第48話
「ここがこの都市で一番大きい教会だよ」
教会への訪問が決まった三日後、俺はアルシェード、オルト、ビビアの四人と護衛の兵士数人と共にバルツフェルトで一番大きな教会の前に来ていた。
無印では何回かお世話になった施設なので、こうして実際に前に立つと感慨深いものがある。
「……デカいとは思ってたけど、近くで見ると更にデカいな」
教会の建物はバルツフェルト家の館程ではなくても、他の建物より明らかに大きく、館からはっきりと何処にあるのか分かる程大きかった。
その外観は鐘のついている尖塔が建物の中央から伸びているのが特徴的な、白い外壁と青い屋根をした建物で、十字架が何処にもない事代わりに光輪の様なシンボルがある事を除けば、前世の教会のイメージからそう離れてはいなかった。
「スラム街にあったのとは全然違うでしょう?」
「そうだな、あれの何倍の大きさがあるんだか見当もつかない」
アルシェードの言葉に素直に頷く。
スラム街の教会も普通の家よりは遙かに大きかったが、流石にここまで大きくはなかった。
「まあ、この教会はバルフェルト領における総合教会の支部だし、あっちは墓地の方が主体だしね」
アルシェードが言った総合教会というのは、この世界で教会を運営している組織の名称だ。
宗教組織ではあるが特定の神を信仰しているのではなく、邪神や悪神以外の全ての神々を信仰し、宗教間の諍いを仲裁する事を主な活動としてる。
何でも、宗教間の諍いになると最終的に神自身やその使徒が介入して洒落にならない被害が出るので、ウィルディア帝国の初代皇帝が緩衝材にする為に創った歴史ある組織らしい。
子供の喧嘩に親が出る様なものだから神様自重しろよ、と思わなくもないがミロの性格を思い出すと納得してしまう。
そんな事を考えていると、アルシェードが俺の顔を覗き込んできた。
「……どうかした?」
「あ、いや、何でもない。ちょっと総合教会がどういう組織か思い出しててな」
「ふーん、まあいいか。それよりも、ライは信仰している神様はいる?」
「……いないな」
神器を魂に埋め込まれた上に転生させられているので、強いて言うならミロという事になるのかもしれないが、極力信仰しているとは言いたくなかった。
というか、ミロのせいで神々の大半の本性を知ってしまったので信仰したい神様がいない。
「そっか、なら良いんだよ」
「何でそんな事を聞いたんだ?」
ちょっとほっとした様子のアルシェードにそう質問すると、彼女は少し真剣な表情をして俺の耳に顔を近付け、小さな声で耳打ちした。
「ライも知っているかもしれないけど、この国は世界樹の神々を信仰している人が多いんだ。で、この教会の教会長はその中でも熱心な信徒なんだけど……熱心過ぎて他宗教の信徒を毛嫌いしてるんだよね」
世界樹の神々、つまりは北欧神話の神々の事だろう。
教会長って人が信仰熱心なのは構わないが、それを他人に押し付けないで欲しい。
いや、それよりも総合教会に所属している人間として間違ってるだろ。
「……宗教間の調停してる組織の人間がそれで良いのかよ」
「総合教会の内部での派閥争いなんて昔からある事だよ。表立って戦わないだけでも有り難いよ。神様同士の戦争にでも発展したら大変どころかじゃないからね」
そう言ってアルシェードは肩を竦める。
まあ、総合教会の派閥争いは原作でも度々ストーリーやサブクエストに関わってきたので、知ってはいた。
それを前世ではイベントとして楽しんでいたが、直接関わるとここまで面倒臭いとは思わなかった。
「面倒臭いな……でも、信仰してる神様を言わなきゃ問題ないんじゃないか?」
「それがそうでもないんだよ。その教会長、初対面の相手にまず聞くのが信仰する神様についてだから……信仰してる神様について嘘つく訳にはいかないしね」
「本当に面倒臭いな、そいつ!」
実際に神様がいる世界だし、信仰している神の名前を偽ったら天罰を下されるかもしない。
