第46話

「アルシェ様、おはようございます。ライオス殿も、おはよう」


 修練場に着くと既にオルトがいて、俺達の姿に気付いて軽く頭を下げる。


 この寒さにもかかわらず、半袖と半ズボンの簡素な服を身に付けていて見ているこっちが寒く感じてしまう。


 だが、その服装にも意味があるらしく、魔力操作の応用で魔力を纏えれば寒くないそうだ。


「オルトさん、おはよう」


「おはよう、相変わらず早いね。オルトはいつもどのくらいに起きているんだい?」


 オルトの体をよく見れば薄っすらと汗をかいているのが分かる。俺達が来る前は自分の鍛錬をしていたのかもしれない。


 今のオルトは早朝に俺達の鍛錬、日中はアルシェードの護衛をしていて自分の鍛錬をする時間が削られている。


 なので、オルトが纏まった鍛錬の時間を確保できるのは早朝の俺達が来る前か、夜のアルシェードが寝た後ぐらいだろう。


「どのくらいでしょうな。今日は体感ですが、お二人がお越しになった一時間前にはここにいましたな。まあ、我が家には時計がないので詳しくは分かりませんが」


「時計ないと不便じゃないかい?一つあげようか?」


「いえ、経験から大雑把な時間は分かるので大丈夫です。アルシェ様、お気遣いありがとうございます」


 オルトは平然と断っているが、この世界で時計は高価な物で欲しいからと言って一般人が簡単に手に入れられる物ではない。


 普通なら欲しいと思うが、高価な物だから遠慮したのだろうか?


「……ライオス殿、不思議そうな顔をしてるな。私は時計を見ていると急かされている気分になってしまって好きではないのだ。それに、時計ばかりを気にしてしまいそうでな。私のような者には時の鐘で十分だ」


