったわけだが、それでも構わなかったのだろう。
ファラ様が、リムリス様に勧められている格好が異常だと気付けばいい。
そうすれば今後、『引き立て役』として利用される事は無くなるのだから。
「ふ、ふざけないで! 黙って聞いていれば、人を悪者みたいに……!」
しかし、ここで黙っていられないのがリムリス様だ。
それも当然だ。今までひた隠しにしてきた自分の浅はかな企みを公衆の面前でバラされたのだから。
「悪いのはどう考えてもアリシアでしょ! 今まで、その子がどれだけ多くの人間を傷付けて来たか知ってる? 素直になれないとか、そういう問題じゃないのよ!」
「…………」
「アリシアは嫌われ者! その子がいるだけで、みんなの気分が悪くなるの! 今さら、いい子ぶったところで……誰も味方する奴なんかいないんだから!」
勝ち誇ったように叫ぶリムリス様。
浅ましい偽善者の仮面が剥がれ落ちた彼女の姿は見苦しいが、周囲の貴族達にとっては納得出来る発言であったようで。
「たしかに……とてもじゃないが、信じられない」
「どうせ、また何か企んでいるんだろう?」
貴族達がこれまでに抱いてきた憎悪や嫌悪が、アリシア様に突き刺さる。
それでも。こんなにも四面楚歌な状況においても。
アリシア様はその気高い表情を崩す事なく、まっすぐに前を見据えていた。
だから俺も……そんな彼女の使用人として、決意を示さなければならない。
「味方なら、俺がいますよ」
「……ハァ?」
「これから先、何があろうとも! 俺がアリシア様の本当の想いを皆様に届けます! そして必ず、アリシア様が【氷結令嬢】ではないと証明してみせる!」
たかが一使用人の啖呵を受けて、周囲のどよめきが一層激しくなっていく。
それでも俺は……!
「もういいわ。そこまでよ、グレイ」
「アリシア様!? ですが……!」
「身の程をわきまえなさい。これ以上、この場を乱せば……ワタクシだけではなく、オズリンド家の恥になると分かりませんの?」
「っ!? も、申し訳ございません」
アリシア様の叱責で、俺の頭に上っていた血が一気に下がっていく。
俺は……なんて事をしてしまったんだ。
「……皆様方、この度は失礼しましたわ。ワタクシ達の事は忘れて、後はごゆっくりと舞踏会をお楽しみくださいますよう」
そう高らかに宣言して、アリシア様はくるりと踵を返す。
そのまま出口へと向かって歩き出した彼女を、俺は慌てて追いかけていった。
【とある侯爵邸 正門前】
「大変申し訳ございませんっ!」
会場を後にしてすぐに、俺はアリシア様に土下座で謝罪を行う。
思い返せば、使用人をクビになるのは当然として、命だって奪われてもおかしくないほどの振る舞いをしてしまったのだ。
「全く。ワタクシに恥をかかせるなと言っておいたのに……」
「……っ!」
「貴方、掃除係の分際で生意気よ」
地面に額を擦り付けている俺に、アリシア様の顔は見えない。
すごく怒っているのか。それとも呆れているのか。
いずれにしても、もう二度と俺はアリシア様と普通の会話を交わせないだろうと……思っていた。
「だから……そうね。これからはワタクシ自ら、使用人としての作法を叩き込んであげるわ」
「……へ?」
驚きのあまり、俺は顔を上げる。
するとそこには、俺の顔を覗き込むようにしゃがみ込むアリシア様の姿があった。
「……聞こえなかったの? 今からは常にワタクシの傍に仕えなさい」
「えーっと。掃除係をやめて、お嬢様専属の使用人になれという事ですか?」
ちょっと回りくどいアリシア様の言葉を俺なりに噛み砕いて聞き返すと、彼女の顔はみるみると真っ赤に染まっていき……。
「~~~~~~っ! そうよ!? 悪い!?」
「いえっ! とんでもございません!」
余りの剣幕に驚いた俺は、素早く立ち上がって姿勢を正す。
それに満足したのか、アリシア様はコクリと頷く。
「いい心がけね。それじゃあ……私のモノとなった貴方に、最初の仕事を与えるわ」
そう呟いて、アリシア様が俺の前に左手を差し出してくる。
その意図が分からずに俺が困っていると、アリシア様は唇を尖らせた。
「んっ」
「はい?」
「んーっ!」
「いえ、ですから……」
「……貴方のせいで、今夜は誰とも踊れなかったでしょう?」
「そ、そうですね」
「だから……迎えの馬車が来るまでの間。貴方が相手を努めなさい」
「いぃっ!?」
いやいやいや! いきなり言われても困る!
これまでの人生で踊った事なんて、ただの一度も無いんだぞ!?
「あら、踊れないの? それなら、適当に合わせなさい」
「しかし……」
「グレイ。ワタクシ、二度も同じ事を言うのは大嫌いよ」
「……はい」
俺は観念して、アリシア様の手を取る。
【氷結令嬢】という異名とは裏腹に、その柔らかな手はとても温かい。
「ステップには期待しないわ。せめて、ワタクシの足を踏まないように気を付けて」
「が、頑張ります……」
侯爵邸から微かにだけ漏れてくる音楽。
雲の切れ間から差し込む、わずかばかりの月明かり。
観客なんて誰もいない……ただ二人きりのダンス。
「う、うぅっ……? よっ、ほっ……はっ!」
そのあまりにも不格好で、情けないへっぴり腰のダンスを見れば……きっと多くの人が笑いものにしてしまうだろう。
だけど、今夜の俺は世界中の誰よりも幸せだったに違いない。
なぜなら――
「ふふっ……なぁに、それ? もうちょっと頑張りなさいな」
この美しすぎる笑顔を、独り占めする事が出来たのだから。
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