第24話

「……まず、表門と裏門に門番が二人ずつおりますな。どちらも見知らぬ顔と知らぬ気配でしたので、十中八九ハイアンの手の者で間違いないでしょう」


「そうなると、遠慮はいらないね。裏門の二人に関してはサクッと処理してしまおう」


 敵に容赦はいらないと思うが、それを十歳の女の子が言うと、ついギョッと目を見開きそうになる。


 ゾンビは人型だが腐敗などによって形が崩れたりしていたので、攻撃するのに躊躇がないのは分からなくもない。


 だが、この世界または貴族の価値観によるものなのか、アルシェードが人を殺す事を平然と口に出しているのは少し驚いた。


「そう驚く事でもないよ。敵とそれ以外を区別して考えているだけさ。それに、平民を人と思っていないような輩なら、僕よりも年下でも平然とこういう指示を出したりするよ」


「そういう奴には会いたくないな」


「実際、会わぬ方が良いぞ。そういった連中はスラム街出身者が騎士になっている事に嫌悪感を示すだろうからな」


 そんな絵に描いたような悪役貴族に会ったとして、俺が侮蔑された場合、俺自身は別に気にしないが、今のアルシェードの状態だとかなり機嫌が悪くなるだろう。


 それを宥めなければならない事を想像すると絶対に会いたくない人種だ。

 まあ、彼女の騎士をしている時点で回避するのは難しいだろうが。


「こほん、話を戻します。次に内部についてですが、こちらも見回りが数人いるだけですな。例の手練れの気配は動いておりません。恐らくは寝ているのかと……」


「不用心だな」


「多分、オルトとの対峙は今日の朝以降を想定してたんじゃないかな?僕が一晩で監禁場所から誰にも気付かれずに脱走するなんて、想定してなかっただろうし」


 原作知識を持っている俺が介入した事による、原作とのズレが良い感じに作用しているらしい。

 相手の中で一番強い奴がいきなり待ち構えているとかじゃなくて、本当に良かった。


「で、肝心のハイアンは何処にいるんだ?」


「ハイアンは書庫にいるようだ」


「書庫、か……あそこの奥には宝物庫がある。多分、ハイアンの目的は家督継承の時に使われる家宝の剣だろうね。最悪、あれさえあれば家督の正当性を訴えることが出来る」


 なるほど、帝国が負けてこの都市から逃げ出さないといけなくなった時の為の保険か。


 それにしても、起きているのは少し厄介だな。

 最良は寝ているところに乗り込んで指揮系統がしっかりする前に討伐する事だったが、起きているなら逃げる事も考えられるし、面倒だ。


「それと、知っている気配の方々は住み込みの使用人の部屋と客間におりますな。こちらは軟禁状態かと思われます。報告はこれで全てです」


「なるほど、分かったよ。屋敷内に味方がいるなら、やっぱりフィンブルの武器スキルは使えないね。手筈通りに行こうか」


「承知いたしました」


「了解」


「あっ、ライ、ちょっと後ろ向いて」


「何だ?」


 アルシェードに言われた通りに後ろを向くと、指輪が通されたネックレスが俺の首にかけられた。


「ちょ、これっ……」


「それは君がつけていた方が良いよ。僕は自分で《守護》を使えるけど、君は使えないだろう?」


「それはそうだけど、駄目だろ!守りに関する物なら騎士よりも主を優先すべきだ」


「……君に死んで欲しくないんだよ。それに、僕はこれでも並みの騎士には後れを取らないぐらいの力量はあるんだ。フィンブルがあれば、十分に安全と言えるよ」


 オルトに目を向けると、彼は頷いた。

 言っている事に嘘はないらしい。俺は渋々納得する事にした。


「……分かった。ただ、いざとなったら俺が前に出て盾になるからな」


「期待しているよ、僕の騎士」




「ふぁ……薄っすら空の色が変わってきたし、そろそろ交代の時間か?」


「そうだな、後もう少しッ……」


「……」


 首から血を噴いて倒れかけた門番二人の身体を、後ろからオルトが襟首を持って支え、ゆっくりと下す。


 俺からは門番の二人が同時に首から血を噴いたようにしか見えず、太刀筋どころか、彼の姿も捉える事が出来なかった。


「あれ、見えたか?」


「見えはしなかったけど、多分、喉笛を切った後に心臓を突いたんだと思う」


 分かってはいたが、オルトの強さの次元が違過ぎる。

 喉笛は同時に切ったとしても、それぞれの心臓目掛けて突きを放っているはずなのに、姿も見る事が出来ていない。


