第4話

 歩く速度が遅いと何回もラムドに怒鳴られたが、その度に無理なもんは無理だと突っ撥ねながらスラム街を進み、スラム街の中ではそこそこ大き目な三階建ての建物の前でラムドは足を止めた。


 目の前の建物がラムドが所属している裏組織のアジトなんだろう。


「「ラムドさん、お疲れ様です!」」


「ガドの奴は帰ってるか?」


「いえ、帰っていません」


「チッ、慣れない場所に行って迷いやがったか。おい、目的のガキは捕まえたから網張ってる奴らを呼び戻せ。そこから何人か道に詳しい奴らにガドを探しに行かせろ。放っておいてもその内戻って来るだろうが、今は大事な時期だ。戦力が減る可能性は出来る限り排除してぇ」


「はい、今すぐ呼び戻します!」


 ラムドがドアの前に立っていた二人組の男達に指示を出すと、片方が慌てて建物に入って直ぐに数人の男を連れて出て来て、走ってスラム街の中に消えていった。


「(あいつはそこそこの立場だろうなとは思ってたんだが、この感じだとこの建物というかこの町の支部の中でもかなり上の立場っぽいな)」


 そのラムドが直接動いているのとさっきの見張りとの会話からして、確実にラムドの言う大切な時期にあの拉致が関わってそうだ。


 大切な時期とはどういう意味なのか気になるが、今こんな事を推理しても暇つぶし程度にしかならない。


 ラムド達からアジトの方に目を向けてざっと見たところ一階に窓はなく、中に入った後によしんばあの時と同じ様に隙を突いて逃げれても、玄関の見張りに捕まるのがオチだ。

 ……そもそも俺の足は生まれたての小鹿の様に震えそうなぐらいに疲労しているから逃げれないが。


 縄を引っ張られながら扉を通る。建物の中は板張りの廊下にドアが並んでいるだけのシンプルな作りだった。

 廊下の右の端に角があり、そっちには階段があるようだ。


 その右端からこっちに向かってきた男にラムドが声を掛ける。


「丁度良いところに来たなラーク、このガキをあのお嬢様と同じ部屋にぶち込んでやれ」


「見せしめに使うんですか?それにしちゃあ、このガキはキレイな顔してますが」


「こいつも商品だから殴ったりはするな。二日後にデエル行きの荷馬車に乗せる。同じ部屋にいた奴が連れて行かれて戻って来なけりゃ、世間知らずのお嬢様でも自分の立場を理解するだろ」