それを逆手に取るとか、性格が悪いな。
教会長に会った事はないが、もう既に会いたくない。
「そんなに嫌そうな顔しなくても大丈夫だよ。信仰してる神様がいない人にも優しい聖職者だからさ……ちょっと勧誘がしつこくて鬱陶しいかもだけど」
「……我慢するしかなさそうだな」
苦笑しているアルシェードを見て、俺は出そうになった溜め息を飲み込んだ。
「ごめんね、会わないようにすると不自然に思われて、妙な勘繰りをされるかもしれないからさ」
「アルが謝る事じゃないだろ」
アルシェードは申し訳なさそうにしているが、彼女の判断は間違いなく正しい。
ここで俺が会いたくないと言うのは我が儘だろう。
まあ、実害はないに等しいらしいし気楽に行こう。
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
アルシェードの言葉を合図に護衛の兵達が歩きだし、彼らに囲まれながら俺達は教会の入り口に近付いていく。
すると、入り口に門番の他にも男が一人いて、明らかに俺達を待っている様子だった。
「アルシェード様とそのご一行様、お待ちしておりました」
俺達がある程度まで近付くとその男は丁寧に頭を下げてそう言った。
男は白を基調とした祭服を纏っていて、一目で教会関係者と分かる装いだった。
「やぁ、フェラルト司教。教会長自ら出迎えてくれるとは嬉しいよ」
「恐縮でございます。アルシェード様に失礼があっては一大事でございますから、
「分かった。今日は頼むよ」
「はい、万事お任せください」
アルシェードにフェラルト司教と呼ばれた男はやはり教会関係者であり、しかも教会長だった。
穏やかな笑みを浮かべて優しそうな顔をしている彼が、他宗教の信徒を毛嫌いしているとは思えなかった。
人は見かけによらないと言うが、宗教が人を変え得る程の影響力を持っているのだろう。
前世で宗教絡みの問題が無くならないのも頷ける話だ。
アルシェードがフェラルトに対して外行きの表情と声で会話しているが、いつもと仕草も違うから違和感が半端じゃない。
違和感のせいか内心ソワソワして落ち着かないので、早めに用件を済ませて帰りたくなってきた。
「……この度のご用件は、アルシェード様が任命なされた騎士の方の加護の確認でございましたね?その騎士殿は何方でしょう?」
「ああ、紹介するよ。僕の騎士、ライオスだ」
「……ご紹介に預かりました。ライオスと申します。以後、お見知りおきを」
アルシェードの紹介に合わせてフェラルトの前に進み出て、三日間の練習で身につけた付け焼き刃の作法で一礼する。
「これはご丁寧に…フェラルトと申します。ところで、ライオス殿は何方か神を信仰しておられますか?」
フェラルトの優し気に細められた目の奥にギラついた鋭い光が見えたが、質問に用意しておいた無難な答えを口にする。
「いえ、特には……強いて言うのなら、邪神や悪神以外の全ての神々を信仰しております」
「ほほぅ、それは素晴らしいですね。私は世界樹の神々、特にオーディン様を――」
「悪いけど、その話はまた今度で頼むよ。今は早く彼の加護を知りたくてね」
「おっと、これは失礼致しました。どうぞ、こちらへ」
俺が特定の神を信仰してないと分かった途端、少し前のめりになりながら自身が信仰する神の事を早口で説明し始めたフェラルトの言葉を遮って、アルシェードが話に割り込んだ。
それで彼は冷静さを取り戻した様で、柔和な笑みを浮かべて俺達を先導して教会の入口へ入って行った。
……オルトとビビアは護衛と従者に徹する様なので、また同じ事になったらアルシェードを頼る事になりそうだった。
出そうになる溜め息をぐっと堪えて俺はフェラルトの背中を追った。
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