第6話

「よしっと、ライオス解けたよ」


「すまん、ありがとう」


 上からアルシェードの声がかかり、縄が解けるのを感じて感謝の言葉を口にしつつ、両手を顔の前に持っていって手を数回開閉する。


「気にしないでいいよ。君の状態を知らないで頼んだ僕が悪かったんだし。それにしても、結び目が緩くて助かったよ。そうじゃなかったら解けなかった。じゃ、僕のをお願いね」


 ああ、と頷いて仰向けになってからアルシェードの手首の縄の結び目に手を伸ばす。

 俺の縄の結び目は緩かったとアルシェードが言っていたが、彼女の方の縄の結び目は見るからに固かった。


 結んだ人物の執念が伝わって来そうなぐらいだが……これ、解けなかったら気不味いどころの話じゃないぞ。


「……プッ、フフフ」


「なんだよ」


 結び目の固さに悪戦苦闘しているとアルシェードが急に笑い出した。こっちが真面目にやってるのに笑ってるのだから、少し不機嫌になって彼女に問いかける。


「ああ、いや、ごめ……フフッ、思い出しちゃって」


「……何を」


 嫌な予感がしつつも訊かずには訊かずにはいられなかった。


「……さっきのことだよ。ライオスがすごく真面目なキメ顔と声であんなことを言うんだもん。しかもその後、その顔のままこっちに丸太みたいに転がって来きたじゃないか」


「ああもう、忘れろよ!仕方ないだろ。脚に力が入らなくて立てなかったんだからさ!ああする以外に動く方法がなかったんだ!」


「いや、それは分かってるんだけどね……す、凄くシュールだったんだよ」


 あの醜態をマヌケと言わないのはアルシェードの優しさだろうか。彼女は暫く肩を震わせていたが、ついにもう我慢の限界だとばかりに大声を出して笑い出した。


 腕が動いて縄を解くどころではなくなってしまっているが、笑いが治まるのを待つしかない。

 このネタで笑うのは二回目なので一回目よりは早めに笑いが治まるだろうと思いたい。


「大して面白くもないだろうによくそんなに笑えるな」


「ハー……ようやく治まった。そんなことはないよ。まあ、僕の場合はツボに入ったのもあるんだろうけどね」


「そういうものか」


「そういうものだよ」


 アルシェードは明るく振る舞ってはいたが拉致や裏切り、未来への不安もあっただろうし、俺の事も多少なりに警戒していたはずだ。


 大笑いしたのは俺のマヌケな醜態を見て、毒気を抜かれたことで緊張の糸が切れたのかもしれない。


 アルシェードとの間にあった壁が無くなるとまではいかなくても、薄くなっているような気がするし、結果オーライ……いや、俺の精神衛生面上、計画通りとしておこう。


「……ところでまだ解けない?」


「お嬢が笑ってて解くどころじゃなかったのもあるけど、単純に結び目が固いんだよ」


「結び目が固いのは仕方ないかな。僕なら魔力を使えない大人相手なら数人同時に相手しても負けないだろうしね。相手に手練れがいたなら話は別だけど……警戒されてるんだろうね」


