【書籍版発売中】氷結令嬢さまをフォローしたら、メチャメチャ溺愛されてしまった件(Web版・バトル仕様)
愛坂タカト
第1話 この料理を作ったのは誰ですの?
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本作は途中からバトル要素が出てくるWeb版となります
ガガガ文庫様から発売中の書籍版はイチャラブ要素メインとなりますのでご注意を!
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「シェフを呼びなさいっ!」
心地よい音楽に包まれた、きらびやかな装飾のパーティー会場。
楽しげに談笑する貴族達の会話を切り裂くように一人の女性の怒声が響き渡る。
「早くしなさい! この料理を作ったシェフよ!」
一枚の皿を右手に持ちながら、声を荒立てている人物の正体。
それは、俺が仕える屋敷のご令嬢アリシア・オズリンドである。
きめ細やかな金髪のロングヘアをロール結びにし、バラの髪飾りを付けている彼女は……美男美女が集まる貴族達の社交場に置いても一際目立つ美貌の持ち主だ。
「うわっ……出たよ」
「またオズリンドの令嬢か……」
しかし、そんな美しい彼女の周りには誰もいない。
それどころか、周囲の貴族達は彼女の事を恐れるような瞳で見つめるばかり。
「怖いわ……いつものアレでしょ?」
「以前もシェフを呼び付けて、散々こき下ろしていたのよね」
「そのせいで、優秀なシェフが何人も辞めているっていうのに……」
「流石は魔王のように冷たい心を持つという【氷結令嬢】だわ」
ざわざわと、アリシアお嬢様の噂を口にする貴族の方々。
そう。彼女はそのあまりに高圧的な言動から、【氷結令嬢】の異名で呼ばれている……まさしく、社交界における【悪役】なのであった。
「ア、アリシア様! 私が、本日のご料理を担当させて頂きましたシェフです……」
そして、そんなアリシア様に呼び付けられたシェフが、まさに顔面蒼白といった様子で震えながら駆け込んでくる。
どんな文句を言われるのか。自分がどれだけ酷い目に遭わされるのか。
怖くてたまらないといった様子だ。
「そう……貴方ね。全く、こんなものをワタクシに食べさせるなんて……どういうつもりなのかしら?」
「あっ、えっ……?」
「信じられないわ。貴方、覚悟は出来ているんでしょうね?」
キッと、アリシア様の炎のように紅い瞳がシェフを射抜く。
それを受けたシェフは、涙を流しながらその場で両手両膝を突いた。
「も、申し訳ございませんっ!」
頭を床に擦り付け、懸命に謝罪するシェフ。
その光景を見て、周りのヒソヒソ声はさらに激しさを増していく。
「まぁ……酷い。あの料理、とても美味しかったのに」
「ちっともケチを付ける部分なんて無かったわよね?」
「どうせシェフを虐めたいだけなのよ。あの女は悪魔の生まれ変わりに違いないわ」
「……っ」
そんな声は、もちろんアリシア様の耳まで届く。
しかし彼女は何も言い返さず、土下座をするシェフを見据えたままだ。
はぁ……やっぱり、ここは俺の出番のようだ。
「皆様! 少々、よろしいでしょうか!」
今までの一連の騒動を会場の隅で眺めていた俺は、アリシア様の傍へと駆け寄ってから大声で叫ぶ。
「私はアリシアお嬢様の使用人、グレイと申します。僭越ながら、不器用で言葉足らずなお嬢様に代わり……そのお言葉を通訳させて頂きます!」
「なっ!? だ、誰が不器用で言葉足らずよ!?」
途端にざわつき始めるパーティー会場。
加えて、不満げなアリシアお嬢様が俺の肩を掴もうとしてくるが……
「アリシア様は黙っていてください」
「ふぎゅっ!?」
俺がヒジでお腹を軽く小突くと、途端に大人しくなった。
「ええ、お嬢様はシェフの料理を責めるつもりで呼び出したわけではございません」
「おい、使用人。貴様は何を言っている?」
「そうだ! 我々は彼女がシェフを責める言葉を聞いたぞ!」
俺の言葉に真っ向から反論してくる男性貴族達。
まぁ、そう思われるのも無理はない……よな。
「違います。『こんなものをワタクシに食べさせるなんて……どういうつもりなのかしら?』という言葉の本当の意味は……」
