第25話

「この扉の先が書庫だよ」


「拍子抜けだったな。まあ、楽なのは良い事なんだが」


「あの手練れの男は自信ありそうだったし、兵士に裏口の方を優先するように言ったんじゃないかな。それに、ハイアンも戦争に兵を出してない訳じゃないんだ。動かせる駒はそう多くなかったはずだよ」


 俺とアルシェードはあの後、一度も兵士と出くわす事なく目的の書庫の前までたどり着いていた。

 その事が少し疑問だったんだが、アルシェードの予測に納得した。


 裏切るなら疑われないように行動するのが、普通だ。出兵の指示にも素直に従うだろう。


「それで、中にはハイアンと騎士が一人って話だったか……俺、肉壁以外で役に立つか?」


 騎士ともなれば、戦闘技術を学んでいるんだろうし、ハイアンもそれは同様のはずだ。

 素人の俺では足手纏いにしかならないのではないだろうか?


「その槍で敵に向かって電撃を打ってくれるだけでも、十分に牽制になるよ。だから、そう卑下しなくても良いよ。それに、オルトが何も言ってなかったってことは、僕たちだけでも十分に勝算はあるってことだからね」


「確かにオルトは何も言ってなかったな」


 言われてみれば、そうだ。

 敵の強さを気配から判断出来るオルトが俺達二人を何も忠告などをしないで先行させたという事は、十分に勝機があると判断したのだろう。


「そうなると、ハイアンは兎も角、騎士と思われる気配の人物の方は戦闘力が低い可能性があると思わない?」


「俺と釣り合いが取れるなら、そうだな」


 アルシェードの言葉に頷く。騎士と一口に言っても全員が全員、戦闘力に秀でいる訳ではないのだろうか?


「騎士っていうのは戦闘力だけで選ばれるものじゃないからね。騎士にする大きなメリットの一つは、裏切りにくくなることだから、重要な書類とかを扱う側近の文官を騎士にする例もあるよ」


