第7話
「隠し通路は正直、あるとは思ってないけど……脱出出来る可能性があるなら出来るだけのことをしたいんだ。それに根拠がないってわけじゃない」
「根拠?」
「そう、昔僕のお爺様、つまり先代バルツフェルト伯爵が脱税の容疑で検挙した大きな商会があったんだけど、屋敷を囲んでたのに商会長とその家族が、都市の門で捕まったんだよ。勿論、商会長たちが屋敷に入るのを確認してから包囲してるから、普通ならあり得ないことなんだ」
「なるほど、ここにあるかはさておき、間違いなく見つかってない隠し通路があるってことだな」
「そういうこと。ついでに言うと、それがどうにもスラム街にありそうだってことまでは分かったみたいなんだよ。結局見つからなかったらしいけどね」
アルシェードは隠し通路がないと思っているみたいだが、俺はここにある事を知っている。
原作ではアルシェード撃破後に、違法奴隷を扱っている裏組織を潰すサブクエストが解放される。
そのサブクエストで登場する裏組織のアジトの地下室を、ある条件を満たした状態で調査すると、隠し通路を見つける事が出来る。
ある条件とは、アルシェード戦のリザルトで手に入る『指輪のネックレス』というアイテムを装備している事で、そのネックレスは現在、彼女が持っているはずだ。
とはいえ、ネックレスについてアルシェードから何も聞いていない俺が、急にネックレスの事は言えない。
普通に手に入りそうな原作の情報を出しながら少し議論して、いざ探す時になったら、隠し通路の入り口がある場所に誘導すればいいか。
「……スラム街にも、地下に何かあるんじゃないかって噂はあったような気がする。隠し通路、意外とあるかもしれないぞ」
「へぇ、それは朗報だね。でもどうしてそんな噂が?」
「スラム街の道に結構大きい穴が開いている場所があるんだ。その穴が朝でも底が見えないから深い場所に空洞があるんじゃないかって話だ」
ゲームでは見飽きた情報だし、こっちに来てからも聞いたことがある。ガドを嵌めたあの穴は地下通路に繋がってたって事だな。
今後の事も考え、アルシェードへのアピールも兼ねてもう少し情報を開示しておく。
「それとこの建物、一階に窓がなかったんだ。外からの侵入を警戒するんじゃなくて中から逃がさないようにする感じだった。……その商会って奴隷は扱ってたのか?」
「奴隷……扱ってたはずだよ。手広くやっていて扱っていない商品はないって言われるほど、大きかったらしいから。……加えて、スラム街は100年前に疫病が流行する前は普通の商店や住宅がある区画だった。商会の店舗があってもおかしくないね」
「く、詳しいんだな」
アルシェードが、ここまでバルツフェルトの歴史に詳しいとは思わなかった。
噂話として提供しようとしていた情報の殆どを言われてしまった。
「まあ、婿を取ることにはなるだろうけど、僕はバルツフェルト家の次期当主だからね。このくらいは知ってないといけないんだ」
「努力してるんだな。貴族の子供ってもう少し気楽な生活をしてると思ってた」
「スラム街で生活している君と比べたら、気楽な生活してるよ。ただ、他の子よりは努力してるつもりだよ。女性が貴族家の当主になるのは、前例がないわけじゃないけど色々と問題があるんだ。だから勉強も、鍛錬も人一倍やってる。……こんな所で捕まってる暇はないんだ……っ!」
そう言って拳を握るアルシェードの瞳はギラギラと輝いていて、思わず圧倒されてしまう程の気迫を発していた。
敵対する選択肢は初めからなかったが、この気迫を間近で感じると心底敵ではなくて良かったと思う。グッジョブ、あの時の俺。
気圧されている俺の様子に気が付いたアルシェードは、気恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをした。
「……こほん、見苦しいところを見せたね」
「いや、気にしてないから大丈夫だ」
「そうかい?っと、話が逸れてしまったね。さて、そろそろ入り口を探そうか」
「あっ、すまん。余計なことを言ったか」
「いや、ないと思って探すのと、あると思って探すのとでは、探すことに対する集中力が違う。ライオスの情報はとても貴重なものだったよ」
