第5話
ウィルディア戦記は前世で人気を博していたRPGのタイトルだ。勿論、俺も嵌っていた。
そして、アルシェード・バルツフェルトはウィルディア戦記の第一作目『ウィルディア戦記(無印)』の中で主人公の前に立ちはだかるボスキャラクターだった。
だが、今重要なのはアルシェードがボスキャラクターである事ではなく、彼女の過去の方である。
俺の記憶が正しいなら彼女の父であるバルツフェルト伯爵が隣国ルミアード帝国との戦争で不在の間に、帝国に内通していた彼女の叔父が裏組織を使ってアルシェードを拉致監禁させていたはずだ。
今俺が巻き込まれているのはこの原作開始前に起こった事件だろう。
この過去にはもう一つ重要な事があって、それは監禁された後にアルシェードは自力での脱出に成功しているというものだ。
では、どうやって脱出したのか?それは原作におけるバルツフェルトでのサブクエストが関係してくる。
それは――――
「……!……いっ!おいっ!寝てしまったのかい!?」
アルシェードの声に気付いて考え事を中断して、今度はタメ口にならないように一拍置いてから返事をする。
「……すみません、考え事をしてました」
「だから、敬語じゃなくて良いって。これから長い付き合いになるかもしれないのにそんなに堅苦しくされると、気が滅入ってしまうよ。ただでさえ、こんな真っ暗で辛気臭い場所にいるんだ。お互い気楽にしようよ」
「いえ、それに慣れてしまって、アルシェード様を助けに来た人たちの前でタメ口を言ってしまったら、お……僕が不敬罪で捕まってしまいますよ」
白々しいと自分でも思うが、アルシェードは俺が彼女の事情を知らないと思っているだろうし、知っている方がおかしいのだ。
事情を聞き出すまではいかなくても、何となく雰囲気で察しました、ぐらいの言い訳が立つようにしたい。
そうしないと何処かでボロを出してしまった時に疑われて、最悪彼女から敵認定されかねない。ここは面倒でも慎重に事を進めるべきだろう。
「ああ、なるほど。そういうことなら君にとっても僕にとっても残念なことだけど、助けは来ないよ、多分ね」
「……どういうことですか?」
アルシェードが事情を話してくれそうな雰囲気になってるが、正直に言うと予想外だ。
これは想像以上に彼女の精神は参ってしまっているのかもしれない。そうでなければ、いくらフレンドリーな性格をしていても貴族の令嬢が家の恥だろう出来事を話すとは思えない。
「……僕は家で眠らされてから拉致されたからね。そして、僕を奴らに引き渡した人が誰にも見られていないとは思えないんだ」
「つまり裏切り者がいるってことですか?」
「……っ、頭が良いんだね。そう、確実に裏切り者がいる。それも一人じゃなくて複数人いるはず……どこまで敵の手が伸びているのか分からない以上、助けは期待しない方が良いよ。だから君も気にせずタメ口でお願い。もし、助けが来たとして、タメ口を聞かれたら庇ってあげるから」
「なるほど、分かった」
これ以上食い下がってもアルシェードからの印象を悪くするだけだろう。それよりも気になるのは彼女の反応だ。
裏切り者という単語に彼女が僅かに動揺した気がする。恐らくは裏切り者の見当は付いていて、その人物が親しい相手だったのだろう。
そういえば、原作での彼女は仲間を仲間とも思わない冷血な性格をしていて、セリフの節々から人間不信が見え隠れしていた憶えがある。
今のフレンドリーさからは想像もつかないが、性格が変わる原因の一端に親しい人物の裏切りがあるとしたら説明は十分につく。
「……まあ、こんな憂鬱な話は横に置いておいて、君に頼みたいことがあるんだけど、良いかな?」
「良いけど、なんだ?」
「ありがとう。頼みごとの前に明かりをつけるよ。何も見えないと話にならないし」
アルシェードがそう言うと豆電球ほどの大きさの光の玉が生まれ、彼女の姿と部屋の中を完全とはいかないが照らし出した。
