第26話
「……僕が対処するよ。ライはそのままハイアンを抑えておいて」
「待て、俺が行く」
「本当の意味での対人戦を経験しておきたいんだ。それに、ネックレスを持ってる君が後ろにいるなら、相手の流れ弾は気にしなくても良いしね。ついでに言えば、今から悠長に場所を交代してる時に奇襲されたら、大変でしょ」
アルシェードは俺に背を向けて、フィンブルを正眼に構える。
分かっていたが、彼女は弱い俺を敵と戦わせたくないらしい。しかし、言っている事に一理あるのも事実だ。
もし、俺に多少なりの武術の心得があったとしても、敵が直ぐそこに迫っている状況で彼女と長々と押し問答する訳にもいかない。
守るべき相手に守られるという状況に歯噛みしていると、聞こえている足音がはっきりと聞こえる程に大きくなり、男が本棚の陰から飛び出してきた。
それに合わせてアルシェードが地面を蹴る。
「シッ……!」
「なっ!?」
男はアルシェードの突撃に驚愕の声を上げるも、手に持っていた剣で咄嗟に迎撃する。
だが、男の剣はフィンブルによって容易く切断され、男はそのまま胸から腹にかけて切られた。
切り飛ばされた剣先はアルシェードの左頬を掠め、彼女の後ろの床に突き刺ささる。
どうやら彼女は咄嗟に首を捻って避けたようだ。心臓に悪い光景だったので、思わず胸を撫で下ろす。
「……ふぅ、切れ味が良過ぎるのも考え物だね。それに浅かったみたいだ」
アルシェードがフィンブルを構え直す。
一方、相対していた男の方は傷自体は深くなかったようだが、切断されて短くなった剣と凍り付いた傷に怯えていた。
アルシェードが再び攻撃しようとしている事に気付くと、男は慌てて剣を手放し、両手を頭の後ろに回した。
「ま、待ってくれ!こ、降伏する。私の持っている情報は全て渡すから、い、命だけは助けてくれ!」
男は命乞いをするが、その内容がアルシェードの逆鱗に触れた。
「……僕は裏切りがこの世で一番嫌いなことなんだ」
「ま、まっ…て……」
男の命乞いを冷たい声で切り捨て、アルシェードは男にフィンブルを振り下ろした。
凍り付いた切断面からは一滴も血が流れる事はなかったが、男は首と胴体が泣き別れしていて、間違いなく絶命していた。
「終わったよ」
「……大丈夫か?」
「人を殺すのって結構キツいって聞いてたけど、今のところは大丈夫だよ」
人を殺すのは精神的な負担が大きいと聞いた事があるので、心配して声をかけたが、アルシェードは僅かに不機嫌な事以外はいたって普段通りだった。
敵とはいえ、ハイアンを裏切ろうとした相手だったからかだろうか。
それでも、冷静になった時に心境に変化があるかもしれないので、暫くは気を遣う必要があるだろう。
「分かった。辛くなったら言ってくれ。で、コイツはどうする?」
「ハイアンから聞かないといけない事がたくさんあるから、そのまま生け捕りかな」
ハイアンを冷たい視線で見下ろしたアルシェードは、淡々とそう指示を出した。
「……その目で私を見るな!高々、強力な魔剣を手にし、がぁああッ!」
よく分からない理由で喚き始めたハイアンに電撃を喰らわせる。
痙攣して動かなくなった奴の首筋からトニトスの穂先を放して立ち上がる。
「もうお前黙っとけよ」
「……ライ、ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないだろ。それより、頬の傷は治さないのか?結構血が出てるみたいだけど」
頬の傷から流れた血が左頬を赤く染め、顎を伝って一滴フィンブルの上に落ちた。
「大丈夫だよ、見た目が派手なだけだからさ。だから先にッ……!?」
アルシェードの言葉が不自然に途切れた瞬間、ぞわりと走った悪寒に従って視線をフィンブルに落とせば、青白い刀身が魔力を込めているはずも無いのに異様な冷気を放ち始めていた。
「…不味いっ、ライ、ハイアンなんてどうでも良いから、今すぐにここから逃げるんだッ!!」
「ッ、今すぐフィンブルの柄から手を放せ!」
「無理だっ、手が吸い付いて離れない!」
「ぐっ!」
「きゃっ!」
アルシェードを手伝おうと近付くと、俺の手が柄に触れる前に、フィンブルから放たれた突風に吹き飛ばされたが、指輪のネックレスが《守護》を発動し、本棚に背中を打ち付けずに済んだ。
