第3話
――――体感で約一時間後、俺はまだ家に到着出来ずにいた。
「腕は痛いし足は重い……何なら体全体が怠い」
それもこれもあのスキンヘッドと俺を捕まえる命令をしたラムドとかいう極悪目付きのせいだ。
とはいえ、あいつへの報復のようなものは終わっているし、別に率先して関わろうとも思わない。というか、二度と会わない事を願いたい。
「(そういえば……スキンヘッドの奴って下っ端とはいえ裏組織の構成員だよな。それが俺を追いかけた後に行方不明って不味くね?)」
歩いているうちに冷静になった頭が気付きたくない事実に気付いてしまった。
いや、気付かなかったらヤバかったんだけど。
気付いてしまったからには予定を変更するしかない。
家に帰るまでは一緒だが、そこから直ぐに母さんの遺産を持って出来る限りの旅支度をして街を出る。
取り敢えず、隣町まで逃げれば当分は大丈夫だろう。
早く帰らないといけなくなったので、酷使されてストライキを起こしかけている脚に鞭を打って足を速める。
「……なあ、暇だな。いつまでここに居なきゃなんねぇんだ?」
「撤収の指示があるまでだろ。めんどくせぇ」
曲がり角の先から声が聞こえて来る。
ゆっくりと足音を忍ばせて曲がり角に近づき、そっとその先の様子を覗き見ると、明らかに貧しいとは思えない体格のいいゴロツキが二人、ランタンを持って道を塞ぐように立って喋っていた。
「捕まえなきゃいけないガキの特徴は何だっけか?」
「確か黒髪で目が隠れるぐらいに前髪が長い男のガキで、顔は整ってるらしいぞ」
「はぁ!?そんなんスラム中に数えきれないぐらいいるだろ……この暗い中で黒髪に見えるガキが通りかかったら全員捕まえなきゃいけないとか最悪だぜ」
「一応、目的のガキ以外も捕まえたら奴隷として売るらしいから完全に無駄骨って訳じゃないんじゃね?」
流石にスキンヘッドの事はバレていないだろうから、ラムドとか呼ばれてたあの目付きの悪い奴が保険として配置したみたいだな。
そして探してるガキというのはどう考えても俺の事だろう。
逃走ルートの先に待ち構えているという事は俺の家がある場所はある程度バレていると考えた方が良い。
スラムで子供が活動するだけなら兎も角、住めるのは比較的に大通りの近く治安の良い浅部だ。
普通に考えれば俺が何処に住んでいるのかは直ぐに分かる。なので家がある場所がバレているのは仕方ないと諦める他ないだろう。
だが、こっちの特徴が黒髪の子供ということしか知られてないのは朗報だ。
俺と合った時のラムド達は目立たないように灯りの類を持ってなかったので、月明りがあるとはいえ、雲もあるし明るいとは言い難い場所なら最悪明るい茶髪でも黒髪に見える可能性がある。
あの見張り達は黒髪といっても見間違いの可能性を考慮しなければならないし、その条件なら該当する子供の数が多い。
スラム街を虱潰しに探すという事にはならないだろう。
スラムはほぼ治外法権とはいえ、そこまで大規模な動きをすれば警戒した町の衛兵が調査のために踏み込んで来る可能性がある。
人目を避けて行動していたラムド達にとっては避けたい事態だろう。
俺が今いるのはスラム街の中部と浅部の間くらいの場所だ。ここに網を張っているってことは浅部までは行けば暫く追手はないだろう。
網を張るにしても範囲が広く、ここら辺は道は入り組んでいるから何処かに穴が必ずあるはず、そこを狙って突破出来る可能性は無くはない。
「そういや何でそのガキを捕まえなきゃいけないんだ?別に売る予定の奴が脱走したわけじゃないんだろ?」
「噂だけど、ラムドさんがそのガキにヤバイところを見られたらしい」
「へぇ、何を見られたんだ?」
「馬鹿野郎、俺みたいな下っ端がそんなこと知るわけがないだろ。知ってるぐらい偉かったらお前と一緒にここで見張りなんてしてねぇよ!」
「それもそうだな」
誘拐されてた名も知らない子供には悪いが誰にも言わないから放っておいて欲しい。
下っ端の会話からして無関係なのに俺と同じ様に出稼ぎに来ていて捕まった子供は間違いなくいるだろう。
罪悪感が胸の奥をちくりと刺すが、頭を振って意識を切り替えた。
「この感じだと真面目に見張りをしてる奴は少なそうだな。一本向こう側から回り込めば見つからないか」
どのくらい遠回りしないといけないか分からないけど急がないとな。
◆
「ここにもいるのか……結構しっかり網を張ってて厄介だ」
大きな道を避けて細く目立たない道を選んで通れないか確かめているのだが、今のところ中部と浅部の境目はその全てに見張り役が立っていた。
