第2話

「もう、またケガしたの。今度はどうしたの?」

 

 あちこち擦りむいた場所を消毒してくれながら、さゆり先生は呆れたように聞く。


「今度は鉄棒の上を走ってみたのよね」


 俺が答える前に俺の後ろに立っているみさとがそう答えた。


「なんでそんな無茶を」

「ほんと、今度こそ頭打って死んだかも知れないのに」


 さゆり先生のやさしい声に、みさとが大きな声をかぶせてくる。


「いや、ちょっと賭けを」

「賭け?」


 さゆり先生が驚いて少し大きな声を出す。


「明日のお昼かけて鉄棒の端から端まで走って見せる、そう言って途中で落ちたんです」

「危ないわねえ」


 さゆり先生が眉を寄せて、


「たくみ君、そんなことするのは勇気とは言わないのよ? 分かってる?」

「はい、分かってます!」


 俺はみさとが何か言う前にと急いで先生にいい声で返事をした。


「高校2年にもなって本当に馬鹿」

「うるせえなあ」

「たくみ君」


 さゆり先生が「めっ」という感じで俺を睨んで見せる。


「とにかくね、今度そんな危ないことしたら、もう治療してあげません」

「いやいや、それは困る。分かりました、ほどほどにしまーす!」


 そうして俺は治療をしてもらい、さゆり先生にお礼を言って保健室から廊下に出た。


「ほんっと馬鹿」

「うるせえなあ」

「馬鹿に馬鹿以外どう言えって言うのよ」

「そもそもおまえ、なんで付いて来たんだよ。俺一人で来れるのに」

「保健委員じゃなかったら、誰があんたみたいな馬鹿に付いて来たいもんですか」


 みさとがフンッと鼻を鳴らす。


 みさととはいわゆる幼なじみと言うやつだ。

 親同士も親しくて、もう親戚みたいな感じ。

 家も近いので、帰り道も当然一緒の方向になる。


 夏休み前の一週間、授業は短縮でテストを返してもらうだけの日々。

 もう開放された気分で友人たちとくだらない賭けをしてケガをした。

 

「前はそんな無茶しなかったよね」

「何がだ?」

「鉄棒の上走ったり、ドブにはまったり、派手に転んだり。ケガするようなこと」

「まあそういう時期なんだよ」

「嘘」


 みさとがギロリと俺を睨む。


「小学校の時もそういうことしたよね、担任のかつみ先生に気にしてもらいたくて」


 ギクリ。こいつ、よくそんなこと覚えてたな。

 

 そう、あれは俺の初恋だった。

 かつみ先生にかまってほしくて、そんなことした。


「だからさゆり先生を見てる顔見たら分かった、また同じことするって」

「うるせえなあ」


 そうなのだ。

 さゆり先生は保健の先生が産休に入り、1年という期間限定で養護の先生として赴任してきたのだ。

 楚々としたさゆり先生に俺は一目で恋をした。


 相手が養護の先生ということで、なんとかして保健室行きになるように涙ぐましい努力をしているのだ。


「大きいケガしないように落ちるのも結構勇気がいるんだぜ。俺だからこそできることだ」

「ほんっと馬鹿!」


 またみさとが大きな声を出す。


「さゆり先生も言ってたでしょ、そんなの勇気じゃないって。たくみは勇気の方向を間違えてる!」

「なんだよそれ」

「そんなくだらないことを勇気だなんて、ほんっと馬鹿!」


 こいつ、今日何回人を馬鹿よばわりしてんだよ。


「うるせえなあ、おまえに関係ないだろが」

「関係なくないからね!」


 心配してくれるのはうれしいが、いらんお世話だ。


「さゆり先生に振り向いてもらうのに必死なんだよ」

「もうちょっと他にやり方あるでしょうが」

 

 みさとがまた大きな声を出す。


「結局、先生に好きだって言えないから、そうやってごまかしてるのよ」

「な!」

「そうやって危ないことするのは勇気じゃない、本当に勇気がある人はね……」


 そこまで言ってみさとは黙ってしまった。


「おい?」

「ごめん」


 いきなり謝る。


「あんたのこと責められなかった、私」

「え?」

「うん、勇気がないのは私だった」

「は?」


 さとみがぴたりと足を止めたので俺も自然と足を止めた。


「私、あんたが好きだからね!」

「な!」

「あんたは全然気が付かないけど、だからさゆり先生が好きなんだってのも見てて分かった」

「お、おい」

「また馬鹿やるんじゃないか、そう思ったから保健委員にもなった」

「え、ええ~?」


 本当かよ、おい!


「私は勇気出したよ、あんたはどうするのよ」

「どうするって……」

「勇気があるならはっきりさゆり先生に告白しなさいよ」

「いや、いや、あの、それは」

「とにかく」


 みさとはまっすぐ俺の目を見て言う。


「あんたが死ぬよりいい、そう思ったから私は勇気を出した。あんたも本物の勇気見せてみなさいよ!」


 みさとはそれだけ言うとさっと走って行ってしまった。


「どうすんだよ、これ……」


 なんでだろう、俺の頭からは今まで考えていた「保健室へ行くための100の方法」が消え去ってしまい、夏の暑さのせいだろうか、なぜだか顔がぽっぽと熱くなっていた。


「くそ、みさとのやつ。責任とってもらうからな!」


 俺も急いでみさとの後を追って走り出した。

 きっとこれが本当の勇気の方向だ。











 

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