フィンブルを中心に風が渦を巻き、白く染まったそれは一度見た事があるものだった。
「アル、大丈夫かっ!?」
白い風の壁に遮られてアルシェードの姿が確認出来ない。
先程の声と返事が帰って来ない事を考えると、彼女も突風に吹き飛ばれて意識を失ったのだろう。
「主を自分で傷つけたら本末転倒だろうが、メンヘラ魔剣!」
これは間違いない、魔剣フィンブルの暴走だ。
血が刀身についた事で、自分の主が傷つけられたのを知ったフィンブルが怒り狂って、アルシェードの制御から外れて勝手に暴れているのだ。
原作では、アルシェード撃破後に主人公がフィンブルを回収する選択肢を取った時に暴走し、彼を氷漬けにして殺していた。
つまり、バットエンド用の罠として存在していた設定だ。
原作の彼女はフィンブルをしっかりと制御下に置いていた事で、仇に触れられるという刺激がなければ暴走しなかったが、今の彼女は色々と足りないものが多い。
フィンブルも主というよりは、保護対象に対する思考をしていてもおかしくはない……いや、絶対にしている。
だからこそ、アルシェードが傷つけられた事に激怒して、過剰反応しているのだろう。
しかも、魔剣の思考なんて碌なものじゃないので、自分で気絶させたのにそれに怒るという、マッチポンプじみた事をしかねない。
正直に言って、迷惑極まりない。
「ハイアン…は別にどうでもいいな。どうせ、あの距離なら助からないだろうし」
位置的にあの白い渦の何処かに巻き込まれているだろうが、間違いなく凍死している。
情報源としては惜しいが、死んでいる奴の為に危険は冒したくない。
取り敢えず、急激に下がっていく室温に対応するために《火》で《守護》の結界内に幾つか小さい火を浮かべる。
「このままだと間違いなく魔力切れの後に凍死するな」
《守護》では冷気の渦は防げても、温度の低下は防げないし、《火》も魔力の消費量はかなり少ない魔法だが、暖を取ろうと出力を上げれば当然、魔力の消費量も上がる。
そもそも基礎魔法と最上位の魔剣の能力では出力が違い過ぎるのだ。
しかも、指輪の宝石に貯められた魔力が尽きれば《守護》の維持にも魔力を使わなければならない。
このままならジリ貧なのは明らかだろう。
加えて言えば、更に時間をかけると不味い事がもう一つある。
「フィンブルがアルを気遣って、アルの周囲だけ温度を平常にするなんて出来る訳ないしなぁ……」
それは冷気の中心にいるはずのアルシェードが死んでしまう事だった。
彼女の冷気への耐性は体質的にかなり高い方だが、未来なら兎も角、今の彼女ではフィンブルの冷気に長く触れていれば、凍死は免れないだろう。
フィンブルがそれに気付いて冷気止めるなんて事は期待できない。
所詮、魔剣は魔剣であり、人間の限界など理解出来るはずも無い。
クソみたいな選択肢だが、アルシェードが死ぬまで待つというのは並みの魔剣が相手なら正解だ。
だが、高位の魔剣が相手だとそのまま暴れて余計に手が付けられなくなる。
唯一、助かる道はアルシェードの手からフィンブルを引き剥がす事だ。その衝撃でフィンブルが正気に戻る事を祈るしかない。
四作目の主人公がやった由所正しき、信頼出来る方法である。
つまり、突撃一択である。
「さてって、おいおい、嘘だろ……!」
方針も覚悟も決めた時、冷気の渦に変化が起った。徐々にその範囲が縮まりだした。
白い風の範囲が縮んでいくにつれて中から現れたのは巨大な氷で出来た獣の足、次いで狼の顔が現れ、胴体、後ろ足、最後に尻尾が現れた。
現れたソレは氷で出来た巨狼だった。
『ウオォォォンッ!!』
巨狼の体高は軽く大人の身長を超えていており、敵意と共に滲み出る威圧感は今まで会ったどんな相手よりも恐ろしかった。
だが、コイツを突破しなければアルシェードの所には辿り着けない。
覚悟は既に決まっているのだから、後は実行に移すのみ。
「上等だ、クソ魔剣。これが終わったら叩き折ってやるッ!」
――――――――――――――――
あとがき
と、いう事でこの騒動のラスボスはフィンブルくんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます