第4話 ワタクシとダンスを【前編】

【オズリンド邸 ディランの書斎】


「え? アリシア様とご一緒に舞踏会へ?」


 ある日突然、俺を呼び出したディラン様はそんな言葉を告げてきた。


「うむ。実は今晩、とある侯爵の屋敷で舞踏会が開かれる。そこへアリシアを参加させようと思っているのだ」


 なるほど。

 舞踏会なら、社交場を出禁になっているアリシア様でも参加出来るというわけか。


「社交会への復帰へ向けて、少しでもリハビリをしておかんとな。そこでお前には、アリシアが問題を起こさないように見張りを任せたい」


「勿論お引き受けしますが……しかし、なぜ私を?」


「お前は使用人達の中でも唯一、アリシアを嫌っていな……いや、なんでもない。とにかく、今晩はよろしく頼むぞ!」


「かしこまりました!」


 貴族の舞踏会なんて恐れ多いが、アリシア様と一緒にいられるのなら嬉しい話だ。

 精一杯、お役に立てるように頑張ろう。


【とある侯爵邸 ダンスホール】


 アリシア様と共に馬車に乗り、オズリンド邸を出発してから数十分後。

 到着した侯爵邸に足を踏み入れた俺が目にしたのは――


「わぁ……」


 生まれも育ちもド平民である俺が、初めて目にする貴族達の舞踏会。

 それはまさに、おとぎ話の中に存在するような夢の世界だった。

 美しい服装に身を包んだ美男美女達が優雅な振る舞いで談笑し、俺達とは別次元の存在であるという事をこれでもかと見せつけてくる。

 俺の命よりも値打ちのある宝石飾り。匂いだけで満足出来そうな高級料理。

 使用人として来ている俺でも、この雰囲気に気圧されてしまいそうになる。


「……ふん。騒々しい場所ね」


 だが、そんな異世界の中であっても……アリシア様の態度は変わらない。

 いつもの毅然とした高圧的なオーラを纏い、その美しさを際立たせている。


「グレイ。馬車の中でも言いましたけれど、くれぐれもワタクシの使用人として恥じない行動を心がけなさい。いいわね?」


「は、はいっ!」


「……ほら、付いていらっしゃい」


俺に釘を差してから、平然と会場の中央を突き進んでいくアリシア様。

  