「……もうオルトさんだけでいいんじゃないか?」


「確かにそうかもしれないけど、まんまとしてやられた次期当主としては、そういう訳にもいかないんだよね。責務ってやつだよ」


 裏門に近づく間にそんな会話をアルシェードとする。


 門番の死体の横を通り過ぎる時にチラリと見たが、確かに背中にも何かが貫通したように血が滲んでいる箇所があった。


 正確な一撃、味方であると分かっていても背筋に冷たいものが走った。


「……オルトさんが敵じゃなくて本当に良かったよ」


「同感だよ。その場合、僕たちは完全に詰んでたからね」


 少しだけ緩んでいた空気を引き締める為か、オルトが俺達に声をかけきた。


「ここからは警戒して行動してください。敷地内に侵入したからには、流石に向こうも気付くでしょうから」


「分かった。先頭は頼むよ」


「では、ついて来て下さい」


 頷いたオルトは先行して走り出し、俺達のペースを確認するように徐々に走る速度を上げていく。

 必然的に一番遅い俺の速度に合わせる事になったが、それでも裏門からは少し遠くに見えていた屋敷がどんどん大きくなっていく。


 特に妨害などもなく、屋敷の裏口へと着く事が出来た。


「手練れの気配が動いてはいますが、外に出て来る気はないようです」


「中に入ってからが本番ということだね。他の気配はどうだい?」


「ハイアンとその騎士と思われる気配が書庫に、手練れ以外、他の気配はこの裏口に向かっております」


 そう報告しながら、オルトは裏口の扉のドアノブを回し、開かない事を確認すると一歩後ろに下がって剣を構えた。


 一閃。


 気付いた時には剣の切っ先が地面を向いていた。


「では、行きますぞ」


「ライ、念のために後ろにも警戒しておいてね」


「あ、ああ、了解」


 オルトが扉を何事もなかったかのように開けるのを呆然と見て、アルシェードの声で正気を取り戻し、気合を入れ直した。


「居たぞっ!バロッツ様の言う通り、侵入者が三名!笛をなら…せ……?」


「邪魔だ」


 明らかに押っ取り刀で駆け付けてきた三人の兵士に、先頭を走っていたオルトが切りかかった。


 それぞれ一刀で首を切断して、通り抜ける。


 最後尾の俺が兵士達の脇を通り抜けた瞬間、彼らの身体が崩れ落ち、床に首が三つ転がった。


 その後、更に二人の兵士と遭遇したが、先程の三人と同じ末路を辿った。


「止まって下さい」


 ここまで速度を緩めずに走っていたオルトがその速度を緩め、ゆっくりと廊下の途中で止まる。


 それに合わせて俺達も足を止めた。


 何が、とは聞かない。オルトが足を止める理由なんて、おおよそ一つしか存在しない。


「……おっと、バレちまったか。流石、“正剣”サマっていったところか?」


 廊下に面している部屋の一つから出て来たヘラヘラとした人物の顔を見て、俺は息を呑んだ。


「(“首狩り”ディックっ!兵士達が言ってたバロッツって偽名か!)」


 “首狩り”ディック。


 それは無印の序盤において登場するボスの一人であり、双剣使いで人間を含めた生き物の首を刎ね飛ばす事に快感を覚えるサイコパス。


 帝国のある人物が保有する手駒の中でも手練れの部類に入る男だ。

 オルトが手練れと言って警戒するのも納得出来る。


「アルシェ様、ライオス殿、この者は私が抑えますので、その間に先にハイアンの所へ向かって下さい」


「……気を付けるんだよ」


「無論でございます。ライオス殿、アルシェ様を頼んだ」


「当然だろ」


 アルシェードの前に出てから彼女を後ろに庇うようにしながら、オルトから距離を取る。


「作戦会議は終わったかぁ?」


「ああ、終わったぞ。……“正剣”オルト、参るッ!!」


 オルトは轟音と共に床を踏み砕き、一瞬でディックへ肉迫する。


 上段から放たれた豪剣は間に入った双剣に阻まれ、二人は鍔迫り合いの状態で膠着した。


「行くぞ!」


 その隙に俺とアルシェードは走り出し、二人の脇を通り抜けた。


「…行かせ……ッ!」


「小僧、貴様にその余裕があるのか?」


 後ろで鳴り始めた剣戟の音を聞きながら、俺達は先を急いだ。

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