しかも、ご丁寧な事にツーマンセルという徹底ぶりである。子供相手に何を警戒しているのやらと言いたい。
「これで十本目だぞ。そろそろ穴が見つからないと時間的にも体力的にも不味いな」
あのスキンヘッドを倒した場所の近くは道が複雑に入り組んでいて、慣れていないと迷って丸一日出て来れないこともあるのでそっちはまだ猶予がある。
問題は体力の方だ。
前世の経験のおかげで同世代の子供達と比べると俺はかなり賢いが、逆に言えばそれだけだ。
俺の体は普通の十一歳、つまりは小五ぐらいなので体力が切れたら眠くなる。
もう既に無視できない睡魔がジワリジワリと俺の思考を蝕み始めていた。
腕の痛みのおかげで抑えられてはいるものの、時間をかけ過ぎてしまえば何処かでフラッと倒れて寝てしまいかねない。
スラム街の道端で無防備に寝れば有り金を取られるだけでなく最悪奴らに見つかりかねないし、そうでなくても大幅なタイムロスになる。
それだけは何としても避けたかった。
「(ここは……いなさそうだな。ようやく当たりを引いたか?)」
十一本目の道はパッと見たところ明かりの類はなく、先は闇に閉ざされていて見えない。
この道に出るには子供一人分しかない細い道を通らないといけない上に、この道自体も大人一人分ぐらいしか幅がないので、たまたま気付かれない、もしくは不真面目な奴が見て見ぬ振りをしていてもおかしくはないだろう。
早く浅部に入りたくて、割れた石畳や廃材に気を付けながら俺は足を速めた。
脇道がある場所に差し掛かり通り過ぎようとした時、突然腕を掴まれ足への衝撃と共に浮遊感を感じ、俺は地面に叩き付けられた。
「あぐっ!」
うつ伏せの状態で上から押さえつけられて漸く状況に頭が追い付き、俺は自分が敵に捕まったのを理解した。
「まったく、待ちくたびれたぜ。保険のつもりだったんだがな」
腕を後ろに回されて押さえつけられている俺の上から聞き覚えのある声が降って来た。スキンヘッドと一緒にいたラムドとか呼ばれてた男だ。
ラムドの言葉で、俺がまんまとラムドが用意した罠に嵌ってしまった事に気付いて歯噛みする。
焦っていて視野が狭くなっていた?眠気が原因で頭が回らなかった?
違う。
今なら分かるが、俺は油断していた。この道を見つけた時に罠の可能性をまるで考えていなかったのには我ながら呆れてしまう。
前世の記憶を持っているから他の奴らとは違って上手く切り抜けられるという驕りが今の状況を招いている。
そう思うと気付かない内に油断していた自分が腹立たしく、自分をぶん殴ってやりたい気分だった。
「(……自分を責めるのは後回しだ。今はこの場を切り抜ける方法を考えないと)」
「……おい、ガキ。ガドの奴はどうした?」
「……撒いた後のことは知らない。どっかで迷子にでもなってるんじゃないか?」
あのスキンヘッドってガドって名前だったのかと場違いな事を考えつつ、ラムドの質問に答える。
撒いた後にあっただろう事を言う訳にはいかないので、ガドを撒いた時の状況は言わなかった。
実際に知らないのだから嘘は言っていない。
「確かに、俺たちを見てすぐさま逃げ出すんじゃなく、こっちの出方を伺って隙を突いたってことはそれなりに小賢しいんだろうから、ガドの馬鹿野郎が撒かれてもおかしくはないか」
「もういいだろ。あんたらを見た事は誰にも言わないから放してくれない?」
「下らない事を訊くんじゃねぇ。お前も逃げ出す前に俺がガドに話してた内容聞いてんだろ。お前はこれから奴隷になるんだよ」
駄目元で訊いたから落胆はないがやっぱりそうなるのかと溜め息を吐きく。
「おい、顔見せろ」
「うっ」
「やっぱり良い顔してやがる。それにこいつは……くくっ、喜べよ、飼い主によっては良い暮らしが出来るかもしれないぜ?俺もお前が高く売れそうで安心したぜ」
言われた通りに顔を上げると急に顔に光を当てられ思わず目を細める。
ラムドは俺の前髪を退けて俺の顔を覗き込むと少し驚きつつも、見下すような笑みを浮かべて笑った。
ラムドが何に喜んだのかは分からないが、俺にとって良い事だとは思わない方が良いだろう。
「ほら、さっさと立て。ついて来い」
「……分かった」
ラムドは俺の両手を手早く縄で縛ると俺の足を軽く蹴って立つように催促してくる。
ムカつくがぐっと堪え、ラムドが縄を引っ張る力を利用して立ち上がった。
俺よりも前を歩くつもりだったのならせめて手を前で縛れ、歩きづらくてしかない。
そんなことを思いながら俺はラムドの後ろについて歩いた。
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