第6話
――中学生の頃を思い出すと、息苦しい箱庭だったなと苦笑いが浮かんでくる。
野球部の連中は気の良い奴らだったけれど、それでもやはり特定の形式にこだわる普通の男の子だった。
俺は海に行ったり山に行ったりを繰り返しているうちに、自然を眺めるのが好きになった。水切りが得意なのも当然で、海に行けば投げ放題だからだ。
ある日の部活動の帰り道も、一緒に帰る友達らは昨日見たドラマやらジャンプの連載作品の話やら、ありふれた事で盛り上がっていた。
俺も適切な相槌を徹底していたが、心はそこになかった。道端の花。路地裏を歩く猫。変な形の石。それら一つひとつを立ち止まって観察したいけれど、そういうのは彼らの求める行為にはならない。
だから俺は毎回ぐっとこらえて、それらを見逃していく。ああ、歩いているだけでこんなにも面白いものがあるのに。何でこいつらは携帯と漫画くらいしか見ようとしないんだ。
部活でくたくたな上、そんなに興味もない話に付き合っていると退屈すぎて眠くなってくる。大きく一つ欠伸をして、腰を左右にひねる。
ふと、後方に視線が移った。俺たちよりもずっと後ろに同じ制服の奴がいた。少し俯いて歩く姿に見覚えがあった。廊下でも登下校でも、いつも誰とも目を合わせようとしない。徹底しているなあ、と関心していた。
こっちに気付くだろうか、と遠巻きに覗き込む仕草をしたけれど、彼は地面しか見ていない。路地裏の前を通りがかろうとして、さっきの野良猫がぴょんと飛び出してきたので彼はびくりと身を跳ねさせた。
くすっ、と笑ってしまった。失礼ながら、その臆病な姿が小動物みたいで愛おしく感じた。俺は仰々しく咲く向日葵よりも、申し訳無さそうにひっそりと佇む
どうした、と友達に声をかけられ、何でもないと返す。彼のパーソナリティはこいつらとは相容れないだろうし、彼もまた認知される事を望まないだろう。
ミナト。彼とはほとんどちゃんと話をしたことが無いけれど、なぜだか気になってしまう。それはあの橋での出会いがあったからかもしれないし、それよりも前から彼を見ていたかもしれない。
何と言うか、彼にはその内に隠す感情が沢山あるんじゃないかと思っていた。臆病で気弱で、だからとても強固な防壁で自らを守ろうとしている。けれどあのとき、お前は声をかけられて少し笑っていたよな。愛想笑いじゃなく、戸惑いつつもちゃんと嬉しいって顔をしていた。
ならきっと、寂しいという感情もあったはずだ。ただひたすら石を落として眺めるだけの行為にどれほどの意味があったのかは分からない。だから知りたい。何がお前を苦しめているのか。
俺みたいに、本当の自分を見せられない寂しさなのか。それとももっと大きな悲しさなのか。
一度触れてしまった体温は、そう簡単に拭えやしない。あの時のミナトの手は酷く冷たかった。
ああ、一度お前と話してみたいよ。本音のままに。そんな事を願いながら、俺はバス停のベンチで完璧な相槌を繰り返していた。
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