そんなことは言われないだろうとは思っていたが、これで余計だったと言われてたらショックで立ち直れなかったかもしれない。
さて、アルシェードを隠し通路の入り口がある場所に誘導しないとな。
確か、隠し通路の入り口があるのは、部屋の奥の右端、その床だったはず……なら、役割分担で俺が入り口側、アルシェードに奥側を担当して貰おう。
右端からやる様に言えば、あっという間に見つかるだろ。
「じゃ、役割分担するか。俺は入り口側をやるからお嬢は奥側を頼めるか?あと、右端から始めてくれると助かる。俺は左端からやって、お互いに端まで行ったらそのまま担当を入れ替えよう」
「役割分担して見つかれば良し、見つからなければダブルチェックで見落としがないか確かめようってことだね。良いよ、それで行こう。それと、僕からも提案があるんだけど、壁は後回しにしよう」
「他の建物の地下室を避けるためには、もっと深くないといけないからか。更に下を掘り進めるなら、入り口は床に設置した方が楽だしな」
「そういうこと。上下水道もあるから、もし入り口があったらかなり階段を下りる事になると思う。覚悟した方が良いよ」
「うわぁ……マジかよ」
アルシェードの頭が良いから、自分で入り口の場所を推理してくれて楽だな、と地下室が見つかった気になって、浮かれていた気分が吹っ飛ぶ爆弾が落とされた。
現実的に考えれば当たり前の事なのだが、ゲームではローディング中に飛ばされてしまうので階段の長さの事は完全に頭になかった。
しかも、下りるという事は上らないといけない訳である。
「(地下から出る前に俺の脚が死ぬかも……)」
「何落ち込んでるのさ、いざとなったらまた回復魔法かけてあげるからさっさと探し始めよう」
「本当か!?よし、やるぞ!」
「……現金なやつだな、君は。始めるの前に縄の先端を出して、そこを基準に魔法を使って光を点けるから」
「分かった」
アルシェードにジト目で見られながら床に落ちている縄を取って、その先端を彼女に見せる。
彼女は手早く豆電球大の光の玉を縄の先端に付けると、さっさと自分の持ち場に行ってしまった。
「どういう原理でこうなってるんだろうな。っと、仕事、仕事」
縄の先にぷかぷか浮いて、縄を動かせばついて来る光の玉に興味があり、どうせこっちにはないと分かっていても、役割分担を提案した本人が魔法の光に夢中で入り口を探してなかったら、余程の聖人でもなければ怒るだろう。
大人しく石で出来た触って動かないか確かめていく。案の定、うんともすんとも言わないので、反対側にいるアルシェードの様子をチラチラ見ながら作業を進めていく。
「これは……っ!?」
「どうした?」
作業を開始してから体感で十分程たった時、反対側からアルシェードの驚いた声が聞こえたのでそちらに駆け付ける。
俺が駆け付けた時に丁度、アルシェードがシャツの内側からチェーンを通された指輪を取り出すところだった。
「この指輪が急に光ってね」
「確かに光ってるな」
指輪に目を向ければ青い宝石の部分が光っていて、ゲームでも同じ演出があったので、今アルシェードが触っている辺りに地下室の入り口があるんだろう。
「こういうのには見覚えがあるんだ。つまりこの指輪は……フフ、まだ僕は幸運の女神に見捨てられたわけではないらしいね」
「何が何だか、さっぱりなんだが……入り口が見つかったってことか?」
「その通りだよ。詳しい話は階段を下りながらでもしよう。まずは下がってくれるかい?」
アルシェードの指示に従って後ろに下がると、彼女も俺の隣まで下がってくる。
アルシェードが指輪の宝石を先程までいた場所に向けると、宝石から青い光の線が放たれ、目標の床に当たる。
すると、床の一部が沈み込み横にスライドして消えていった。
「大当たりだね」
「ああ、そうだな」
現れた穴を覗き込めば、そこには石で出来た階段がカーブを描きながら下へと続いていた。
それは間違いなく探していた隠し通路への入り口であり、俺とアルシェードは顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
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