恐らく年齢は俺と変わらないぐらいのアルシェードの容姿は、俺の記憶よりも幼く雰囲気もかなり柔らかかったが、その美貌に俺は見惚れた。
短く整えられた金糸の様に輝く髪に澄んだ水色の瞳。その顔立ちは整い過ぎているぐらいで、思わず息を呑む程だった。
紛うことなき美少女であり、将来美女になる片鱗が垣間見える。『ウィルディア戦記(無印)』に登場する中で一、二位を争うと言われているその容姿は伊達ではないという事だろう。
服装は白いワイシャツに黒い長ズボンとお嬢様らしからぬものだったが、中性的な雰囲気があるアルシェードにはよく似合っていた。
「どうしたんだい?あっ、そっか!君は魔法を見たのは初めてだったか。まあ、基本的に貴族しか使えないから見たことがないのも当然か」
「(アルシェードって自分が美少女だって自覚がないのか?いや、知らなければ突然光が現れた方にびっくりするか)」
別に魔法に驚いた訳ではないが、見惚れてボーっとしてました、なんて言うのは恥ずかしいので訂正しないでおく。知らないなら俺も驚いていただろうし。
俺の幼少期から鍛える計画がそもそも特殊な力(魔力とか)を感じられなくて計画倒れした理由がこの魔法というか、その源である力、魔力のゲームでの設定に関係していると思われる。
簡潔に言えば、魔力は皆が持っているものだがそれを使える状態にするノウハウが貴族にしかないのである。
よって、多少の例外は存在するものの、平民には魔法どころか魔力を感じる事も出来ない。
この設定のお陰でウィルディア戦記の世界だと気付く前の俺は、異世界ではあっても魔法はない世界であると錯覚していた。
……話が脱線しているので軌道修正しておこう。
「それよりも、頼みたいことがあるんだろ」
「うん、頼みたいことと言っても簡単なことだから身構えなくて良いよ。これを解いて欲しいんだ」
アルシェードが手と足をこちらに突き出して見せてくる。それぞれ手首と足首の位置で縛られていて、俺が縛られたままなのもラークが雑な訳ではなく、この組織のデフォルトの対応なんだろう。
縄を解いて欲しいらしいが、ウィルディア戦記をプレイしていた身としては一つ疑問がある。
「魔法でどうにか出来ないのか?」
最初から覚えている魔法でも縄を切るぐらいの事は出来るし、再利用したいから切りたくないなら、他にも《
《見えざる手》のゲーム内での性能は次の行動の時に通常の行動の他に追加で攻撃、防御、アイテムの使用の三つの選択肢の内、二回選んで行動出来るというものだった。
攻撃と防御はやらなくても大して変わらない程度の効果しかなかったので、運用としては効果時間の短い強力なアイテムを二つ同時に使いたい時に使う魔法だった。
現実にあるなら細かい事が出来ないとしても補助として使えば、口で縄を引っ張って解くのは難しくないと思うのだが……もし結び目が固くて解けないなら、非力な上に腕の筋肉を痛めている今の俺では無理なので断ろう。
「縄は再利用したくてね。魔法で補助して口で解こうにも薬が抜け切っていないみたいでさ、上手く力が入らなくて困ってたんだよ。縄を外すだけなら燃やすって選択肢もあるんだけど、やけどしちゃうだろうし、あまり気は進まないかな」
原作でアルシェードが両手首に腕輪をしていたのは、脱出するために縄を焼き切った時に負った火傷を隠すための物だったのかと、一ファンとして原作では書かれていなかった設定を知れて興奮したが、状況を思い出して直ぐに冷めてしまった。
「そういうことだからお願いね」
「分かった。ただ、その前に……」
「……その前に?」
俺は一度大きく深呼吸し心を落ち着けて、声が震えないように気を付けながら言葉を発した。
「……俺の縄を解いてくれないか?後ろ手に結ばれてて動かせないんだ……」
耳が痛いほどの静寂が部屋の中に満ちた。
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