第47話

「ふわぁ……」


「午後の勉学の前に一度仮眠をお取りになりますか?」


「いや、大丈夫だ」


 朝の鍛錬でボコボコにされたが原因か、いつもより疲れが溜まっていて昼食を食べ終わった後に欠伸をしてしまった。


 食器を片付けて午後の勉学の準備をしていたビビアが、手を止めて仮眠の提案をしてくれたが強烈に眠い訳ではないので断っておく。


「畏まりました。では午後の勉学ですが、数学とルミアード帝国のどちらを先になさいますか?」


「それなら帝国だな」


 数学とルミアード帝国なら、断然帝国の方に興味がある。


 複数人の家庭教師がついているアルシェードと違って、俺の教師はビビア一人で予定がガチガチに固まっていないので、こういう風に融通が利くのは有難い。


 数学と言っても、まだ四則計算をやっているので前世を持っている身としては退屈だ。


 そして、数学は予定よりも遙かに早く進んでいるらしく、後にまわして最悪寝落ちしても強くは怒られないだろうという思惑があったりする。


「承知いたしました。準備を致しますので少々お待ちください」


 そう言うとビビアは部屋の壁際に寄せてあったキャスター付きの黒板を引っ張りだしてきた。


 その黒板に昨日のリエント王国についての勉強でも使われていた簡易地図が貼られる。


 リエント王国とルミアード帝国の他にも王国と隣接している国々が載っているが、今は関係ないので無視する。


「お待たせしました。始めましょう」


 準備が終わったのか細い棒を持ったビビアが、リエント王国の隣国の一つを棒の先端で指す。


「まず、ルミアード帝国はリエント王国の西部と国境を接しており、実に百年以上の間王国と敵対関係を維持している国家です」


 かなり基礎的な事だったので、ビビアの説明に頷く。そもそも俺はルミアード帝国についてはそれなりに詳しい。


 なぜならば、無印における舞台が約十年後のルミアード帝国だからだ。


 主人公が公爵家の令息もしくは令嬢だった事もあり、ストーリー上で帝国の貴族の力関係やらドロドロとした暗闘なども登場していた。


 そして、帝国と敵対する上で気を付けないといけない相手が――


「……帝国は嘗て存在していた統一国家ウィルディア帝国の後継を自称し、それを大義名分として周辺国に侵略し領土を広げています。とはいえ、ここ百年程は大きく国境線が動く事はありませんでしたが」


 ビビアが帝国について解説している途中だった事を思い出して、バレる前に思考の渦から戻った。


 だが、何も質問しないのもおかしいのでそれらしい事をビビアに質問しておく。


「統一国家の後継を自称してるのか?」


「はい、統一国家については昨日少しだけ説明しましたが、大陸の名前になった程の影響力を持った国でしたからその影響力を少しでも利用したかったのでしょう。ただ、帝国は統一国家の皇室の血筋を受け継いでいると主張していますが、信じているのは帝国の関係者ぐらいなものです」


 ビビアは呆れた様な顔をして答えてくれた。


 まあ、四百年前に統一国家が崩壊した前後の情勢は混沌としていて、血筋の詐称なんてよくある出来事だったらしいので、その反応も当然だと思う。


 皇室の血筋なんて他国から見れば、胡散臭過ぎるものだろう。


 で、そんなものを主張して大義名分にしていれば当然の様に周辺国から疎まれ、全方位に敵対的な国を抱えているのが今の帝国の現状である。


「帝国の国力は王国よりも高いですが、先に説明いたしました拡大主義が原因で周辺国のほぼ全てと敵対関係にあり、どの国に対しても全力を向ける事が出来ずにいます。百年もの間国境線が大きく変動しなかったのもこの為です」


「積極的に他国に喧嘩を売ってたツケが回ってきたって事か」


 じゃあ何でルミアード帝国が潰れていないかというと、リエント王国を含めて周辺国家が一枚岩じゃないのだろう。


 大方、帝国がこれ以上勢力を拡大しないように牽制はする程度しか協力と言える事をしていないのではないだろうか?