「「「「「……」」」」」
「『こんなにも美味しい料理を食べさせてくれて、ありがとう』です」
「「「「「はぁ?」」」」」
会場内の貴族達、その全員が目を丸くして声を揃える。
俺はそれに構わず、解説を続けていく。
「その後の『貴方、覚悟は出来ているんでしょうね?』という言葉は『貴方をうちの屋敷で召し抱えたいのだけど、どうかしら?』と言いたかったんです」
「「「「「はぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」」
とても貴族のものとは思えない驚愕の叫び。
誰一人として、俺の言葉を信じていない様子だ。
「ふざけるな! そんな言い訳が通用とするとでも!?」
「どう考えても、そうはならないだろう!?」
そりゃあそうだ。
アリシア様の捻くれた言葉を真に理解出来るなんて、この広い世界を探しても……俺くらいだろうからな。
「証拠ならございます。こちらを御覧ください」
俺はそう言って、先程までアリシア様が食事をしていたテーブルを指差す。
「今回のパーティー。一つのテーブルに付き、五人分の料理が用意されていました」
「ああ、そうだな。だが、それがどうした?」
「ですが、友達のいないアリシア様はずっと一人でこのテーブルを使用していました。だというのに、テーブルの上には空の皿しかございません」
「あら、本当だわ! でも、誰が……」
「アリシアお嬢様ですよ。お嬢様はこの料理のあまりの美味しさに、たった一人で五皿もペロリと平らげてしまわれたのです」
「むぅっ……!」
顔を真っ赤にしたアリシア様が、俺の背中をぽかぽかと叩いてくる。
しかし、そんな程度で俺の言葉が止まる事は無い。
「どうです!? よくご覧ください! コルセットで締められたアリシア様の腹部は今にもはち切れんばかり! これこそが料理に満足していた何よりの証拠!」
「「「「「た、たしかに……!!」」」」」
「はぅっ……!」
赤い華やかなドレスのせいでパッと見では気付きにくいだろうが、常に傍にいる俺には丸わかりだ。
「で、では……? 私は……?」
「はい。もしよろしければ、オズリンド家での採用をご検討頂けないでしょうか? 条件などに関しましては、また後日」
シェフに手を貸すと、彼は先程までとは打って変わって笑みを浮かべて立ち上がった。それから、アリシア様の方へと向き直ると。
「私如きの料理を、そこまでお気に召して頂けるとは光栄でございます」
「……ふんっ。感謝されるような事でもないでしょう?」
両腕を組んだまま、ぷいっとそっぽを向くアリシア様。
「『貴方は素晴らしい料理を作ったのだから、称賛されるのは当然でしょう』と言いたいようですね」
「グレイっ!!」
「は、はははっ……いやはや。私も長くこの会場で勤めておりますが、貴族の方から直接お褒めの言葉を頂いたのは初めてでして」
シェフはアリシア様に頭を深く下げると、今度は俺の方を見る。
「アリシア様は良い使用人をお持ちのようだ。くれぐれも、お大切に」
「そんな事、貴方如きに言われるまでもありませんわ」
アリシア様はそう答えると、胸元から派手な扇子を取り出して口元を覆う。
それから、くるりと踵を返して……ツカツカと会場の出口へと歩き出した。
「帰るわよ、グレイ。今夜のパーティーはそれなりに満足したわ」
「はい、かしこまりました」
俺達を囲んでいた貴族達はアリシア様に道を譲るようにして左右に分かれていく。
そんな道を進みながら……アリシア様はボソリと。
俺にだけ聞こえる程度の小声で呟いた。
「……ありがとう。貴方がいてくれて、ワタクシは本当に幸せ」
それから彼女はほんの少しだけ扇子をズラして、俺以外の誰にも見せる事の無い可憐な微笑みを見せてくれる。
「これからもずっとずっと、ワタクシの傍にいてくれないと……許さないわよ?」
ああ。これだから、俺はこの人の使用人をやめられないんだ。
そう……全てはあの日。
初めてアリシア様の素顔を知った時から、俺は――。
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