 オルトの言葉になるほど、と頷く。


 俺はこの館に住むようになってから、スラム街で生活していた頃より時間的な余裕がなくなったように感じていたので、オルトの言う事は分からなくもない。


 館で働いている使用人は時間を気にして動いているから忙しそうにしている印象を受けた。


 対して、時計ではなく時の鐘を時間の基準にして生活している平民は館の使用人と比べてのんびりしていて時間にルーズな気がする。


 時の鐘というは教会が日の出から二時間ごとに鳴らしている鐘の事で、それを聞いて平民は時間を知るのだが、時計の様にいつでも時間が分かるという訳ではない。

 おそらく、それが平民がのんびりとしている理由だろう。


 平民の俺が時計がある生活に一週間である程度慣れる事が出来たのは、前世の記憶があったからでそうでなかったら忙しない。


「あれ?ライオスもそう思うんだ」


「まあな。スラム街にいた時よりも忙しなく動いてる気がするし」


「ふーん、僕は生まれた時から時計があったから違和感ないんだけど、そういうものなんだね」


 アルシェードは俺とオルトの感覚に少し不思議そうな顔しつつも、納得した様に頷いた。

 彼女は本質的にストイックな性格をしているし、納得はしても理解はしてなさそうだった。


「ええ、そういうものです。では、朝の鍛錬を始めましょうか」


「分かったよ、師匠」


「了解です」


 朝の鍛錬が始まると同時に俺はオルトに対して敬語を使う。


 これは公の場でアルシェードに対して敬語を使う為の切り替え訓練らしい。オルトは年上なので、こっちの方が楽で有難い。


「いつも通り徐々に速度を上げながら修練場内を二十周、始めッ!」


「「はいっ!」」


 オルトに勢い良く返事をしたが一、二周は歩くより少し速い程度の速度で走る。


 速度をいきなり上げないのは、急に激しい運動をして筋肉を痛めないようにする為だ。

 前世でも準備運動の大切さを教えられたが、最初の二周がその代わりという事だ。


 二周が終わり体が温まってきたら徐々に速度を上げていく。


 十周を終える頃には魔力で体を強化しないで到達出来る最高速度に達していた。


 そして、ここからが本番だ。


「行くぞ」


 そう宣言すると共にそれまでじっと俺達が走っている様子を見ていたオルトが、俺達の後ろを走り始める。


「ライオス殿、身体強化の強度が甘い。そんな速度では私が追いついてしまうぞ!」


 後ろを走るオルトがそう俺に指摘する。


 少しづつ俺との距離を詰めるオルトの手には木剣が握られており、追いつかれたらどうなるのかは容易に察する事が出来る。


 丹田から魔力を引き出して身体強化の強度を上げて、縮まったオルトとの距離を再び離す。


 十一周目からは魔力による身体強化も併用して走り、その強度を徐々に上げていく。

 一気に引き上げるのではなく徐々に上げる事で、魔力のコントロールの精度の上昇と強化の段階を調節する感覚を身体に覚えさせるのが狙いらしい。


 では、何でオルトが俺達を追いかけているかというと、身体強化して無意識に余裕を持って走る事で筋肉への負担が減らない様にする為だ。


 追いつかれれば木剣で殴られると分かっているなら、身体強化した状態でも余裕を持った状態で走る事はなく、十分に負荷がかかる速度で走れる。


「ラスト一周、全力で身体強化を使え!」


 オルトの言葉で俺とアルシェードはありったけの魔力を全身に巡らす。


「……ッ!」


 俺とアルシェードの距離が徐々に開いていき、オルトとの距離が縮まっていく。


 毎度の事であり、そもそも鍛錬を続けてきた時間が圧倒的に違うと理解していても、少々悔しい。


 せめて手加減して後ろを走っているオルトに追いつかれてなるものかと、足を動かす。


「あぁああッ!」


 オルトの足音が直ぐ近くに聞こえ、追いつかれる寸前でスタートした場所を通り過ぎる。


「……はぁはぁ」


「……ふぅ、お疲れ」


「あぁ……お疲れ」


 息絶え絶えな俺を先にゴールしていたアルシェードが労った。


「ライオス殿、私に追いつかれないとはこの短期間で恐ろしく成長したな」


「……俺も驚いてます」


 アルシェードも俺も汗だくだが、後ろからやって来たオルトは汗一つかいていない涼しい顔して俺を賞賛する。


 今回初めてオルトから逃げ切れた。


 それはオルトが追いかける速度の上限を上げていないのも理由の一つだろうが、確実に俺自身の身体能力が上昇している証だった。


「確かに、本当に凄く成長したよね。もしかしたら、ライも何か加護ギフトを持ってるのかもしれないね」


「……魔力を使えるにしても回復が早いですから、あり得ますな」


「(……加護か)」


 ウィルディア戦記に登場する強者達は、そのほぼ全員が加護を持っていた。それは原作でのライオスも例外ではない。


 ただ、原作でライオスが何かしらの加護を持っているという情報はあったが、その加護の内容について言及される事はなかった。


 そのため、俺は加護の内容だけでなく、ライオスが生まれつき加護を持っているのか、それとも偉業を成して手に入れたのか知らないのだ。


 しかし、二人の会話の中身からして俺は身体能力に関する加護を生まれつき持っているらしい。


 予想外の知り方をしたが朗報だった。加護を持っているのと持っていないのとでは、雲泥の差が生まれる。


「一回、教会に行って加護の内容を確認した方が良いだろうね。明日にでも行こうか」


「分かった」


 アルシェードの言葉に頷く。


 教会はゲームで加護関連で必ずとお世話になった施設だ。加護があると知った今、行く事を断る理由はない。

 なんなら、今から行きたいぐらいだ。


 だが、そうは問屋が卸さない。


「アルシェ様、歓談中申し訳ありませんが鍛錬を再開しましょう。次は体術です」


「分かったよ。ライは大丈夫?」


「ああ、大分回復した」


「では、まずは基本の型の確認から始めましょう」


 オルトに促されてアルシェードと共に体術を基本の型を確認していく。


 しかし、俺の頭の中はある事が判明した加護の事で一杯だった。


 ……この後、ライオスは組手でオルトどころかアルシェードにもボコボコにされた。

 まあ、妥当な結果だったが。



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