「お、おい……! あそこにいるのって……」


「ああ、間違いない。オズリンドの一人娘だ」


「【氷結令嬢】がどうしてこんな場所に……?」


 そんなアリシア様の姿は、あっという間に会場中の視線と関心を集める。

 いや、その振る舞いのせいではない。

 この場にいる貴族達の中でも、間違いなく一番だと言えるその美貌。

 他者とは一線を画す気高い美しさが、周囲の目を引き寄せているんだ。


「あらぁ、誰かと思えば……アリシアじゃない」


「え、えっとぉ……」


 と、その時。二人組の若い貴族女性が、アリシア様に話しかけてきた。

 とても派手な化粧とドレスを着た気の強そうな女性と、どこか奥手に見える……素朴な雰囲気の女性だ。


「リムリス、ファラ……」


「貴方みたいな嫌われ者が、この舞踏会に何の用かしら?」


 クスクスクスと笑っている方がリムリス様。

 その後ろで引き攣った笑みを浮かべているのがファラ様……だろうか。


「……ファラ、貴方は相変わらずね」


「ひっ!? ア、アリシア様……!」


「なんて酷い格好。田舎者丸出しでセンスの欠片も無い。そんなメイクとドレスで舞踏会に参加するくらいなら、ワタクシは死を選ぶわ」


「そんな……!」


 リムリス様の言葉を完全にスルーしたアリシア様は、なぜかファラ様に厳しい言葉をぶつけ始める。


「もし良かったら、私の行きつけの仕立て屋を教えてあげましょうか? そうすれば、今よりも遥かにマシな格好になれるわよ?」


「う、うぅっ……! 酷い……あんまりです……!」


 アリシア様の言葉を受けたファラ様はその場で泣き崩れる。

 それを受けて、リムリス様が怒りの表情を見せた。


「なんて事を言うのよアリシア! 貴方にファラの何が分かるの!? この子にはこういう格好が似合っているんだから!」


 そんな猛反論に、周囲で見守っていた野次馬達も同調を始める。

 明らかにアリシア様を責めるような視線で、彼女への避難を囁き出した。


「公衆の面前で恥をかかせるなど、とんでもない女だな」


「血も涙も無いとは聞いていたが、人を侮辱して顔色一つ変えないとは……」


「まさしく【氷結令嬢】の異名通りだ」


「こんなものを見せられるなんて、不愉快だわ……!」


 アリシア様がファラ様へ向けた言葉によって、舞踏会にいる多くの人間が彼女を責め立てようとしていた。


「ぐすっ……ふぇぇぇん……」


「もう行きましょう! ファラ、誰がなんと言おうと、私は貴方の味方よ」


 泣きじゃくるファラ様の背中を優しく撫でるリムリス様。

 その表情はまるで、自分の行動に酔っているかのように……とても楽しげで。

 言うなれば、勝ち誇っていると言った感じ。


「……そうか」


 俺はそれを見た瞬間、全てを理解した。

 なぜ、アリシアお嬢様がファラ様にあんな言葉を言ったのか。


「ひっく、ひっく……嫌い……嫌いです、アリシア様! もう二度と、私に話しかけないでくださいまし……!」


「……ふんっ。好きにすればいいじゃない」


 ファラ様はアリシア様を恨めしげに睨み、去ろうとする。

 もしも、このまま彼女を行かせたら……その誤解を解く機会は訪れないだろう。


「お待ち下さいっ!」


 気が付けば、俺はそう叫んでいた。

 その瞬間。この会場の誰一人として気にも止めていなかった平民の使用人が、一気に注目を集める事となる。


「グレイ……!?」


「いきなり何よ? 使用人の分際で、どういうつもり?」

 

 俺に呼び止められたリムリス様が、不愉快そうに俺へと視線を向けてきた。

 しかし、その程度で怯んではいられない。

 俺はまず非礼を詫びるようにして頭を下げる。


「申し訳ございません。しかし、どうしてもお伝えしたい事がありまして」


「お伝えしたい事?」


「はい。失礼ながら、この場にいる皆様は……アリシア様を誤解なさっています。ですから、その誤解を解く機会を頂ければと」


「「「は?」」」


 俺が呼び止めた二人に加えて、俺の隣のアリシア様も揃って首を傾げる。

 それでも構わず、俺はさらに言葉を紡いでいく。


「アリシア様はとても心優しい方なのですが、どうも素直に本心を打ち明ける事が苦手でして。ですから、私がその真意を補足いたします!」


「ちょ、ちょっとグレイ!? 何を言い出すの!?」


 慌てた様子でアリシア様が俺の腕を掴む。

 しかし、もはや俺は止められない。


「先程、ファラ様に向けた『なんて酷い格好。田舎者丸出しでセンスの欠片も無い』という言葉ですが……アリシア様はこう仰っしゃりたかったのです。『貴方は可愛いのだから、もっと素敵なドレスを着た方が似合うに決まっている』……と」


「「はぁっ!?」」


「そして続く『もし良かったら、私の行きつけの仕立て屋を教えてあげましょうか?』という言葉。これは『今度一緒にお買い物に行きたいのだけど、誘ってもいい?』という意味です!」


「「はぁぁぁぁぁぁっ!?」」


「全ては、ファラ様をお買い物に誘おうとして、素直になれずに失敗した結果!」


「~~~~っ!」


 アリシア様は動転しているのか、口をパクパクとさせながら小刻みに震えている。

 どうやら、俺の読みは当たっていたようだ。

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