「マジか、お嬢ってそんなに強かったのか」


 例え未来のボスキャラで敵が魔力を使えない前提とはいえ、強すぎないか?俺と変わらない程度年齢で大人数人を相手に負けないとか。

 ……それ言うと頭脳の方も賢過ぎる気がしないでもない。少なくとも、前世で同じ年の頃は俺や俺の周りはここまで頭が良くなかった。


 まあ、傑物は持っている才能が違うのだろう。それにここは異世界だし、前世の常識が全て通用する訳がないので考えるだけ無駄か。


「そうだよ、魔力が使える人は魔力を使えない人よりも身体能力が高いしね」


「へぇ、すごいな」


 それはもう知ってる、とは言えないので適当に相槌を打っておく。


「なんか反応薄くない?」


「そんなことないぞ。もう少しで指が通りそうだから集中してるだけだ。あっ、通った」


「本当っ!?」


「ああ、ここをこうすれば……よし、解けた」


 指が通ればそれまでの苦戦が何だったのか、と言いたいほど簡単に縄が解けていくのは面白かったし、達成感があった。


「ありがとう、次は足だね」


「はぁ、もう少し達成感に浸らせてくれてもいいだろうに」


 アルシェードに感謝と共に現実を突き付けられてがっくりと肩を落とす。達成感は確かにあったが、同じ難度をもう一度と言われると正直断りたいぐらいだ。


 ただ、俺の縄は解いてもらっているし、一度約束した事を反故にするのはアルシェードからの信頼や信用云々の前に、人として良くないだろう。


 よし、と気合を入れ直したところで、アルシェードが手の平を突き出して待ったをかけてきた。


「薬が大分抜けてきたみたいだから君は補助をお願い。結び目が足首の裏にあるから僕からじゃ見えづらい。指示を出して貰えると助かるよ」


「了解」


「光を近付けるけど、眩しかったら言ってね」


 はいはい、と返事をして体育座りをしているアルシェードの足首の裏を見ようと顔を近付けると、芳しい甘い香りを感じて慌てて顔を離す。


 さっきまでは縄を解くのに集中していたので気にも留めなかったが、一度意識してしまうとなんだか気恥ずかしくなってしまう。


「光が強かったかい?」


「あっ、いや、大丈夫だ」


「そう?じゃ、指示をちょうだい」


 アルシェードはそんな俺の様子を怪訝そうな顔をして見てくる。

 俺が脚に顔を近付けた事を全く気にした様子はなかったので、このまま顔を離している訳にはいかず、極力鼻をくすぐる香りを無視して、足首の裏の結び目に目を向けた。


「……ええっとだな、その今掴んでいる場所を――――」



「おっ、解けた」


「……あぁ、そうだな」


 アルシェードは嬉しそうに立ち上がって、脚の調子を確かめるように何度かその場で跳ぶ。

 かかった時間は手首の時の半分程度で、要因は悲しいかなアルシェードと俺の単純な力の差だろう。


 解放感で元気が有り余っている様子の彼女と対照的に、俺はぐったりとしていた。


 ほぼ何もしていなかったので、肉体的には疲れる作業ではなかったが、精神的には手首の結び目を解いていた時よりも疲労している。

 前世でも今世でも、年齢=彼女いない歴の童貞には中々厳しい戦いだった。


 前世だと幼女相手だぞ、と言われるかもしれない。だが、相手は美少女であり、十一年の生活で子供の身体にも馴染んでいる俺にとっては、十分に恋愛対象に含まれる相手だ。

 つい反応してしまうのは仕方ない事だろと言いたい。


「(……俺は誰に言い訳してるんだ?)」


 そんな下らない事を考えている俺に、アルシェードが目を向けてきた。


「さてと、ライオス立てる?」


「前も言ったけど、脚が疲れてて立てない。俺はもうクタクタなんだ」


 俺があんな醜態をさらした理由を忘れたのか、とは言わないが代わりに全身の力を抜いて五体投地する。

 この世界の事に気付いた驚きで吹き飛んでいた眠気が舞い戻り、俺を眠りへと誘う。

 気を抜けば直ぐに夢の世界へ旅立ってしまいそうだった。


「僕としてはライオスが今寝てしまうと困るんだ。悪いけどもう少し頑張ってもらうよ」


「いや、だから無理なんだっ……てぇっ!?」


 アルシェードが俺の手に自分の手を重ねると、俺の全身を温かい何かが包む。

 突然の事に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「どうだい?疲れが吹っ飛んだろう?」


「あ、ああ。確かに疲れが無くなってる」


 それだけではなく、腕の痛みも消えているし、しかも眠気まで感じなくなっていた。


「回復魔法だよ。まだ未熟だから、直接体に触らないと他人には使えないけど」


「(疲労の回復も出来る事は知ってたけど、眠気までなくなるとは思わなかった。前世にあったらブラック企業が喜びそうだな)」


 呆然としている俺を尻目に、アルシェードは立ち上がって俺に手を伸ばしてくる。

 彼女の手を掴むと、その細腕から想像出来ないほど、力強く俺を上へ引っ張った。


 その力はラムドが俺を立たせるために縄を引っ張った時と遜色がないかもしれない。


「よいしょっと。ライオス軽過ぎるよ、しっかり食べてる?」


「お嬢よりは食べてない。スラム街の食料事情なんてお察しだろ?」


「あー、もしかしたらと思ってたけど、やっぱりスラム街出身だったんだ。ごめんね、失言だった」


 しゅんとした顔をするアルシェードに、首を横に振って気にしていないと伝える。

 冗談を言えるぐらいに気を許されているのは、俺には嬉しい事なので失言だとは思っていない。


「ありがとう。で、手伝って欲しい事があるんだ。……この部屋に隠し通路がないかを一緒に探して欲しいんだ」


 気を取り直したアルシェードからのお願いは、俺にとって渡りに舟の申し出だった。

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