第7話
――せめて夢の中で会いたい。
そういう歌詞はありふれたポップソングに度々登場する。現実に起こらない願望を、せめて夢の中では実現してほしいというのは、どうやらよくある話らしい。
けれど夢の世界は望んで物語を書き換えられない。夢の脚本家は僕だけれど僕じゃない。普段生活している僕、それを裏で糸引く司令塔が暇つぶしに積み木遊びをしているようなものだから。僕は散らかった積み木たちを集めて、散り散りになった物語の断片を紡ぎ上げる。それで一つの物語となるように。
僕達は物語を通して生きている。どんな人生も活字に出来る。物語というプラットフォームからは逃れられない。けれど人生にしろ夢にしろ、コントローラを握って自ら操作できるのはごく僅かだ。だからこそ、限られた選択する自由に対して僕達は慎重にならなければならない。
僕は選択できる。誰かと友達になる自由。誰かと青春を築く自由。しかしそれらの選択はその誰かにとっての選択も伴う。僕と友達にならない自由。僕から逃れる自由。それもまた許容出来なければ息苦しくなるばかりだ。
ならばいっそ、そのリスクを背負わないのも手だ。僕は中学校の生活を通じてそれを貫いてきた。表面的なやり取りはそこそこに、心に踏み入る隙を見せなかった。けれど心のどこかで、誰かに飢えていた。
せめて夢の中で会いたい。その想いはまだ正確には理解出来ていないけれど、例えば夢の中であの橋が出てきたら嬉しいなとは思う。
数少ない他人との交流を、僕は延々咀嚼し続けている。当事者である彼はとっくにそんな事忘れているだろうけど。
だから僕は放課後、帰る時間を三十分ずらし続けている。いつか一人で帰る彼とばったり会えるかもしれないから。新しい思い出を作れるかもしれないから。そして出来るなら、彼の方から声をかけてほしかった。僕から一方的に誘うなんて、そんな勇気はなかった。
なんて身勝手で無責任なんだろうな、と我ながら思う。けれどこれは呪いみたいなものだ。城壁を築きすぎれば、その中心に在る城主は極端に臆病となる。不安にかられてもっと強固な壁を作る。気がつけばそこは自然も空も見えないほどに薄暗い牢獄になる。
冬が近づく晩秋、野球部の練習はいつもより長く続いた。なかなか終わらないものだから、今日は諦めようと図書室を出た。誰もいない玄関を出て校門まで進んだところで、僕は図書室にマフラーを置いてきてしまったことに気付いた。
玄関から行くよりも、グラウンドの脇を通って職員玄関から行ったほうが近道できる。ごく自然にそう考えて、僕は野球部たちが汗を散らすグラウンドの横を歩いていった。
マフラーを取って再びグラウンドの横を歩いていると、
「ミナト」
急に声をかけられて僕は飛び跳ねそうになった。おっかなびっくり振り返ると、土と汗に塗れたリツカ君が立っていた。ごつん、ごつん、と金属製のスパイクがコンクリートを叩いている。
「こんな時間まで学校いるんだな」
「あ、うん……図書室にいたから」
「部活もう終わるからさ、一緒に帰らねぇ?」
グラウンドでは一年生たちが整備を行っていた。このあと監督から練習の振り返りを聞き解散となるだろう。
思わぬ誘いに、僕はどんな表情をしたら良いか分からなくなった。頑張って笑顔を浮かべる。変な顔になっていないかな。はしゃいでいるように見えないかな。僕は言葉を探す。
「い、良いの? あの、ありがとう」
「へへ、じゃあ校門らへんで待っといてな」
ごつんごつんとスパイクは甲高く音をたてる。グラウンドへと走り、後輩たちに声をかける。リツカ先輩、か。格好いいなあ。
僕はマフラーに顔を埋めながら、忘れ物して良かったな、なんて奇妙な喜びを噛み締めていた。肌寒い夕暮れなのに、途端に両手が暖かく感じられた。
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