「おっしゃる通りにございます。そして、先の帝国からの侵攻で王国は最終的に勝てましたが、国境線が後退してしまっています。百年ぶりに帝国が勢力を拡大させたのですから、周辺国に何らかの動きがあるのは間違いないでしょう」


 帝国と王国の国境線を棒の先端で指して、先端を王国側に少し動かしながらビビアはそう言った。


「まあ、帝国軍は負けて損害を出してる訳だし、これ以上強くなる前に削ろうとする国があってもおかしくないか」


「帝国の力を楽に削れて国力を増せる好機ですので、動く国は必ずや存在するかと」


「(……そういえば、原作の正史では帝国が勝ってたけど、周辺国はどういう反応をしたんだろうか?流石に放置というのはないと思うんだけど……)」


 現状、どういうバタフライエフェクトを起こしたのか知らないが、リエント王国がルミアード帝国に勝っているので原作での周辺国の反応は分からない。


 そもそも、どの程度の損害を出したかも分からないのだから予想が立て辛い。


「……どうかされましたか?何か分からない事がおありでしたら、遠慮なくおっしゃってください」


「いや、もし帝国に王国が負けてたら周辺国はどう動いていたんだろうなって思っただけだ」


 別にビビア相手に隠すようなものでもないので、お言葉に甘えて質問してみる。


「難しい質問でございますね……それは王国の負け方によるかと思います。十分な損害を与えて敗れた場合は、勝った時とそう変わらないでしょう。そして、極端な話になりますが鎧袖一触で敗れた場合は、少なくとも他国と歩調を合わせる為に動きが遅くなるかと」


「なるほどな」


 ビビアは少し悩んだ様子を見せたがスラスラと持論を展開する。


 王国相手に帝国が大した損害もなく圧勝したら誰だって警戒するだろうし、彼女の持論は筋が通っている様に思えた。


 ビビアが有能なのは分かっていた事だが、想像以上だ。


 風呂場の件でストッパーとしても頼りになりそうなのが分かっているし、早くアルシェードの信頼を取り戻して貰いたい。


「では、解説に戻ります。次は帝国の階級制度についてです。皇帝を頂点とし、その下に公候伯子男騎の爵位を持った貴族がいるは王国と変わりません。王国との違いは、上二つの爵位である公爵と候爵は王国で言うところの王位を持っているという点です」


「皇帝がいるなら、王位を持ってるのはおかしいんじゃないか?」


 知っているのに質問しないといけないのは、結構面倒臭い。

 俺は内心ちょっと辟易していた。


「(初めから本とかで自主勉強が出来る立場の転生者が羨ましい……まあ、俺が知ってるのは物語の中の奴らで実在してないだろうけど)」


「皇帝は王よりも上の地位にいるので問題ございません。それだと分かり辛いのであれば、帝国内での王は基本的に偉い貴族と変わらないと思って頂いて構いません」


「へぇ、そうなのか」


 流石に、何が違うの?とは聞かなかった。


 普通の君主との明確な違いを示したくて皇帝と名乗ったのだろうが、前世でも今世でもそんなまどろっこしい事しないで国王と貴族で良いだろ、と思ってしまう。


「続いて政治制度ですが、皇帝による絶対王政です。帝国は貴族家の当主が皇帝の騎士になる決まりがあり、貴族家の当主は基本的に皇帝と同時に代替わりします。そのため、非常に統率がとれている国家と言えるでしょう」


 中央集権に成功してる国家なら敵が多いにも関わらず、戦乱の時代を生き延びる事が出来たのは必然かもしれない。

 ……敵に回すと面倒臭いな。


「それ、こっちとしてはかなり面倒だな」


「はい、離間工作などが難しいので打てる手が少なくなりますね。……少し脱線してしまいました。次は――」


 その後は軽く帝国成立の流れ等を学んでから数学に移り、四則計算の問題をひたすら解いてその日の勉強を終えた。


 後はいつも通り夕食を食べて……入浴をしてからベッドで寝た。


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