「なるほど、分かりました。ぶち込んで来ます」


「(デエル?何処かで聞いたことがあるような……?)」


「うわっ!」


 デエルという町の名前が引っ掛かって首を傾げていると、急に縄を引っ張られて危うく転びそうになった。


 縄の先を見るとラークと呼ばれていた男が俺を睨み付けていた。

 縄が張るぐらい強く引っ張っているのは早く歩けという事だろう。


「じゃあな、精々良い飼い主に買われる事を祈るんだな」


 去り際にそう言うとラムドは上機嫌に右の廊下の奥に消えていった。


「ちっ、行きつけの酒場に行って朝まで飲もうと思ってたのによ。余計な仕事増やしやがって。オラ、来い!」


 行きつけの酒場に行くのが遅れることがそんなに嫌なのか、ラークはラムドがいなくなった途端に舌打ちしてその不機嫌さを隠さなくなり、俺を怒鳴りつけて縄を引っ張る。


 縄が手に食い込み思わず漏れそうになる声を噛み殺して右の廊下を進むラークの後ろについて行く。


 廊下に人気はなく、誰にもすれ違う事はなかった。殆ど出払っているか、いなくなったラムド同様に二階にいるのだろう。


 廊下を曲がった先にはやはり階段があったが、ラークは階段は上らずその横に続いている廊下を進み、行き止まりの前で立ち止まってその場にしゃがんで何かを始めた。

 何かあるのかと見てみると床に取っ手の付いた扉があり、その隣には燭台に乗った使いかけの蝋燭が置いてあった。ラークは扉の鍵を開けているらしかった。


「(地下室か……益々この建物からの脱出が絶望的になったな。そうなるとチャンスがあるとすれば二日後のデエルへの移送の時か)」


 ラークが扉を持ち上げると案の定、地下へと降りる階段が姿を現した。ベタな石造りの階段で、陰湿な雰囲気を漂わせていた。

 階段の底は少し空間が広がっていてその奥に閂の付いた扉があった。


「さっさと入れ!」


「痛っ」


 閂を外して扉を開けたラークは、扉の前まで歩いた俺の背中を蹴って部屋の中に押し込んだ。

 手の縄も外されておらず、突然のことで俺は受け身も取れずに地面に顔から倒れた。


 後ろを振り向くと扉は殆ど閉まっていて、そこから差し込む僅かな光も扉が完全に閉まると共に消え、部屋には光源はなく完全な闇に閉ざされた。


 依然として縛られているの手をどうしたのものか、と倒れたまま頭を悩ませていると、鈴を転がすような声が暗闇の先から聞こえてきた。


「君も捕まったのかい?名前は?」


 咄嗟に声の聞こえてきた方に顔を向けて目を凝らすが、何か見えるはずもなく闇が広がるだけだった。


「(そういえば、お嬢様と同じ部屋にとか言ってたな。大きな商会の娘か何かか?いや、最悪貴族の娘って可能性があるな)」


「……俺はライオスって言う……ます」


 ラムドの言葉を思い出し納得したところで名前を名乗ったが、危うくタメ口になるところだった。

 敬語を使うのが久しぶり過ぎて直ぐ出て来なかったので、彼女との会話は気を付ける必要がありそうだ。


 というか、拉致監禁されてる状況で新入りの名前を真っ先に尋ねるとか平然としてるな。このお嬢様、かなり肝が据わってそうだ。


「ライオス、ね。良い名前だ。僕はアルシェードっていうんだ」


「……アルシェード?」


 まただ、デエルという町の名前の時と同じ様に小骨が喉に引っ掛かっているような違和感がある。

 何かを思い出しそうで思い出せないようなもどかしい感覚だ。


「アルシェードじゃ長くて呼び辛いか……アルシェは流石に……そういえば……よし、これにしよう。僕の事は気軽にお嬢って呼んで」


「あ、ああ、分かった……じゃなくて、分かりました」


 頭を悩ませている間にアルシェードが何を思ったのか、お嬢という渾名で呼ぶ事を何気なく提案してきて、俺も流されて反射的に頷いてしまった。

 予想とは違ってアルシェードがかなりフレンドリーだったので、つい敬語も忘れてしまい、何とも言えないやり辛さを感じた。


「使い慣れてないなら無理に敬語を使わなくても良いよ。僕は公の場なら兎も角、プライベートならそういうの気にしない質だから」


「そうか?なら……いや、ちょっと待て、公式の場?」


 サラッと許可を出されたので、また流れのままにタメ口で答えようとして俺は途中で言葉を止めた。公式の場という発言で確信したが、アルシェードは貴族のご息女だ。


 まあ、貴族のご息女とはいえ捕まってるし、本人も許可を出してるんだから別に敬語じゃなくて良いよね、と気軽に考える訳にはいかない。


 貴族のご息女という事は家の関係者は間違いなくアルシェードを探しているだろうし、ついでに助かる可能性が出たのは良い事だ。

 だが、万が一にも救出に来た人達にため口で話しているのを聞かれてみろ、最悪、不敬罪で即刻首と胴体が泣き別れしかねない。


 命を懸けてまでため口で話したいなんて思うとしたら、それは狂人か変人の類だろう。兎も角、ここは拒否一択だ。


「あれ?気付いてるかと思ってたけど……僕の名前はアルシェード・バルツフェルト、この都市一帯を統治している領主の娘だよ」


「アルシェード・バルツフェルト……!」


 俺はその名前を


 喉に引っ掛かった小骨が取れたような達成感に似た感覚を覚え、そして同時に俺は酷く混乱した。


 何故ならば、アルシェード・バルツフェルトは『ウィルディア戦記』というゲームの登場人物であり、つまりそれは俺が転生したこの世界が、シナリオという名の運命が存在するゲームの世界だという事だからだ。

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