「なるほどな」


 確かに側近が裏切って情報流したりしてたら大変だろうしな。


 色々なゲームをやっていた身としては、騎士=戦闘職のイメージがあったが、こちらの世界では基本的に騎士=側近なので戦闘力がなくても良いのだろう。


「ハイアンとの戦闘だけど、最初に水を撒いて君の電撃で先手を打とう。上手く行けば、初手で決着が着くからね」


「分かった」


「じゃ、行こうか。先頭は任せたよ」


「ああ、任せろ」


 重厚な木製の扉をゆっくりと開けて中を覗く。


 書庫には幾つもの巨大な本棚が並び、所々にガラスの容器に包まれた光源が設置されていた。

 部屋の端は見えない事はないものの、随分と距離があるように見える。


 本来は広々としているだろう空間は、本棚によって圧迫されて狭いように感じられた。


 想像していたよりも遙かに書庫の規模が大きく、思わず頬を引き攣らせた。


「なんだ、ここ。迷路か何か?アル、宝物庫の場所って分かるのか?」


 各所に点在してる照明用の魔道具と思われる物が光っているのは、《照明》の光でこちらの居場所を把握されて、奇襲を受けるリスクが減るので、正直ありがたかった。


 しかし、それはハイアン側にも言える事だ。

 とはいえ、こちらはハイアンの目的をある程度予想出来ているので、それに基づいて探せば良いというアドバンテージがある。


 声が響かないように小声でアルシェードに尋ねれば、小声で答えが返って来る。


「うん、分かるよ。ついこの間、お父様に連れて行って貰ったばかりだからね」


「そうか……指示をくれるか?」


「いいよ」


 どうせ、伯爵がアルシェードを甘やかす為に連れて行ったんだろうな、と思いながら彼女に指示を仰ぐ。


「その二つ目の本棚で曲がって――」


 アルシェードの指示に従って、迷路の様に入り組んだ配置になっている本棚の間を進んで行く。


 これがまたややこしく、見逃してしまいそうな場所に道があったり、一部動かせる本棚で道が隠されていたりしていた。


「……宝物庫に繋がる場所はあそこを曲がった先にあるけど、おそらくハイアンがいるから気を付けて」


 アルシェードの忠告に頷いてからトニトスを構え直し、足を進める。


 本棚の陰から先を伺うと宝物庫の扉と思われる物の前で、何かをしている金髪の男の後ろ姿が見えた。

 だが、見える範囲ではその男一人だけで、他には誰も見当たらなかった。


 金髪だからという安易な理由だが、おそらくはあの男がハイアンなのだろう。一人なら好都合だ。一気に片を付けた方が良い。


 ジェスチャーで相手が一人しかいない事を伝えて、アルシェードと頷き合う。

 考えた事は一緒らしい。


「……っ何だ!?ぐぁああああッ!」


 二人でタイミングを合わせて本棚の陰から飛び出して、アルシェードが《ウォーター》で水を浴びせかける。


 すかさず俺が男に走り寄り、トニトスの電撃を喰らわせた。


 電撃を浴びた男は苦悶の声を上げ、その場に崩れ落ちる。


「久しぶりですね、叔父様、いや、ハイアン」


「そ、その声は、ば、馬鹿なッ!アルシェードっ、何故、貴様がここにいる!?」


 アルシェードが信じられない程冷たい声で倒れた男、ハイアンに話しかけた。


 ハイアンの方はここにいるはずがない彼女の声を聞いて、動揺し、驚愕の声を上げた。


「……どうやら、声を出す分には問題ないようだね。ライ、ハイアンをこっちに向かせてくれないかい?」


「了解」


「ぐっ……」


 トニトスの穂先を首に当てつつ、襟首を引っ張ってハイアンの体をアルシェードの方へ向き直らせ、襟首から手を放して床に転がす。


 念のため、腕は捻って背中に回し、上から体重をかけて押さえつけた。


 その時に見えた顔は、確かに俺の知っているハイアンの面影があった。というものの、未来のハイアンは太っていて、ザ・悪徳貴族といった姿だったのだ。

 ……無駄に立派なカイゼル髭だけは変わっていないが。


「何故、とさっき言ったね。確かに僕は君の手先に拉致されてしまったわけだけど、幸運の女神様は僕を見放してはいなかったようでね。こうして五体満足であなたの前に立つことが出来ているよ」


「な、なるほどな……私を押さえつけている汚らしい小僧が原因か」


「ああ、素晴らしい出会いだったよ」


 俺は空気を読んで口を挟まないが、まるで俺が原因みたいに言われ、アルシェードも訂正しなかったが、俺はあくまで要因の一つでしかない。


 時間がかかるとしても、結局彼女は自力であそこから脱出出来るのだから。


「彼との出会いについて語ってあげたいところだけど、今はそれよりも大切なことがある。ハイアン、何故、お父様を裏切った?僕を忌々し気に見ていたのは分かっているけど、お父様はあなたを信頼していた」


「……本来、貴様に話す事ではないが良いだろう。話してやる」


 捕まってるのに凄い偉そうな態度で話すな、こいつ。


 この感じだと、ただ欲に目が眩んで裏切ったとかではないようだ。

 アルシェードを忌々しく見ていたという事は、自分を差し置いて女である彼女が次期当主に選ばれたのが気に食わなかったのだろうか?


「兄である奴の事を私は尊敬していたが、同時に憎悪もしていたんだ。優秀な兄と比べられる平凡な弟の気持ちなど、貴様には分かるまい。しかし、その憎悪は抑え込める程度のものだった……あの時まではッ!」


「あの時?」


 優秀な兄と比べられる事がどれ程苦しいかは知らないが、苦々しい口調で話していたハイアンの様子が急変した。

 憤懣やる方ないといった様子で気炎上げる。


「そうだッ!貴様の母親が死んだ後、奴が何と言ったか、分かるか!?アルシェードに家督を継がせるだぞ!新たな妻を娶り嫡男を得るのではなく、私に継がせるのでもなく、婿養子を取るのでもない、多少良い加護得た程度の小娘を次期当主にするなどとッ!あの時の私の気持ちが貴様に分かるか!?」


「そんなもの、知らないよ。第一……っと、時間切れみたいだね」


「時間切れ……?」


「そ、ライにも聞こえるでしょ、この足音。ここに襲撃のことを報告に来て迷っていただろう例の騎士が、僕たちが通った場所を見つけてこっちに向かって来てるんだよ」


 耳を澄ませると、確かにバタバタとした焦っているのがよく分かる足音が、俺の耳にも聞こえてきた。

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